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 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 沈没事件一覧 >  事件





平成15年広審第36号
件名

引船くろがね丸沈没事件

事件区分
沈没事件
言渡年月日
平成15年7月18日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(関 隆彰、供田仁男、西林 眞)

理事官
平野浩三

受審人
A 職名:くろがね丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
ブルワークを越えて海水が浸入、沈没し、全損

原因
横引きに対する配慮不十分

主文

 本件沈没は、横引きに対する配慮が不十分で、転覆したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年12月17日08時25分
 広島県呉港
 
2 船舶の要目
船種船名 引船くろがね丸 台船(船名なし)
総トン数 18トン  
全長 60.00メートル  
登録長 16.45メートル  
18.00メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 147キロワット  
船種船名 引船あき 引船さざなみ
総トン数 14トン 14トン
全長 13.90メートル 14.02メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 353キロワット 301キロワット

3 事実の経過
 くろがね丸は、広島県内で曳航作業に従事する鋼製引船で、A受審人(昭和49年8月1日一級小型船舶操縦士免許取得)ほか1人が乗り組み、呉市に所在する警固屋船渠株式会社(以下「警固屋船渠」という。)の台船(船名なし、以下「台船」という。)を曳航する目的で、船首1.00メートル船尾2.20メートルの喫水をもって、平成14年12月17日06時10分同県西能美島高田港を発し、08時00分台船が係留された警固屋船渠の第一桟橋に至った。
 台船は、船首尾喫水がともに0.5メートルで、高さ5メートル幅10メートルばかりの総重量が約100トンとなる4個の船体ブロックが積載され、警固屋船渠の岸壁から295度(真方位、以下同じ。)方向に突き出た長さ85メートルの第一桟橋北側の岸壁寄りに、入船の右舷付けで係留されていた。
 A受審人は、警固屋船渠での台船曳航は今回が3回目であったが、台船が陸向きに係留されていたのは初めてで、台船船首と岸壁との間には自船が入る余裕がなく、そのままでは曳航することができなかったため、径40ミリメートル長さ20メートルのナイロン製ロープとその先端にY字形につないだそれぞれが15メートルの2本の曳索を台船船首両舷のボラードに取ってロープの他端を曳航用フックに止め、余分の曳航索を自船船尾に取り込んでコイルし、曳航の準備をしたうえで、自船左舷船首から台船左舷船首に左舷付けで係留索を取り、船渠側の作業監督の指揮で行う台船の引き出し作業を待った。
 作業監督は、引き出しに使用する2隻の引船あき及びさざなみの各船長及びA受審人にトランシーバーを渡して簡単な打ち合わせを行ったのち、自身は台船船尾中央に位置して、その両舷にも人を配し、08時20分引き出し作業にかかり、まず台船左舷中央部に取ったあきに指示して桟橋から3メートルばかり離すと、同時21分半台船船尾に取ったさざなみに指示して、やや左舷後方に向け引き出しを開始した。
 A受審人は、台船が動き始めたころから舵輪の前に立ち、機関を中立として台船の引き出しを待ち、台船が徐々に速力を上げながらほぼ桟橋に沿ってゆっくりと引き出され、08時24分半2.0ノットばかりの速力となって台船船首が桟橋先端に並ぶころ、現場監督に報告しないまま、船首に赴いて自船の係留索を解き、直ちに操舵室に戻った。
 ところで、くろがね丸の曳航用のフックは、他の引船同様船体中心のやや後方にあって、曳索が横に張ると常に横引きの危険があり、また、船尾の綱摺りのすぐ前の両舷側に近いところにボラードが設置されており、もし曳索がボラードにかかっていれば、曳索が側方に張った場合でも、横引きの危険を緩和させることができた。
 A受審人は、機関を使用しないまま右舵15度をとり、自船の前進惰力で船首がゆっくりと右に回頭して行ったが、まだ曳索は緊張しておらず、そのうちに引き出しを止めて台船が停止するものと思い、横引きの危険性に配慮することなく、曳索が左舷船尾ボラードにかかっていることを確認せず、機関と舵を使用して曳索の方向を船尾方に保つなどの措置をとらずに、そのまま船の惰性に任せていた。
 くろがね丸は、08時25分少し前前進惰力もなくなり、台船もわずかに右に回頭しながら離れて行き、船内に取り込んだ部分の曳索も延出して次第に緊張し、同時25分わずか前台船船首が310度を向き、自船の船首が355度を向いたころ、35メートルの曳索が左舷横方向に緊張して急激に左に傾き、ブルワークを越えて海水が浸入し、更に船体が左に傾斜するとともに、開いていた機関室入り口からも水が入り、08時25分音戸灯台から031度1,240メートルの地点において、復原力を喪失して左舷側に転覆した。
 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は高潮時であった。
 その結果、くろがね丸は船尾から沈没して全損となり、海中に投げ出されたA受審人ほか1人は、あきに救助された。

