(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月19日14時00分
宮城県金華山南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十一神栄丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
24.25メートル |
幅 |
4.31メートル |
深さ |
1.82メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
603キロワット |
3 事実の経過
(1)第三十一神栄丸の一般配置
第三十一神栄丸(以下「神栄丸」という。)は、平成12年6月に竣工した一層甲板を有するFRP製漁船で、年間のうち8月から10月の間をさんま棒受網漁、それ以外は沖合底引き網漁に使用され、同漁を行うときは、さんま棒受網漁に使用する漁労装置を陸揚げするようにしていた。
上甲板下は、球状船首から順次後方に、燃料タンク、砕氷庫、魚倉が設けられ、魚倉は前部と後部に区画されて各区画が船縦に3分割されており、その後方に機関室、同室の後方中央に清水タンク、その左右に燃料タンク、清水タンクの上方に船室があり、清水タンクの後方が舵取機室、その左右が燃料タンクとされ、最後部が倉庫となっていて、船首尾にサイドスラスターが備えられていた。
また、上甲板上には、船首楼があってボースンストアとされ、船体中央から船尾寄りに2層からなる甲板室があり、上部が操舵室、下部が食堂となっており、沖合底引き網漁における漁労装置として、船首楼と甲板室間の両舷にトロールウインチ、食堂後部上に2台のホイスト付き漁労用ブームを備えた鳥居型マスト及びトロールウインチ、ホイスト、機関、舵などの遠隔操作盤が、船尾端にギャロースと水平ローラーがそれぞれ備えられ、船首楼後部から船尾間に倉口と同じ高さに敷板が施され、敷板の上甲板からの高さが、甲板室後端から船尾までの後部上甲板間が約0.7メートル、それより前方が約0.5メートルで、上甲板と船首楼甲板の周囲にブルワークが設けられていた。
(2)神栄丸の沖合底引き網漁における漁網及び揚網の要領
沖合底引き網漁における漁網は、全長約40メートルで、コッドと称する長さ約10メートルの魚捕部、長さ約15メートルの左右に分かれた袖網、同網とコッドの間の奥袖網、かぶり網及び胴網と称される長さ約15メートルの中間部からなり、コッドには、末端に魚を取り出すためのチャックと、漁獲物がコッドの底に集中して網が膨らむのを防ぐなどの目的で、長さ方向と直角に輪状のコッドバンドが3本取り付けられていた。そして左右の袖網ごとに直径16ミリメートル長さ約1,000メートルのワイヤーロープ製の引き索が接続され、途中袖網寄りにオッターボードが結ばれ、各索は左右舷のトロールウインチでそれぞれ巻き取られるようになっていた。
揚網の要領は、曳網が終了すると機関を中立運転とし、トロールウインチで引き索を巻き取り、各袖網を舷側に沿って同ウインチ近くまで引き寄せ、中間部の網が水平ローラーを越えて揚がってくると、漁労用ブームのホイストに付属した2本のフック付き吊り索を同網にたすき掛けし、ホイストで巻き上げながら甲板室後方の敷板上に引き寄せ、これを何回か繰り返しながら網を積み重ね、コッドまで揚収するものであるが、入網した漁獲量が3トンほどになると、コッド部分をホイストだけで吊り上げることが困難なので、吊り索のほかにコッドにストロップと称する索を巻き、トロールウインチの引き索に結んで、同ウインチとホイストを併用して揚収することもあった。
(3)神栄丸の復原性
神栄丸は、日本小型船舶検査機構の完成検査を受け、動揺周期を計測したところ、規則が定める同船の規模における標準値5.6秒に対してかろうじて合格したものの、復原性に十分余裕のある状態ではないので、同機構の検査員から船舶検査手帳に、毎年横揺れ周期の変化の有無に注意することや、重量物は甲板下できるだけ低い位置に搭載すること、片荷や移動に注意することなど、運航にあたって配慮すべき事項についての注意書が添付されていた。
そして、神栄丸は、引き渡された後、船尾にサイドスラスターが増設されるなどの改造が加えられ、復原性がさらに低下した状態であったところ、本件発生まで6箇月余り沖合底引き網漁に使用され、その間、月平均15日ほど出漁し、最大約10トンの漁獲物を魚倉に搭載したことがあり、また、一回の曳網でひめだらの入網量最大約3トンを数回経験し、これを一度に敷板上に揚収したが大事には至らなかった。
