(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月7日17時15分
播磨灘北西部
2 船舶の要目
船種船名 |
押船常盤丸 |
はしけ一号 |
総トン数 |
99トン |
約3,080トン |
全長 |
25.51メートル |
81.00メートル |
幅 |
7.50メートル |
23.90メートル |
深さ |
3.10メートル |
5.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
1,176キロワット |
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3 事実の経過
常盤丸は、2機2軸を備えた押船兼引船で、専ら一号を押して兵庫県相生港から神戸港ポートアイランド南方の空港建設工事現場への土砂運搬に従事していたところ、船長H及びA受審人ほか3人が乗り組み、空倉で船首0.95メートル船尾0.90メートルとなった一号の凹状船尾に連結ピンで船首を結合して全長97メートルの押船列(以下「常盤丸押船列」という。)とし、船首2.50メートル船尾3.50メートルの喫水をもって、平成14年8月7日14時30分神戸港ポートアイランド沖を発し、相生港に向かった。
ところで、空倉時の一号は、乾舷が約4メートルとなるとともに、船首部に高さ約16.7メートル直径約2メートルのスパット2基を備えていることから風圧の影響が大きく、横方向から強い風を受けて航行する際、風下への圧流に十分留意する必要があった。
H船長は、土砂約5,500トンを満載して相生港から神戸港へ航行する往航に自ら単独で船橋当直に就き、復航はA受審人と甲板長の2人に船橋当直を行わせていた。
A受審人は、平成14年2月常盤丸に乗り組み、伊勢湾の中部新空港建設工事に従事したあと、同年6月から神戸港沖空港建設工事に伴う土砂運搬業務に従事していた。
出航後A受審人は、甲板長とともに船橋当直に就いて神戸市沖を西行し、16時44分江埼灯台から328度(真方位、以下同じ。)1.3海里の地点で明石海峡航路を出たとき、カンタマ南灯浮標と高蔵瀬東灯浮標の間を通航するつもりで、針路を262度に定めて機関を全速力前進にかけ、折からの強い南風によって右方に6度ばかり圧流され、船首が左右に少し振れながら、7.4ノットの対地速力で進行した。
ところで、南方位標識であるカンタマ南灯浮標北方には浅水域のカンタマが拡がっていたが、水深は5ないし7メートルで、当時常盤丸押船列が同灯浮標の北方を航行するのに支障はなかった。そして、A受審人はこのことを知っていたものの、平素航行していたように同灯浮標の南方を通航することとした。
A受審人は、自ら手動で操舵にあたりながら、甲板長とともに見張りを行っていたところ、定針したとき右舷船首方向に見えていた高蔵瀬東灯浮標が、次第に正船首方向に見えるようになったことから、南風のため右方に圧流されていることを知ったが、海図に船位を記入し、航跡とコンパス針路とを比較するなどして風圧差を確かめないまま操舵にあたった。
16時56分A受審人は、江埼灯台から295度2.4海里の地点に達したとき、右舷船首方約5海里に、高蔵瀬東灯浮標とカンタマ南灯浮標との間に向かって来航する貨物船(以下「反航船」という。)を認め、同船とカンタマ南灯浮標付近で出会うと予測し、左舷対左舷で航過するつもりで、その動向に留意しながら続航した。
17時06分A受審人は、江埼灯台から286度3.5海里の地点で、カンタマ南灯浮標を右舷船首15度1.1海里に見るようになったとき、同灯浮標寄りに来航する反航船を見て、同船と無難に航過できるよう、針路を同灯浮標の風上側約200メートルに向首する271度に転じ、その後同灯浮標の方位がほとんど変わらなくなり、右舷船首6度に見えているものの風圧流のため同灯浮標に向かって接近する状況であったが、操舵しながら同灯浮標を見ただけで、そのまま航行しても風上側を航過できると思い、コンパスなどにより同灯浮標の方位変化を確かめて圧流状況を十分に把握しなかったので、このことに気付かなかった。
17時13分A受審人は、江埼灯台から284度4.3海里の地点に達し、反航船が左舷側を間近に航過する態勢となったとき、カンタマ南灯浮標を右舷船首6度500メートルに見るようになったが、依然として圧流状況の把握が不十分で、同灯浮標に向かって接近していることに気付かず、速やかに右転して安全に航行可能な同灯浮標の風下側を通過するなど同灯浮標との衝突を避ける措置をとらず、同じ針路、速力のまま続航した。
A受審人は、カンタマ南灯浮標が右舷船首方向に見えているのでその風上側至近を通過することができると判断して進行したところ、17時15分少し前同灯浮標が一号の右舷船首に隠れて見えなくなったとき、衝突の危険を感じ、船尾を左方に振って同灯浮標をかわそうと考え、右舵一杯をとって回頭中、常盤丸押船列は、17時15分江埼灯台から284度4.6海里の地点において、ほぼ285度に向いたとき、原速力のまま、一号の右舷側がカンタマ南灯浮標と衝突した。
当時、天候は晴で風力7の南風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、約2ノットの西流があり、波高は約1.5メートルであった。
食堂にいたH船長は、甲板長からカンタマ南灯浮標と衝突した旨の報告を受けてすぐに昇橋し、その後近くにいた巡視艇からの指示により東播磨港沖合に錨泊した。
その結果、常盤丸押船列には損傷がなく、カンタマ南灯浮標の頭標取付け金具及び太陽電池モジュールなどが損傷したが、のち修理された。
(原因)
本件灯浮標損傷は、強い南風が吹く播磨灘北西部において、風圧の影響が大きい空倉のはしけを押し、カンタマ南灯浮標と高蔵瀬東灯浮標の間を通航する予定で西行中、反航船と無難に航過するためカンタマ南灯浮標風上側に向首する針路に転じた際、圧流状況の把握が不十分で、安全に航行可能な同灯浮標風下側を航行するなど同灯浮標との衝突を避ける措置をとらず、強風により風下に圧流されながら同灯浮標に接近したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、強い南風が吹く播磨灘北西部において、風圧の影響が大きい空倉のはしけを押し風下に圧流されながら西行中、前路に認めた反航船と無難に航過するためカンタマ南灯浮標の風上側に向首する針路に転じた場合、コンパスなどにより同灯浮標の方位変化を確かめて圧流状況を十分に把握すべき注意義務があった。しかし、同人は、操舵しながら同灯浮標を見ただけでその風上側を通過できると思い、コンパスなどにより同灯浮標の方位変化を確かめて圧流状況を十分に把握しなかった職務上の過失により、同灯浮標に向かって接近している状況に気付かないまま進行して同灯浮標との衝突を招き、同灯浮標の頭標取付け金具及び太陽電池モジュールなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。