(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月3日15時30分
鹿児島県串木野漁港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二十八幸丸 |
総トン数 |
19.93トン |
登録長 |
14.90メートル |
機関の種類 |
過給機付2サイクル12シリンダ・V型ディーゼル機関 |
出力 |
397キロワット |
回転数 |
毎分2,170 |
3 事実の経過
第二十八幸丸(以下「幸丸」という。)は、昭和53年8月に進水した、中型まき網漁業船団の漁獲物を運搬するFRP製漁船で、主機として平成元年8月換装時以来、アメリカ合衆国ゼネラルモータース社が製造したGM12V-71TI型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置及び計器盤を備えていた。
主機は、船首側の動力取出軸にVベルトを掛けて船内電源用交流発電機、充電用直流発電機、操舵機用油圧ポンプ及び散水用海水ポンプを駆動するようになっていた。
主機の潤滑油系統は、標準油量36リットルの油受から直結駆動の歯車式潤滑油ポンプに吸引された油が、紙製フィルタエレメントを内蔵している潤滑油こし器、冷却清水で熱交換されている潤滑油冷却器を順に通って潤滑油主管に入り、主軸受とクランクピン軸受を経てピストンピン、シリンダヘッド、カム軸受、調時歯車装置及び過給機等に分岐して送られ、油受に戻る経路で循環していた。
A受審人は、同5年7月に一級小型船舶操縦士の免状を取得し、同10年5月に幸丸の甲板員として乗り組み、越えて11月には船長に昇進し、操船のほか主機の運転保守にあたり、燃料油に軽油を使用して毎月300時間ばかり運転し、4箇月経過の都度、潤滑油及び潤滑油こし器のフィルタエレメントを交換していた。
ところで、主機は、ピストンが組立型で、ピストンリングとして圧力リング及び油かきリング各3本がピストンクラウン及びピストンスカートのピストンリング溝にそれぞれ装着されており、同9年6月にはゼネラルモータース社製造のディーゼル機関を専門に取り扱う整備業者(以下「専門業者」という。)によりピストンリングが新替えされ、同10年8月及び同11年6月に排気弁が吹き抜けて取り替えられた後、長期間使用されていたピストンリングの磨耗に伴い、燃焼ガスがクランク室に少しずつ漏れ始め、潤滑油に混入する燃焼生成物のカーボン等が徐々に増える状況になった。そこで、専門業者は、幸丸側に対し、2箇月経過ごとに潤滑油を交換すること、さらに8,000ないし10,000時間の運転でピストンの開放整備を行うことを勧めていた。
しかし、A受審人は、ピストンリングの長期間使用を知っていたものの、潤滑油及び潤滑油こし器のフィルタエレメントの交換間隔を短縮するなど、潤滑油の性状管理を十分に行うことなく、汚れと性状劣化が速まり、1箇月の運転でその汚れが進行する状況を認めたが、以前に排気弁が吹き抜けたときの経験で運転音等に異状がないから大丈夫だろうと思い、同14年7月23日専門業者による動力取出軸貫通部の漏油を止める作業時に併せてピストンリングを新替えすることを船舶所有者に申し入れるなど、ピストンの開放整備を行わず、同日潤滑油等を交換した後、ピストンリングの固着によりクランク室に漏れる燃焼ガスが増加するまま運転を続けた。
こうして、幸丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、氷10トンを積み、船首0.8メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、9月3日15時00分鹿児島県串木野漁港を発し、同県甑島東方沖合の漁場に向け、主機を回転数毎分1,600にかけて僚船とともに航行中、潤滑油の汚れと性状劣化が著しく進行し、15時30分薩摩沖ノ島灯台から真方位153度2.4海里の地点において、潤滑が阻害されて全主軸受とクランク軸が焼き付き、主機が自停した。
当時、天候は雨で風力4の北東風が吹き、海上には白波があった。
A受審人は、操舵室で航海当直中に主機の自停に気付き、機関室に赴いて始動を試みたものの果たせず、僚船に救助を求めた。
幸丸は、鹿児島県阿久根市脇本漁港に曳航された後、主機の精査を業者に依頼し、その結果、前示焼付きのほか全シリンダのクランクピン軸受、ピストン、シリンダライナ及び過給機等の損傷が判明し、のち船体が老朽化していることなどにより廃船処分された。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、汚れと性状劣化が速まったこと及びピストンの開放整備が不十分で、ピストンリングの固着によりクランク室に漏れる燃焼ガスが増加するまま運転が続けられ、潤滑油の汚れと性状劣化が著しく進行して潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか主機の運転保守にあたり、潤滑油の汚れと性状劣化が速まり、1箇月の運転でその汚れが進行する状況を認めた場合、ピストンリングの長期間使用を知っていたから、ピストンリングの磨耗や固着に伴って燃焼ガスがクランク室に漏れないよう、専門業者による動力取出軸貫通部の漏油を止める作業時に併せてピストンリングを新替えすることを船舶所有者に申し入れるなど、ピストンの開放整備を行うべき注意義務があった。しかし、同受審人は、以前に排気弁が吹き抜けたときの経験で運転音等に異状がないから大丈夫だろうと思い、ピストンの開放整備を行わなかった職務上の過失により、クランク室に漏れる燃焼ガスが増加するまま運転を続け、潤滑油の汚れと性状劣化が著しく進行して潤滑が阻害される事態を招き、主軸受、クランクピン軸受、クランク軸、ピストン、シリンダライナ及び過給機等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。