(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月1日06時40分
宮崎県宮崎港北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船平成丸 |
総トン数 |
696トン |
全長 |
67.58メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,176キロワット |
回転数 |
毎分650 |
3 事実の経過
平成丸は、平成2年6月に進水した、セメント輸送に従事する鋼製貨物船で、可変ピッチプロペラを有し、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したZ280-EN型と称するディーゼル機関を装備し、船橋にプロペラ翼角の遠隔操縦装置及び主機の警報装置等を備え、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機は、推進機関としてのほか、動力取出軸に連結されている増速機を介し、船内電源用交流発電機と荷役用空気圧縮機を駆動していた。
主機の潤滑油系統は、ドライサンプ方式で、潤滑油清浄機及び遠心式潤滑油濾過(ろか)器を装備し、二重底のサンプタンクに入れられた約2.8キロリットルの潤滑油が、潤滑油一次こし器を介して直結駆動の歯車式潤滑油ポンプに吸引加圧され、手動で逆洗操作が行われるノッチワイヤ式の潤滑油二次こし器(以下「二次こし器」という。)、潤滑油冷却器を通って潤滑油主管に入り、いずれも三層メタルの主軸受とクランクピン軸受を経てピストン、カム軸受及び調時歯車装置等に送られ、各部を潤滑あるいは冷却した後、クランク室底部に落下して同タンクに戻る経路で循環しており、二次こし器出入口圧力差が1.0キログラム毎平方センチメートルを超えると警報装置が作動するように設定されていた。
一方、主機の燃料油系統は、各サービスタンクに入れられたC重油あるいはA重油が、燃料油供給ポンプに吸引加圧され、燃料油加熱器、燃料油こし器を通って燃料油主管に入り、カム室上部の燃料噴射ポンプ取付台に設置されているボッシュ式の燃料噴射ポンプを経て燃料噴射弁から燃焼室に噴射されていた。また、燃料噴射ポンプ漏油系統のC重油あるいはA重油は、燃料噴射ポンプ取付台油逃がし溝を経て漏油タンクに導かれ、潤滑油に混入しないようになっていた。
主機の冷却は、間接冷却方式で、シリンダヘッドに組み込まれている排気弁弁箱2個が冷却清水により冷却されていた。
ところで、主機は、燃料油としてC重油が使用されると硫黄分を含むカーボン等の燃焼生成物が生じることに伴い、潤滑油が汚れるとともにその性状が劣化し、同油の全塩基価が低下して動粘度と全酸価が上昇することから、主機メーカーは性状維持のためにそれらの項目の警戒値及び限界値を定めていて、取扱説明書には、定期的な新油補給と全量交換を行うこと、さらに、燃料油又は冷却清水の混入が懸念される際に潤滑油の性状分析を業者に依頼のうえ引火点又は水分等の変化を把握し、継続使用の可否を判定することなどが記載されていた。
A受審人は、平成丸の新造時から機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたり、出入港時以外は燃料油にC重油を使用して年間5,000時間ばかり運転し、同11年5月潤滑油の全量交換及びピストン改良型との取替え、同13年7月ピストン抜出整備等をそれぞれ行っていた。
ところが、主機の潤滑油は、就航以来、運転に伴う消費量が多かったことから、新油補給が頻繁に行われて全塩基価が維持されていたものの、前示ピストン抜出整備時に講じられたピストンリングの型式変更等の消費量削減対策が効を奏し、同対策後には、それ以前との比較で顕著に減少した消費量分だけが補給されているうち、新油補給量が不足するようになり、汚れと性状劣化が進行し、全塩基価が低下して動粘度と全酸価が上昇する状況下、1、2及び3番シリンダの燃料噴射ポンプ取付台油逃がし溝が閉塞(へいそく)し、いつしか燃料噴射ポンプ漏油系統のC重油がカム室内部を経由して少しずつ混入し始めた。そして、10月上旬には主機の潤滑油の試料油が採取された後、業者による定期的な性状分析が行われ、同14年1月A受審人は、動粘度の上昇を指摘した潤滑油分析結果報告書を受け取った。
翌2月A受審人は、5番シリンダのシリンダヘッド船首側排気弁弁箱に亀裂が生じ、そこから漏洩した冷却清水が潤滑油に混入したことを認めたが、同油の全量交換を予定している半年後の入渠時まで運転が維持できるだろうと思い、冷却清水等の混入による性状変化を把握するよう、性状分析を業者に依頼のうえ継続使用の可否を判定するなどの性状管理を十分に行わなかったので、前示C重油のほか冷却清水の混入による潤滑油の全塩基価の低下に伴って動粘度と全酸価が大幅に上昇していることに気付かず、その後、クランクピン軸受及び主軸受の三層メタルオーバーレイが徐々に腐食する状況のまま運転を続けた。
こうして、平成丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、ばら積みセメント1,455トンを積載し、船首3.38メートル船尾5.09メートルの喫水をもって、7月31日16時36分山口県徳山下松港を発し、宮崎港に向け、主機の回転数毎分625、プロペラ翼角15度として航行中、潤滑油の性状が著しく劣化し、各軸受の三層メタルオーバーレイの腐食箇所が剥離する事態に陥り、金属粉が同油とともに二次こし器に流入してこれを目詰まりさせ、8月1日06時40分富田灯台から真方位131度3.2海里の地点において、二次こし器出入口圧力差が過大になって警報装置が作動した後、全シリンダのクランクピン軸受とクランクピンとが、主軸受とクランクジャーナルとがそれぞれ焼き付き始めた。
当時、天候は晴で風力2の西北西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船橋当直者から主機の警報が発生したために減速操作を行った旨の報告を自室で受け、機関室に赴いたところ、二次こし器出入口圧力差が過大になっていることを認め、その逆洗操作を繰り返し、主機を低速で運転して続航した。
平成丸は、宮崎港に入港後、A受審人が主機のクランク室及び二次こし器を点検して多量の金属粉を認めたことから、業者による精査の結果、クランクピン軸受、主軸受及びクランク軸のほか台板等の損傷が判明し、のち各損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、新油補給量不足により全塩基価が低下して動粘度と全酸価が上昇する状況下、燃料噴射ポンプ漏油系統のC重油のほか排気弁弁箱の亀裂から漏洩した冷却清水が潤滑油に混入したまま運転が続けられ、同油の性状が著しく劣化したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の燃料油にC重油を使用して運転保守にあたり、排気弁弁箱の亀裂から漏洩した冷却清水が潤滑油に混入したことを認めた場合、同油の動粘度の上昇が指摘されていたから、冷却清水等の混入による性状変化を把握するよう、性状分析を業者に依頼のうえ継続使用の可否を判定するなどの性状管理を十分に行うべき注意義務があった。
しかし、同受審人は、潤滑油の全量交換を予定している半年後の入渠時まで運転が維持できるだろうと思い、性状分析を業者に依頼のうえ継続使用の可否を判定するなどの性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、燃料噴射ポンプ漏油系統のC重油のほか冷却清水の混入による潤滑油の全塩基価の低下に伴って動粘度と全酸価が大幅に上昇していることに気付かないまま運転を続け、性状が著しく劣化してクランクピン軸受及び主軸受の三層メタルオーバーレイの腐食による剥離を招き、各軸受、クランク軸及び台板等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。