(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年3月25日13時05分
北海道松前港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船栄徳丸 |
総トン数 |
6.4トン |
登録長 |
12.85メートル |
幅 |
2.79メートル |
深さ |
0.92メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
250キロワット |
3 事実の経過
栄徳丸は、昭和55年12月に進水した、一本つり漁業及びはえなわ漁業などに従事する一層甲板型FRP製漁船で、上甲板下が船首方から順に、2区画の倉庫、生け簀、機関室、倉庫、舵機庫及び船尾倉庫となっており、最前部の倉庫に集魚灯用安定器が、機関室後方の倉庫と舵機庫にわたる両舷に軽油の燃料タンク各1個がそれぞれ据え置かれ、上甲板上の船体中央部後ろ寄りに操舵室を設け、その前方に機関室囲壁を配していた。
機関室は、長さが3.2メートルあり、機関室囲壁が同室前端から操舵室前壁にかけて、長さ2.5メートル幅1.6メートル上甲板上の高さ1.6メートルにわたって設けられ、主機が機関室後ろ寄りに据え付けられていて、その前方に、いずれも主機動力取出軸によりベルトで駆動される、充電用発電機、操舵機用油圧ポンプ及びクラッチ付の集魚灯用発電機2台を配し、左舷後部に蓄電池が配置され、機関室入口として、同囲壁両舷及び操舵室前壁の下部左舷寄りにそれぞれ引き戸が設置されていた。
主機の排気管は、鋼管にラギングを施して外径がほぼ140ミリメートル(以下「ミリ」という。)あり、過給機から機関室囲壁天井板の左舷寄りに設置された高さ0.7メートルの鋼製の化粧煙突に導かれ、同煙突内に垂直に設置された消音器を経て、更に上方に0.3メートル突き出して大気に通じる配管となっており、排気出口部には開閉自在式の蓋が取り付けられていた。また、排気管は、化粧煙突の頂板によって支えられる構造となっていて、消音器の出口フランジ部分が頂板に固定されていた。そして、機関室囲壁天井板の排気管貫通部は、排気管の周囲に50ミリの隙間が設けられ、貫通部の天井板下面に、同隙間を塞ぐように鋼板製の当て金が取り付けられ、貫通部の天井板下方至近に消音器の入口フランジが位置し、排気管がガスケットパッキンを挟んで6本の取付けボルトにより取り付けられていた。
A受審人は、昭和51年7月一級小型船舶操縦士の免許を取得し、同62年12月に中古の栄徳丸を購入して以来、機関の運転監視については、ほとんど機関室に入らずに操舵室の計器盤で行い、平成10年3月まぐろ漁に従事中、機関室近くの甲板上にいたとき、同室からの異臭に気付いて内部を覗いたところ、機関室囲壁天井板の排気管貫通部から発煙しているのを認め、早期に消火して大事に至らなかったが、発煙原因が同天井板の芯材である木製合板の炭化の進行によるものであったことから、その修理の際、耐火性を向上させる目的で、貫通部周辺の芯材を切り取ってFRPで補強し、同年9月主機を中古機関と換装した際、排気管及び化粧煙突も従前どおりの構造となるように修復した。
ところで、排気管は、消音器の出口フランジ部分を固定して支えられおり、消音器及びこれにつながる排気管が懸架状態となっていたこともあって、比較的振動しやすく、排気管のフランジ取付けボルトが緩むおそれがあり、同ボルトが緩むと更に振動が増して緩みが進行し、遂には高温の排気ガスが噴出することとなるので、排気管の振動が大きくなったときは、同ボルトの締付け状態を点検する必要があった。
栄徳丸は、その後も操業を続けているうち、排気管の振動により同管のフランジ取付けボルトが徐々に緩み始め、振動が更に大きくなったことから、平成13年春ごろ機関整備業者の手によりに同ボルトの増し締めが行われた。
平成13年10月ごろA受審人は、再び排気管が振動し始めたことに気付き、翌14年1月になって排気出口部の蓋が鳴動するほど振動が大きくなったのを認めたが、大事に至ることはないと思い、機関整備業者に依頼するなどして、排気管のフランジ取付けボルトの締付け状態を点検しないまま運転を続けていた。
こうして、栄徳丸は、A受審人が単独で乗り組み、たこ漁の目的で、船首0.7メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成14年3月25日09時50分北海道札前漁港を発し、10時45分同港西方に所在する小島の南岸沿いの漁場に至り、主機を運転したまま充電用発電機及び操舵機用油圧ポンプを駆動し、機関室入口を全て閉め通風機を止めた状態として、針を垂らした樽25個ばかりを約40分間流し、20分かけて潮のぼりする操業を繰り返していたところ、いつしか取付けボルトに緩みを生じていた消音器の入口側フランジから高温の排気ガスが噴き出して機関室囲壁天井板に降りかかり、同天井板が発火して燃え広がり、13時00分主機回転数を毎分1,700の全速力前進とし、西南西に向け3回目の潮のぼり中、13時05分白神岬灯台から真方位261度18.1海里の地点において、機関室が火災となった。
当時、天候は曇で風力5の北西風が吹き、海上にはやや高いうねりがあった。
操舵室で操船していたA受審人は、眼前の化粧煙突基部から黒煙が噴き出しているのを認め、直ちに減速して同室前壁の機関室入口引き戸を開けたところ、黒煙が勢いよく噴き出してきたので、操舵室備え付けの消火器を手にして甲板上に逃れ、手探りで同引き戸めがけて消火剤を放射したが効なく、同煙突付近から炎が立ち上がり、携帯電話で火災の発生を自宅に通報したのち船首に避難して様子を見守るうち、火勢が迫ってきたので13時30分ごろ救命胴衣を着用して海中に飛び込み、14時10分来援した僚船に救助され、栄徳丸は、全焼して15時22分沈没した。
(原因)
本件火災は、主機排気管の振れが大きくなった際、排気管フランジ取付けボルトの締付け状態の点検が不十分で、同ボルトに緩みを生じたまま運転が続けられ、同フランジから排気ガスが噴き出し、機関室囲壁天井板が発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機排気管の振動が大きくなったのを認めた場合、同管のフランジ取付けボルトが緩んでいるおそれがあったから、排気ガスが同フランジから噴き出すことのないよう、機関整備業者に依頼するなどして、同ボルトの締付け状態を点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、大事に至ることはないと思い、同ボルトの締付け状態を点検しなかった職務上の過失により、同ボルトに緩みを生じたまま運転を続け、同フランジから排気ガスが噴き出し、機関室囲壁天井が発火して火災を招き、全焼して沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。