しかしながら、3トンをはるかに超えた漁獲物が入網したコッドを一度に敷板上に揚収した状態とすると、復原性が著しく低下して不安定な状態となり、漁獲物が移動したりすることがあれば大傾斜を招くおそれがあった。
(4)受審人A
A受審人は、平成2年2月9日一級小型船舶操縦士免状の交付を受けたのち、父親の所有する漁船に乗り組み、同8年から船長職を務めるようになり、同12年7月神栄丸の船長となり、宮城県金華山付近の海域において、沖合底引き網漁やさんま棒受網漁などに従事していた。また、同人は、神栄丸を任された際、船舶検査手帳に添付された復原性に関する注意書に目を通し、同船の運航にあたっては復原性に配慮しなければならないことを承知していた。
(5)指定海難関係人B
B指定海難関係人は、昭和36年から漁船に乗り組み、同46年漁船を所有して自営の漁師となり、同49年10月21日に一級小型船舶操縦士免状の交付を受け、本件当時神栄丸のほかに2隻の漁船を所有して船長職も務めており、息子のA受審人が都合で神栄丸に乗船しないときは、代わって船長として乗り組むこともあった。
B指定海難関係人は、神栄丸の引き渡しを受けた際、船舶検査手帳を交付されたが、同手帳に添付された復原性に関する注意書に目を通していなかったので、乗組員に対する安全指導を行うことができなかった。
そしてB指定海難関係人は、神栄丸が引き渡された後、さんま棒受網漁の際に操船を容易にするため、船尾を拡張してサイドスラスターを設置したり、トロールウインチ等の遠隔操作盤の周囲を取り外し式の板で囲うなどの増設工事を建造造船所で行い、その際同造船所から関係機関の受検を勧められたものの、これを行わないまま工事を施工させ、同船の復原性をさらに低下させることになったが、このことを認識していなかった。
(6)本件発生に至る経緯
神栄丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、沖合底引き網漁の目的で、船首0.8メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、平成13年6月19日04時00分宮城県石巻漁港を発し、金華山南方約6海里沖合の漁場に向かった。
神栄丸には、前部甲板下の燃料タンクに約4キロリットルの燃料、砕氷庫に約1トンの砕氷、後部の魚倉の左右に各約1トンの海水、清水タンクに約1トンの真水がそれぞれ搭載されていたほか、予備網が船尾倉庫に1箇統格納されており、通常の出港状態であった。
A受審人は、06時ころ目的地に至って操業を開始し、11時までに2回の操業を行い、漁獲したいか約0.5トンを魚箱に入れて前部の魚倉中央に、ひめだら約1トンを樽に入れて後部の魚倉中央にそれぞれ搭載し、11時00分金華山灯台から204度(真方位、以下同じ。)8.6海里、水深110メートルの地点で3回目の投網を行い、引き索を約350メートル繰り出し、針路を045度に定めて自動操舵とし、2.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で曳網を開始した。
13時30分A受審人は、それまで操船に当たっていた操舵室からトロールウインチ等の遠隔操作盤のある場所に移動し、機関を中立運転として曳網を止め、乗組員を船尾甲板に配置して引き索の巻き込みを開始し、同索の巻き込みの影響で船体が後退しながら、同時45分両袖網をトロールウインチの近くまで引き寄せ、さらに中間部の網をホイストの吊り索を使用して甲板室の後方に積み重ねた。
A受審人は、コッドの一部が水平ローラーを越えて揚がってきたとき、ホイストのみでは敷板上に揚収することができなかったことなどから、これまでに経験したことのない大量のいかが入網していると判断し、ホイストとトロールウインチを併用して揚網することとしたが、約6トンのいかが入網したコッドを一度に揚収することが難しいことから、コッドバンドを利用して獲物を小分けして揚収することにした。
A受審人は、揚収する方法として、既に揚げられた部分のコッドバンドを締めてコッドを瓢箪状とし、前半部にあたる引き索側の部分をいったん海中に戻して仮止めしてから、前もって仮止めしておいた後半部にあたる海中にあるチャック側の部分を引き揚げ、チャックを開いていかを敷板上に放出し、それらを魚倉に移したのち、チャックを締めて再び後半部を海中に戻し、海中に戻しておいた前半部を引き揚げることとし、最も引き索寄りのコッドバンドを締め付けたところ、これが切断し、残ったコッドバンドも試みる毎に全て切れてしまった。
