(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月19日09時15分
北海道花咲港南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十二興洋丸 |
総トン数 |
168トン |
全長 |
38.58メートル |
幅 |
6.80メートル |
深さ |
3.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,029キロワット |
回転数 |
毎分400 |
3 事実の経過
第五十二興洋丸(以下「興洋丸」という。)は、昭和59年3月に進水した、さけます流し網漁業及びさんま棒受け網漁業に従事する船首楼・船橋楼付一層甲板型鋼製漁船で、上甲板下が船首方から順に、船首タンク、倉庫、4区画の魚倉、機関室、舵機室及び燃料タンクとなり、上甲板上の船体中央部前寄りから船尾方約14メートルにかけて船橋楼が設けられ、同楼の前方11メートルが漁労作業甲板、後方7メートルが船尾甲板となっていた。
船橋楼は、下から順に、上甲板、船楼甲板、船橋甲板及び指揮所の4層からなり、上甲板上には船首方から順に、凍結室、機関室囲壁及び食堂や船員室等を配した居住区が、船楼甲板には無線室、上部船員室及び便所や浴室等を配した甲板室が、船橋甲板には船橋及び化粧煙突がそれぞれ配列されていた。
機関室は、船体後部に位置し、中央部に主機が、その両側に補機がそれぞれ据え付けられ、主機の動力取出軸にエアクラッチを介して増速機が連結し、これにより最大吐出圧力210キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)吐出量毎分580リットルの油圧ポンプ2台が駆動されるようになっていた。このほか、油圧ポンプとして、左舷補機駆動の吐出量毎分410リットルの予備油圧ポンプと吐出量毎分25リットルの電動式油圧ポンプが装備されていた。
エアクラッチは、外径1,133.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)内径919.2ミリ幅176.2ミリの日本フェイウィック株式会社製の36CB525型と称するラバーフレーム及びその内側に同心円状に組み込まれたドラムとで構成され、ドラムを動力取出軸に、ラバーフレームを増速機入力軸にそれぞれ連結し、ラバーフレームには内周面に摩擦板を備えたゴムチューブが装着され、ドラムには鋼製の内・外輪の間に防振ゴムが成型加工されており、ゴムチューブに圧縮空気を供給して膨張させると、摩擦板がドラム表面の鋼製外輪に圧着して、主機の動力を増速機に伝達する仕組みとなっており、船橋及び機関室でエアクラッチの嵌脱操作ができるようになっていた。また、圧縮空気は、圧力30キロの始動空気槽からドレン抜き弁や減圧弁を備えた空気源パネルに導かれ、7キロに減圧されてゴムチューブに供給されるようになっていた。
油圧で駆動される機器は、甲板機械、漁労機械及び荷役ウインチのほか、バウ・スタン両スラスタがあり、さけます流し網漁のときは一部の漁労機械を使用することで足りるものの、さんま棒受け網漁のときは荷役ウインチを除くこれら油圧機器の多くを稼動するので、油圧ポンプに高負荷がかかることとなるが、安全装置として、油圧回路にリリーフ弁が装備されていた。
興洋丸は、平成14年5月16日からベーリング海域でさけます流し網漁に従事し、同年7月28日北海道花咲港に帰港したのち、さけます流し網漁を切り上げ、8月20日から12月末までのさんま棒受け網漁に備えて、同港に係船された。
これより先、A受審人は、平成14年3月から機関長として興洋丸に乗り組み、一等機関士ほか機関員2人を指揮して機関の運転管理に当たっていたところ、7月9日さけます流し網漁に従事中、エアクラッチを嵌合して間もなく、滑りを生じて発煙したのを認め、その後、焼損したドラムを取り外したうえ、補機駆動の油圧ポンプにより操業を続けてきた経緯があり、係船中の8月13日修理業者に依頼し、日本ピストンリング株式会社製のDFA2050-36A型と称する外径914.5ミリのドラムに新替えしてエアクラッチを復旧させたのち、自らも立ち会って、嵌脱試験に続き、約10分間の無負荷運転を行った。
興洋丸は、A受審人ほか16人が乗り組み、船首2.0メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、漁労機械の試運転とさんま棒受け網の調整の目的で、エアクラッチを嵌合して油圧ポンプを運転しながら、同月19日08時00分花咲港を発し、主機回転数を毎分400、可変ピッチプロペラ翼角を19.5度の全速力にかけ、同港南東方沖合の試験海域に向かった。
