(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月8日13時05分
兵庫県淡路島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボートウエストリバー |
全長 |
10.37メートル |
幅 |
3.20メートル |
深さ |
1.75メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
169キロワット |
3 事実の経過
ウエストリバーは、Y発動機株式会社が製造したFG7型と称する、船内機を備えたFRP製クルーザーで、船首部に船首甲板及びその下方にロープ庫とキャビンが配置され、船体中央部に操舵室及びその上方にフライングブリッジが設けられ、操舵室後方は後部甲板となっており、同甲板下には、機関室及び同室後方両舷にいけすが配置され、トランサムステップ下方は3区画に仕切られ、舵取機を設置したその中央区画を挟んで両端区画は空所となっていた。
船殻(せんこく)は、外板、甲板、縦通材、隔壁及び補強材などから構成され、型枠を用いて成形された外板と、これと接合された甲板とにより断面形状を箱型の一体型外殻として強度や剛性を高め、静的及び動的荷重を、縦通材や隔壁などで補強された外殻全体で受け止めるセミモノコック構造とし、各部材の強度を小さく押さえることにより、船体重量の軽量化が図られていた。
外板は、キール部、船底部、船側部及びトランサム部からなり、その成形方法は、FRP製成形めす型に、耐候性及び水密性を有するゲルコート用の液状不飽和ポリエステル樹脂(以下「樹脂液」という。)を吹き付け、この内側に材料の強度を増すため、ガラス繊維基材で、積層用樹脂液の含浸性が良好なガラスチョップドストランドマットと強度面で優れたガラスロービングクロスを、樹脂液を含浸させて手作業により交互に積層し、ローラーを用いて含浸及び脱泡を行って硬化させ、各部の積層数及び仕上り厚さを、キール部11層11.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)、船底部7層7.56ミリ、船側部4層4.34ミリ及びトランサム部4層4.34ミリとして製作されていた。
軸系装置は、プロペラ軸、船尾管軸受、シャフトブラケット及びプロペラなどから構成され、主機の回転力をプロペラに伝達するとともに、プロペラで生じた推力を船体に伝達するようになっていた。
シャフトブラケットは、球状黒鉛鋳鉄製で、軸受ボスに長さ200ミリ厚さ約15ミリのポリエチレン樹脂製支面材を挿入して軸径50ミリのプロペラ軸を支持し、同ボス下側に鋼製板(以下「スケグ」という。)を取り付け、水中浮遊物からプロペラを保護していた。
シャフトブラケットの取付方法は、機関室後端のキール部に設けられた長さ200ミリ幅180ミリ深さ13ミリの凹部平面(以下「リセス」という。)に、長さ180ミリ幅160ミリ端部の厚さ10ミリの同ブラケットフランジを装着し、船体内側からリセスを補強するため厚さ19ミリのラワンベニヤ材を当て、6組のボルト及びナットにより結合したうえ、同ブラケットフランジ及びリセスとの間隙(かんげき)に海水の浸入を防止するためシール材を充填(じゅうてん)していた。
指定海難関係人Y発動機株式会社舟艇事業部(以下「Y舟艇事業部」という。)は、FG7型を開発・設計し、昭和63年11月に日本小型船舶検査機構の試験に合格して量産艇の型式承認を受け、同社の子会社が平成2年4月17日に製造し、予備検査に合格した同型艇をウエストリバーとして出荷した。
Y舟艇事業部は、シャフトブラケットフランジと接するリセスの構造を、船体抵抗の軽減及び形状剛性を保持する目的で前示のように凹形とし、また、リセスの強度について、高速急旋回時におけるプロペラやプロペラ軸に作用する外力を想定した同社の設計基準に基づいて設計しているので、リセスに生じる応力は小さく、十分な強度を有するものと推定していた。そして、同舟艇事業部は、FG7型を昭和63年7月から平成2年12月まで140隻生産した実績があり、これまで製造欠陥に起因する事故事例及び通常の使用状況における事故が発生したとの報告を受けていなかった。
指定海難関係人Bは、平成2年3月に四級小型船舶操縦士の免許を取得し、代表取締役を務めるN建材株式会社の所有船として、レジャー用及び従業員送迎用の目的で、ウエストリバーを姫路市所在の販売業者から購入し、同年4月27日に取扱説明書及びサービスブックとともに引き渡しを受けた。