A受審人は、漁獲物を小分けして揚収することが困難となったとき、船舶検査手帳に添付された注意書中、復原性に関して留意すべき諸事項のうちで、重量物を高い位置に搭載しないよう指示されており、これまでに経験のない大量の漁獲物の入ったコッドを一度に甲板上に揚収することは危険であったが、せっかくの漁獲物を放棄するのは勿体ないと思い、コッドを切り魚を一部逃がしてから揚収するとか、あるいはコッドを切り捨てるなど復原性に対する配慮をすることなく、何とか全量を取り込むことを考えた。
こうしてA受審人は、コッドの引き索寄りの部分にホイストの吊り索2本のほか、ストロップを回し、ストロップに右舷側トロールウインチの引き索を結び、同ウインチとホイストによりコッド全体を敷板上に揚収したところ、13時50分コッドが右舷方に移動して船体が同舷側に傾斜し、次第に傾斜が増大する状態となった。
そこで、A受審人は、機関員をトロールウインチ等の操作に就かせ、残りの乗組員を左舷側トロールウインチでコッドを船体中央まで引き戻す準備に掛からせ、自らは操舵室に移動し手動操舵に切り換えて操船にあたり、機関を使用して約6ノットの速力で航走しながら右舵を取り、右舷側の魚倉に搭載していた海水を排除させるとともに同ウインチを作動させてコッドを中央に戻し、船体傾斜をいったん復原させた。
しかし、神栄丸は、約6トンの重量物を一度に敷板上に搭載したため復原性が極端に低下し、わずかな動揺でコッドが左舷側に移動するとともに同舷側に傾斜し、コッド内の流動し易いいかが左舷方に偏るにつれてゆっくりと傾斜が増大していった。
A受審人は、航走しながら左舵を取ってみたものの、傾斜が戻らないので機関のクラッチを切り、ブルワーク頂部からの海水の流入が続くことから、付近で操業中の僚船に救援を依頼するうち、14時00分金華山灯台から184度4.8海里の地点において、神栄丸は、船首が315度を向いていたとき、復原力を喪失して左舷側に転覆した。
当時、天候は霧で風力1の南風が吹き、海上はほとんど波がなかった。
転覆の結果、乗組員全員は、船外に逃れたのち船底にはい上がっていたところを来援した僚船に救助され、船体は、石巻漁港に引き付けられたが、引き起こし中に沈没し、その後引き揚げられたものの、機器の濡損や漁労装置等の損傷が甚だしく、修理の都合上廃船とされた。
(原因)
本件転覆は、金華山南方沖合において、沖合底引き網漁の揚網にあたり、復原性に対する配慮が不十分で、大量の漁獲物を一度に甲板上に揚収して大傾斜し、復原力を喪失したことによって発生したものである。
船舶所有者が、船舶検査手帳に添付された復原性に関する注意書に目を通さず、乗組員に対する安全指導ができなかったこと、及び引渡後無断で船体等の改造を行って復原性を低下させたことは本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、金華山南方沖合において沖合底引き網漁に従事中、これまでに経験したことがない大量の漁獲物がコッド内に入網したのを認めたのち、漁獲物を小分けして揚収する措置を試みたものの、これが困難となった場合、船舶検査手帳に添付された注意書中、復原性に関して留意すべき諸事項のうちで、重量物を高い位置に搭載しないよう指示されており、コッドを一度に甲板上に揚収することは危険であったから、コッドを切り魚を一部逃がしてから揚収するか、あるいはコッドを切り捨てるなど復原性に対する配慮をすべき注意義務があった。しかるに同人は、せっかくの漁獲物を放棄するのは勿体ないと思い、復原性に対する配慮をしなかった職務上の過失により、大量の漁獲物が入網したコッドを一度に甲板上に揚収して神栄丸の転覆を招き、機器を濡損させ漁労装置等を大破させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、神栄丸引き渡し後、同船の船舶検査手帳に添付された復原性に関する注意書に目を通さず、乗組員に対する安全指導を行うことができなかったこと、及び竣工後、船尾を拡張してサイドスラスターを設置するなどの増設工事を関係機関に無断で行って復原性をさらに低下させたことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。