08時30分A受審人は、漁労機械の操作に当たるため機関室を離れて甲板に上がり、同時40分試験海域に達し、間もなく、漁労機械の試運転とさんま棒受け網の調整が行われることを知り、エアクラッチのドラム新替え後初めての負荷運転が行われることとなったが、ドラム新替え直後の無負荷運転で異状なかったことから、負荷運転も大丈夫と思い、機関部員を機関室に配置するなどして、エアクラッチの運転監視を十分に行うことなく、同室を無人のままとし、船楼甲板の左舷側で12段捲ウインチの操作に当たった。
こうして、興洋丸は、主機回転数を毎分400として可変ピッチプロペラ翼角を0度とし、左舷補機駆動の発電機で給電しながら、第1回目の投揚網作業が行われ、08時50分揚網作業を終えてワイヤ調整を行ったのち、09時00分第2回目の投網作業を、次いで同時10分揚網作業を始め、バウ・スタン両スラスタのほか多数の漁労機械が一斉に運転されて、油圧ポンプに高負荷がかかったところ、エアクラッチの空気圧が低下気味となっていたか、油圧回路のリリーフ弁が作動しなかったかして、エアクラッチに滑りを生じ始めたが、これに気付かないまま運転が続けられ、ドラムの鋼製外輪が発熱して防振ゴムから発火し、近接していた冷水器用配管の発泡スチロール製断熱材に燃え移り、更に近くの電路に延焼して、09時15分花咲灯台から真方位143度7.2海里の地点で、機関室が火災となった。
当時、天候は曇で風力5の東南東風が吹き、海上には3ないし4メートルのうねりがあった。
船楼甲板の左舷側で12段捲ウインチを操作していたA受審人は、甲板員から甲板室船尾側出入口から煙が出ている旨の通報を受け、直ちに同出入口から中に入ったところ、ゴムが燃えたような強い刺激臭を感じるとともに黒煙が充満して、機関室に通じる階段に近づくことができず、エアクラッチから出火したものと判断し、09時19分火災発生の通報を通信長に頼み、乗組員とともに密閉消火にとりかかり、同時20分船橋にて主機及び給気側として運転中であった機関室通風機3台の各非常停止スイッチを操作したが主機が危急停止せず、同時25分主機遠隔操縦装置用電源が、次いで同時30分船内電源がそれぞれ喪失するのを認めた。
興洋丸は、10時ごろ来援した巡視船艇2隻の放水により、ペンキが焦げだした右舷外板の冷却作業が行われ、13時00分僚船及びタグボートにより花咲港に引き付けられた。
着岸後、A受審人は機関室に入り、主機及び左舷側補機を機側で停止し、その後、興洋丸は焼損状況調査のため船内各出入口が開放されたところ、新たな空気が船内に流入し、上部船員室の寝台下の電線が燃え始め、同室の寝台や壁面などに燃え広がり、更に無線室及び船橋などに延焼したが、消防自動車の放水活動で15時20分鎮火した。
火災の結果、興洋丸は、機関室、上甲板上の居住区、船楼甲板上の無線室、上部船員室、甲板室及び船橋に焼損と濡損とを生じたが、のち修理された。
(原因)
本件火災は、主機駆動油圧ポンプ用エアクラッチのドラム新替え後の負荷運転において、同クラッチの運転監視が不十分で、滑りを生じたまま運転が続けられ、ドラムの鋼製外輪が発熱して防振ゴムから発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、さんま棒受け網漁に備えて、油圧式漁労機械の試運転を兼ねながら、主機駆動油圧ポンプ用エアクラッチのドラム新替え後初めての負荷運転を行う場合、同クラッチの空気圧が低下気味となっていたり、油圧回路のリリーフ弁が作動しなかったりすると、滑りを生じるおそれがあったから、異状の発生を早期に察知できるよう、機関部員を配置するなどして、同クラッチの運転監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、ドラム新替え直後の無負荷運転で異状なかったことから、負荷運転も大丈夫と思い、同クラッチの運転監視を十分に行わなかった職務上の過失により、多数の油圧機器が一斉に運転されて油圧ポンプに高負荷がかかったとき、同クラッチに滑りを生じたまま運転が続けられ、同クラッチから発火して火災を招き、機関室、上甲板上の居住区、船楼甲板上の無線室、上部船員室、甲板室及び船橋に焼損と濡損とを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。