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 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 乗揚事件一覧 >  事件





平成15年長審第2号
件名

貨物船たいせい丸乗揚事件
二審請求者〔理事官 金城隆支〕

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年9月9日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(原 清澄、清重隆彦、寺戸和夫)

理事官
金城隆支

受審人
A 職名:たいせい丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
B 職名:たいせい丸一等航海士 海技免状:五級海技士(航海)

損害
船首船底外板に擦過傷

原因
安全運航に対する配慮不十分

主文

 本件乗揚は、安全運航に対する配慮が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年4月8日06時18分
 来島海峡
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船たいせい丸
総トン数 499トン
全長 64.85メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット

3 事実の経過
 たいせい丸は、液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、A受審人及びB受審人ほか4人が乗り組み、空倉のまま、船首1.1メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、平成14年4月5日19時40分新潟県新潟港を発し、岡山県水島港に向かった。
 ところで、たいせい丸は、船橋当直を単独4時間の3直制とし、0時から4時までを甲板長、4時から8時までを一等航海士及び8時から12時までを船長がそれぞれ立直することにしていた。
 越えて8日00時00分A受審人は、自らの船橋当直を終えた際、霧のため視程が1,000メートル程度と制限される状態となっていたので、引き続き在橋して操船の指揮を執っていたが、02時00分ごろ視程も2海里以上に回復したので、船橋当直を甲板長に託して休息をとることとし、同人に対しては来島海峡航路(以下「航路」という。)入航30分前になったら起こすことを次直のB受審人に引き継ぐよう指示し、船長命令簿にもこの旨を記載して降橋した。
 04時00分少し前B受審人は、釣島水道西口付近に達したとき、昇橋して甲板長から船橋当直を引き継ぎ、海図に記載された推薦航路線に沿って航行を続け、05時18分ごろ来島梶取鼻灯台から230度(真方位、以下同じ。)4.2海里の地点を北上中、航路入航30分前となったが、遅くまで操船の指揮を執っていたA受審人に少しでも長く休息をとらせようと思い、その旨を速やかに同人に報告しなかった。
 05時41分B受審人は、桴磯灯標から269度1.6海里の地点に達したとき、休息中のA受審人に船橋から船内電話で「来島ですよ。」と報告した。
 報告を受けたA受審人は、航路に至った旨を聞いたこともあって、05時45分少し過ぎ桴磯灯標から304度1.2海里の地点で、腹痛で体調が悪く、便意も催していたが、航路を航過するまで何とか我慢できるものと思い、前もって用便を済まさず、顔だけ洗って昇橋し、B受審人から操船を引き継いだ。
 昇橋したとき、A受審人は、視程が1,000メートルばかりまで狭められており、右舷至近を同航する、速力がほぼ同じの中国船がいたので、同船の北側を航行することとしてそのまま北上を続け、05時51分半桴磯灯標から350度1.4海里の地点に達したとき、針路を090度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの潮流に乗じて13.6ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし、B受審人を舵に就けて自動操舵により進行した。
 05時55分少し過ぎA受審人は、桴磯灯標から023度1.5海里の地点に達したとき、針路を122度に転じて続航し、06時00分少し過ぎ同灯標から061.5度1.8海里の地点で、右舷前方700メートルばかりのところに、右方から航路を横切る態勢の押船1隻を視認し、同船の船尾を替わすために右舵をとってこれを替わしたのち、針路を来島海峡航路第3号仮設灯浮標(以下「3号灯浮標」という。)を正船首やや右方に見る、122度に戻して進行し、同時01分半桴磯灯標から071度1.9海里の地点に達したとき、昇橋前から感じていた便意を我慢できなくなり、降橋して用便を済ますことにしたが、B受審人が何回となく舵に就いて航路を航行しているので、しばらくの間なら同人に操船を任せても大丈夫と思い、正船首方に見える灯浮標が3号灯浮標である旨を告げ、それを航過したら、針路を来島海峡航路第5号灯浮標(以下「5号灯浮標」という。)に向けるよう指示して操船を任せ、積地に急ぐ事情もあって、自船を安全な場所に移動して漂泊する措置を講ずるなどの、安全運航に対する配慮を十分にすることなく降橋した。
 一時操船を任されたB受審人は、来島海峡航路至近を航行中で、かつ、視程が霧で500メートルばかりまで狭められた状況下、今まで航路を最低でも月に1回航行していたものの、いつも船長が操船の指揮を執っており、自らは操舵のみにあたっていたので、航路内で周囲の状況を勘案しながら操船した経験が全くなく、A受審人が急に降橋し、1人で操船しなければならなくなったことに強い不安を感じたが、安全な場所に移動させて漂泊するなどの、安全運航に対し、十分配慮するよう進言することなく当直を続け、間もなく、不安感が高じて気持が動転し、自ら確かめていなかったこともあってか、レーダーに映った前路の3号灯浮標が接近する他船ではないかと思うようになり、右舵10度をとって同灯浮標を避け始めた。
 B受審人は、2基のレーダーのうち1基を1.5海里レンジに、他方を0.75海里レンジとし、いずれもオフセンターとして使用していたが、A受審人が降橋したことや船と思った3号灯浮標を避けたことなどで、ますます気持が動転し、針路を元に戻すのを失念したまま右旋回を続け、その後、レーダー画面の右舷船首方に映った来島海峡航路第4号灯浮標(以下「4号灯浮標」という。)を他船と、同船首方に映った来島海峡航路第2号灯浮標(以下「2号灯浮標」という。)を5号灯浮標と思い込み、06時08分操舵を手動に切り替え、同灯浮標に船首を向けて279度の針路で進行した。
 06時10分A受審人は、B受審人が視程が100メートルばかりまで狭められた桴磯灯標から060.5度1,050メートルの地点を2号灯浮標に向けて続航中、用便を終えて再び昇橋し、レーダー画面の映像から5号灯浮標付近の航路の北側を航行しているものと一瞬思ったものの、レーダー画面に来島海峡大橋が映っていないなどの、付近の様子がおかしいことに気付き、速力を6.0ノットとなるよう機関の回転数を毎分250まで下げ、B受審人に対し、直ちに船位を求めるよう指示した。
 06時10分半A受審人は、レーダー画面を覗き(のぞき)、右舷側に映った4号灯浮標を航路を逆行する他船と思い、これを避けるため針路を225度に転じ、B受審人から船位についての報告がなかなか得られず、船位に不安を感じたまま進行し、同時16分桴磯灯標から087度180メートルの地点で機関を停止して更に同人からの報告を待った。
 06時18分わずか前B受審人から大角鼻沖合である旨の報告を受けたA受審人は、咄嗟(とっさ)に同鼻の東側に位置しているものと思い込み、同鼻から北方沖合に向かって拡延する浅瀬を避けるため右舵一杯をとり、右回頭を始めたとき桴磯灯標を視認し、急いで左舵をとろうとしたが、及ばず、06時18分同灯標から177度200メートルの地点に、残存速力が約2ノットとなったとき、船首を262度に向けて乗り揚げた。
 当時、天候は霧で風はなく、潮候は上げ潮の末期で、付近海域には東方に流れる3ノット足らずの潮流があり、乗揚時の視程は約60メートルであった。
 乗揚の結果、船首船底外板に長さ約9メートル幅約9メートルの擦過傷を生じた。

