(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月26日07時55分
北海道野付埼南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第七ねむろ丸 |
総トン数 |
9.7トン |
登録長 |
14.99メートル |
幅 |
3.80メートル |
深さ |
1.28メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
120 |
3 事実の経過
第七ねむろ丸(以下「ねむろ丸」という。)は、ひき網漁業に従事する船首楼付き一層甲板中央船橋型FRP製漁船で、A受審人(昭和50年7月一級小型船舶操縦士免許取得)ほか4人が乗り組み、ほたて貝桁網漁の目的で、船首0.25メートル船尾1.80メートルの喫水をもって、平成14年1月26日06時30分北海道尾岱沼漁港を発し、07時20分野付埼南方のほたて共同操業海区の操業区に至って漁具を投入し、第1回目の操業を開始した。
ところで、ほたて貝桁網漁は、八尺と呼ばれる幅2.5メートル長さ1.8メートルで重量約150キログラムの鉄製の桁に、チェーン製沈子を装着する全長4メートルの袋網を取り付けた漁具を、両舷から一個ずつ海中に投じてワイヤー製曳索により海底を引き廻し、操業区画に撒いた稚貝から4年ばかり成長したほたて貝を漁獲するもので、漁期は12月から7月までであった。
ねむろ丸は、前部甲板下が魚倉となっていたため同甲板が漁具を揚げる作業場となり、同甲板前部に両舷から漁具を曳航したり巻き上げたりするためのリールドラム付きウインチを、同甲板前端に長さ約8メートルのデリックブームを備えた鳥居型マストをそれぞれ設置していた。同ブームは、甲板上約1メートルのところを基点とし、マスト上部からブームトップに延びるトッピングリフトを備え、船首甲板に設置したカーゴウインチにより先端にフックを取り付けた荷役索をブームトップのブロックを通して巻き上げるようになっており、ほたて貝の入った袋網を船上に揚げる際に使用されていた。
また、漁具を揚げる手順は、まず、リールドラム付きウインチにより両舷の八尺を海面下まで巻き上げたのち、片舷の八尺を甲板上に引き上げて移動しないようロープで係止し、次いで荷役索のフックを同八尺の袋網後端に付けられたロープ付きリングにとって同索を巻き上げ、袋網を船上に吊り上げてほたて貝を取り込んだのち、反対舷の漁具を同様の手順により揚げるというものであった。
その際、袋網に入ったほたて貝はその比重が海水に近く、袋網が海中に沈んでいるとき、デリックブームにかかる荷重はほとんど八尺の重量だけであるが、同ブームで吊って袋網を海面から上げると、ほたて貝や袋網の重量に海水混じりの泥等が加わり相当な荷重となった。また、同荷重は、船体重心からの高さが8メートルを超えるブームトップのブロックから船首尾線より2メートルばかり離れた舷側に延びる荷役索にかかるため、船体が傾くと同時に見かけの重心上昇が起こり、そのときの排水量、漁獲物の重量によっては大傾斜して舷縁が没水し、大量の海水が船内に流入することにより、復原力を喪失して転覆に至るおそれがあった。
そして、ねむろ丸は、漁を開始したばかりであったため、喫水が浅く、排水量が少なかったことから、漁獲物の入った袋網を吊り上げることによる船体傾斜及び見かけの重心上昇量がより大きくなり、転覆し易い状況にあった。
A受審人は、平成4年からほたて貝の漁期だけねむろ丸の船長として根室漁業協同組合に雇われ、10年近い桁網漁業の経験から、袋網を吊り上げるときに転覆の危険があることを承知していたが、平素、袋網に入るほたて貝の量は60キログラム入りの篭で20篭ほどであり、袋網を吊り上げたとき20度ないし25度ばかり傾くものの、舷縁が没水するまでには十分余裕があったことから、復原性について配慮することもなく、それ以上のほたて貝が獲れた際の対策について検討していなかった。
07時45分A受審人は、野付埼灯台から178.5度(真方位、以下同じ。)9.2海里の地点において揚網のため機関を中立とし、前示手順で両舷漁具を海面下まで巻き上げたのち、右舷側から先に揚げることとして同舷の八尺を甲板上に引き上げた。
A受審人は、八尺から左舷側舷縁に一本の係止索がとられたことを確認すると、乗組員を前部甲板両舷に2人ずつ配置して自らは操舵室前の前部甲板右舷側最後部に立ち、荷役索付きフックを袋網後端のロープ付きリングにとらせ、カーゴウインチの遠隔操縦装置を操作して同網を海面付近まで吊り上げ、漁獲物洗浄のためこれをカーゴウインチで巻き下ろしし、右舷側へ大きく傾く状態を繰り返していたところ、これまでになく大量で30篭ほどのほたて貝が袋網に入っているのを認め、袋網を海中から引き上げようとすると舷縁が海面近くまで達することを知った。
このとき、A受審人は、このまま袋網を吊り上げると、約1.8トンのほたて貝に袋網及び海水混じりの泥等の重量が加わった約2トンの荷重が荷役索にかかることになり、更に大きな傾きとなって舷縁が没水することが予測できる状況となっていたが、何とか揚げることができるものと思い、復原性に対し十分に配慮して僚船を反対舷に係留するなどの転覆防止措置をとらなかった。
A受審人は、袋網を海面付近で上下する動作を数回繰り返したのち、07時55分少し前カーゴウインチを巻いて袋網を海面から上げた途端、船体の右舷側への傾きが大きくなり、八尺を支えていた係止索も切断して八尺が右舷舷縁を越えて海中に滑り落ちるとともに、同舷縁が没水したため大量の海水が流入して復原力を喪失し、07時55分ねむろ丸は、野付埼灯台から178.5度9.2海里の地点において、144度を向首して右舷側に転覆した。
当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、海上は平穏であった。
転覆の結果、ねむろ丸は、機関を濡損したほか、推進器翼はじめ船体各部が損傷したが、来援したクレーン船等により引き起こされ、のち修理された。また、乗組員のうち1人が3週間の入院加療を要する中心性頸髄損傷を負ったほか、3人がそれぞれ1週間の加療を要する頸椎捻挫等を負った。
(原因)
本件転覆は、北海道野付埼南方において、ほたて貝桁網漁に従事中、袋網に大量のほたて貝が入った際、復原性に対する配慮が不十分で、転覆防止措置をとらないまま同網をデリックブームで吊り上げて大傾斜し、大量の海水が流入して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、北海道野付埼南方において、ほたて貝桁網漁に従事中、袋網に大量のほたて貝が入ったことを認めた場合、僚船を反対舷に係留してから袋網を吊り上げるなどの転覆防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、何とか揚げることができるものと思い、転覆防止措置をとらなかった職務上の過失により、そのまま袋網を吊り上げて大傾斜し、大量の海水が船内に流入したことにより復原力を喪失して転覆する事態を招き、機関の濡損ほか船体各部の損傷を生じさせ、乗組員に入院加療を要する中心性頸髄損傷等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。