(原因の考察)
 引船の曳索用フックは、機能上船尾ではなく、船体中心のやや後方に設置される。その理由は、曳索に働く力による船体中心回りの回頭モーメントを小さくするためで、もし船尾にフックがあったとしたら、曳索に力がかかれば、大きな回頭モーメントが働くことになり、機関と舵を使用しても船首方向を制御できなくなるおそれがあるが、フックが船体中心に近ければ、同モーメントのてこが小さくなる関係で、比較的船首方向の制御は容易となるからである。引船にとって、推力を働かせるため船首方向の制御は最重要な課題であり、多少の差があっても例外なくフックの位置は船体中心に近い。
 この構造上の特徴は、もし、意図しない状況下で、船尾方とは違った横方向から曳索を引かれた場合、船体を回頭させるモーメントが小さいため、船尾が振れず、そのまま横方向から力がかかることになる。引船は幅が広く横方向の初期復原力は比較的大きいが、乾舷が小さく、大きな傾斜が生ずれば容易に転覆する。通常引いている台船と積載物の重量は数百トンから数千トンで、速力を持ったその慣性による力は、引船の推力の比ではない。どれだけ力が大きかろうと、曳索が船尾方にある限り、縦方向の復原力を超えることはないが、横方向の復原力はその数十分の1程度であり、瞬時に船体を転覆させるだけの力となる。
 停止状態からの引船の旋回性能は比較的よく、曳索がたるんでいる状況では、その場回頭に近い旋回径での回頭も可能であり、また船尾ボラードに曳索をかけておくだけでも、横引き時の回頭モーメントを大きくして最悪の事態は回避できる可能性がある。
 引船の横引きによる転覆事故は、数限りないが、1人の操船者がその状況に遭遇することは、長い経験を通じてもきわめて希で、たとえ横引きの危険性を人から聞いて知っていたとしても、常時危機感を持つまでには至らない。大切なのはその危機感で、曳索が船尾の綱摺りから少しでも離れたら、即座に転覆するくらいの危機感を持ち、機関と舵を併用して、常に曳索の方向を船尾方向に保つよう操船にあたる必要があった。

(原因)
 本件沈没は、広島県呉港において、台船を曳航する際、横引きに対する配慮が不十分で、左舷横方向に曳索を引かれ、転覆したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、広島県呉港において、台船に曳索を取った状態で引き出しを待って台船との係留索を離した場合、台船の行きあしで曳索を引かれる危険性があったから、機関と舵を使用し曳索を船尾方に保つ操船をするなど、横引きに対して十分に配慮をすべき注意義務があった。しかるに、同人は、曳索が緊張しておらず、そのうちに台船が停止するものと思い、横引きに対して配慮しなかった職務上の過失により、機関を中立としたまま、曳索の方向を船尾方に保たず、左舷横方向に曳索を引かれて転覆させ、沈没を招き、船体を全損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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