(原因)
 本件乗揚は、霧のため視程が著しく制限された来島海峡航路に沿って東行中、便意を催して一時降橋する際、安全運航に対する配慮が不十分で、運航を中断しなかったことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは、船長が、降橋するにあたり、安全な場所に移動して漂泊する措置を講じるなどの、安全運航に対し、十分な配慮をしなかったことと、一等航海士が、船長が降橋する際、安全運航に対し、十分な配慮をするよう、船長に進言しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、霧のため視程が著しく制限された来島海峡航路に沿って東行中、便意を催して一時降橋する場合、安全な場所に移動して漂泊するなどの、安全運航に対し、十分な配慮をすべき注意義務があった。しかるに、同人は、B受審人が何回となく来島海峡航路を舵に就いて航行しているので、しばらくの間なら同人に操船を任せても大丈夫と思い、安全な場所に移動して漂泊する措置を講じるなどの、安全運航に対し、十分な配慮をしなかった職務上の過失により、レーダー画面で正船首方に映っているのが来島海峡航路第3号仮設灯浮標で、同灯浮標に並んだら来島海峡航路第5号灯浮標に向けるよう指示して降橋し、再び昇橋したとき、B受審人が不安感から気持が動転して船位が分からなくなり、船位についての報告が得られないまま、来島海峡航路第4号灯浮標を逆行する他船と思い、これを避けるため桴磯に向けて転舵進行し、同磯への乗揚を招き、船首部船底外板に擦過傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、霧のため視程が著しく制限された来島海峡航路に沿って東行中、A受審人が急に便意を催して降橋しようとした場合、安全な場所に移動して漂泊するなどの、安全運航に対し、十分な配慮をするよう進言すべき注意義務があった。しかるに、同人は、A受審人が急に降橋する旨を聞いて強い不安を感じたものの、安全な場所に移動して漂泊するなどの、安全運航に対し、十分な配慮をするよう進言しなかった職務上の過失により、一人で操船しなければならなくなったことや視程がますます狭められる状況下、不安感から気持が動転し、来島海峡航路第3号仮設灯浮標のレーダー映像を接近する他船ではないかと思うようになり、同灯浮標を右舵をとって避けたものの、針路を元に戻すのを失念し、船位が分からなくなったまま航行を続け、再び昇橋したA受審人と船位不明のまま操舵を交替して桴磯への乗揚を招くに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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