ところで、Y舟艇事業部は、定期点検及び整備について、6箇月または50時間運転ごとに行うようサービスブックに記載し、点検項目としてシャフトブラケット軸受摩耗の項目を設け同ブック点検表に記載していた。そして、同舟艇事業部では、プロペラ軸とシャフトブラケット軸受との間隙の標準値を0.1ないし1.3ミリ、同間隙の限界値を2.0ミリと規定し、限界値をサービスエンジニア向けテキストに記載して販売業者などに周知していた。
B指定海難関係人は、自ら運転管理を行うほか、修理の際業者を手配したり、平成2年5月下旬の初回及び同7年1月下旬の冬期の各定期点検を前示業者に依頼するなど保守整備に携わっていたが、次第に運転管理及び保守整備を、友人で昭和58年4月に四級小型船舶操縦士の免許を取得した受審人Aに一任するようになった。
A受審人は、専ら釣りの目的で運航するほか、保守整備の実務に当たり、修理の必要な都度、年間あたり1ないし2回の船底掃除時及び定期的検査時に前示業者などに依頼していたものの、船底掃除については、平成9ないし10年ごろから経費節減のため、定係地とする兵庫県妻鹿(めが)漁港の船揚場において、友人とともに自ら行うようになった。
ウエストリバーは、上架の都度、船底掃除及び外板塗装が行われていたが、シャフトブラケット軸受支面材は竣工時以来取り替えられなかったので、経年使用により次第に摩耗が進行する状況となった。また、ゲルコート被膜の経年的な剥離(はくり)や、運転中のプロペラ振動による衝撃荷重が繰り返し作用したことにより、同ブラケットフランジと接するリセスのFRP部材が吸水したり、微細亀裂を生じたりしてやや強度の低下を生じていた。
A受審人は、平成14年の運航を始めたところ、港内での低速航行時において、船体振動が以前に比べ増大するなど、異状に気付いたものの、港外で増速すれば船体振動の全般的な増大に紛れたことから、そのまま運転を続けていた。
B指定海難関係人は、同14年6月14日定係地において、浮上状態で受検した第3回定期検査に、A受審人とともに立ち会ったのち、7月上旬同人が上架して船底掃除及び外板塗装を行うことを知ったが、同人に対し、不具合箇所があれば速やかに業者に依頼することなど、船体の保守整備を十分に行うよう指示しなかった。
A受審人は、7月中旬前示船揚場において、高圧洗浄水とスクレーパによる船底付着物の除去作業に従事中、船用品の納入業者からの指摘によりシャフトブラケット軸受の摩耗が進行していることを知ったが、このことをB指定海難関係人に報告せず、速やかに同軸受支面材を取り替えるなどの十分な船体整備を行わないまま、外板塗装と保護亜鉛板の交換を行ったのみで、整備作業を終了した。
ウエストリバーは、A受審人が1人で乗り組み、息子1人を同乗させ、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、釣りの目的で、9月7日16時00分妻鹿漁港の定係地を発し、18時ごろ徳島県撫養(なや)港に入港して1泊したのち、翌8日09時30分同港を発し、大鳴門橋南方海域に至って釣りを行ったものの、釣果がはかばかしくなかったので11時ごろ釣りを打ち切り、同釣り場を発し、帰途についた。
こうして、ウエストリバーは、主機を回転数毎分2,600にかけ、24.0ノットの対地速力で兵庫県淡路島西方沖合を北上中、浮遊していた外径約20ミリの合成繊維製ロープがスケグに引っ掛かり、次いでプロペラ軸とプロペラに絡んだとき、シャフトブラケット軸受支面材が摩耗してその間隙が増加していたことから、主機が直ちに停止せず、更に同ロープがシャフトブラケット軸受とプロペラボスとの間に巻き付き、同軸受が船首側へ押し出されて著しく変位し、強度低下の生じていたリセスのFRP部材に過大な応力が作用して破口を生じ、12時13分ごろ異音を発して主機が停止した。
衝撃で異常を察知したA受審人は、機関室に多量の海水が浸入していることを発見したが、排水作業を行えず、破口部からの浸水が続き、同人及び息子は救命胴衣を着用して海中に飛び込み、ウエストリバーは、13時05分都志港北防波堤灯台から真方位268度6.5海里の地点において、浮力を喪失して船尾部から沈没した。
当時、天候は晴で風力2の北北東風が吹き、海上は穏やかであった。
沈没の結果、A受審人及び息子は、フェンダーにつかまり漂流していたところ、通報を受けて来援した漁船により救助され、ウエストリバーは、のち引き揚げられたものの、修理費の都合で廃船とされた。
(原因についての考察)
本件は、兵庫県淡路島西方沖合において、浮遊ロープがスケグ、プロペラ軸及びプロペラに巻き付いたとき、シャフトブラケット取付部外板に破口を生じ、沈没に至ったもので、以下、その原因について考察する。
1 シャフトブラケット取付部の強度及び剛性について
これまでの事実認定のとおり、シャフトブラケットフランジと接するリセスの強度について、Y舟艇事業部は、同社の設計基準に基づいて設計しており、本件後実施した有限要素法による構造解析結果中の、発生最大応力が2.24キログラム毎平方ミリメートル(以下「キロ」という。)で、FRPの破壊応力の約10キロに比べて小さい値となっていることを勘案すれば、十分な強度を有していたと認めるのが相当である。
また、同舟艇事業部が実施したリセスの有無に関する構造解析結果より、リセスの有無による発生応力の差は小さく、リセスを設けた場合の方が設けない場合に比べ発生応力が小さい傾向を示していることから、リセスを設けたことにより応力集中を受けやすくなったとは言えず、むしろ、リセス周縁部が補強効果をもたらし剛性を高めたと考えられる。
2 スケグの存在について
高速航行時に船底に当たる水流により船体を浮上させ、船底が水面を滑走する滑走型船型は、排水量型船型に比べ、水中浮遊物がプロペラに接触する可能性は高く、スケグは、流木などの浮遊物に対してはプロペラ保護の目的を果たしている。また、浮遊ロープなどに対しては、スケグの有無にかかわりなくプロペラ軸に巻き付く可能性を有している。したがって、スケグの存在をもって、本件発生の原因とするのは相当でない。
3 シャフトブラケット取付部へのラワンベニヤの使用について
シャフトブラケット取付部船体内側に補強材としてラワンベニヤが使用され、これと接合されたFRP部材に、本件後浸水により変色していることが認められた。この点について、馬越証人は、一般的に外板などを補強する場合、取付けボルト頭からの浸水によりラワンベニヤが経年的に腐食し、強度低下が生じる蓋然性の高いことを述べている。しかし、本船においてシャフトブラケット取付けボルトに緩みのなかったことは同人も認めており、同ブラケット取付部へのラワンベニヤの使用が適性を欠いていたとは言えない。
4 保守整備上の問題点について
A受審人は、船体及び機関の保守整備の実務に当たっていたものの、複数回にわたり、多量の機関室ビルジを長期間滞留させ、その結果主機オイルパンに腐食破孔を生じて交換させるなど、保守整備に十分な注意を払っていなかったものと推認される。
そして、同人は、事実認定のとおり、平成14年7月中旬に上架して船底掃除と外板塗装を行ったとき、船用品の納入業者からの指摘によりシャフトブラケット軸受の摩耗が進行していることを知った。もしも、この時点で同人が、上架前の低速航行時に船体振動が以前に比べ増大するなどの異状な兆候を呈していたことを考慮し、竣工時以来継続使用されていた同軸受支面材について、B指定海難関係人に報告したうえ、業者に依頼して取り替えるなどの十分な船体整備を行っておれば、同軸受間隙が適性に維持され、浮遊ロープがプロペラ軸とプロペラに絡んだ場合においても同軸受支面材とプロペラ軸との摩擦力によって主機が速やかに停止し、本件発生は回避できたものと考えられ、船体整備が十分でなかったと言わざるを得ない。
しかしながら、同人が、シャフトブラケット軸受支面材を取り替えず、同軸受間隙が増加したまま運転を続けた場合、シャフトブラケットやその他の軸系装置に損傷を生じる危険性を予見できたとしても、更に同ブラケット取付部外板に破口を生じて沈没に至ることまで予見することは困難であり、同人の所為を、本件発生の原因とするのは相当でない。
また、B指定海難関係人が、保守整備を一任するA受審人が船底掃除と塗装の目的で上架することを知った際、作業に当たる同人に対し、不具合箇所があれば速やかに業者に依頼することなど、船体の保守整備を十分に行うよう指示しなかったことは、摩耗したシャフトブラケット軸受支面材が取り替えられず、整備が不十分な状態のまま放置されたこととなり遺憾である。
しかしながら、B指定海難関係人が、シャフトブラケット取付部外板に破口を生じて沈没に至ることまで予見することは困難であり、同人の所為を、本件発生の原因とするのは相当でない。
(原因)
本件沈没は、兵庫県淡路島西方沖合において、浮遊ロープがスケグ、プロペラ軸及びプロペラに絡んだとき、経年使用により摩耗が進行していたシャフトブラケット軸受が、プロペラ軸に巻き付いた同ロープにより船首側へ押し出されて著しく変位し、同ブラケット取付部外板に過大な応力が作用して破口を生じ、同破口部から浸水し、浮力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
Y舟艇事業部の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。