(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年12月1日16時46分
熊本県天草郡樋島北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二美保丸 |
漁船南海丸 |
総トン数 |
3.4トン |
3.0トン |
登録長 |
10.07メートル |
9.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
70 |
3 事実の経過
第二美保丸(以下「美保丸」という。)は、汽笛等の設備がない、底引き網漁に従事するFRP製漁船で、一級小型船舶操縦士免許(昭和49年11月26日取得)を有するA受審人が1人で乗り組み、釣り餌用のえびを獲る目的で、船首0.8メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成14年12月1日16時09分熊本県樋島港を発し、樋島北東方沖合の漁場に向かった。
A受審人は、16時12分目的地に着き、漁ろうに従事中であることを示す法定の形象物を表示しないまま、操業を開始した。
ところで、底引き網漁は、袋網、袖網、沈子及び合成繊維製曳索などで構成された、全長約150メートル、総重量約100キログラムの漁具の曳索を、船首甲板上中央のビットに結止して操舵室右舷側の通路を通し、右舷船尾から延出して行うものであった。
A受審人は、長径900メートル短径400メートルばかりの楕円を描いて左回りで操業を続け、16時36分樋島港防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から086度(真方位、以下同じ。)1,080メートルの地点で、針路を045度に定め、2.1ノットの対地速力(以下「速力」という。)で手動操舵により進行した。
16時44分半A受審人は、防波堤灯台から072.5度1,520メートルの地点に達したとき、左舷船尾54度450メートルのところに南海丸を初めて認め、その後、衝突のおそれがある態勢で接近したが、これまでにも同船とは海上で接舷して会話を交わしたことがあったので、話をしに近づいて来ているものと思い、有効な音響による注意喚起信号を行わなかった。
美保丸は、同じ針路及び速力で曳網中、16時46分少し前A受審人が至近に迫った南海丸に危険を感じて機関を中立にしたが、効なく、16時46分防波堤灯台から071度1,600メートルの地点において、南海丸の船首が美保丸の左舷中央部に後方から45度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
また、南海丸は、FRP製漁船で、四級小型船舶操縦士免許(昭和51年4月23日取得)を有するB受審人ほか1人が乗り組み、刺し網漁の目的で、船首0.45メートル船尾1.40メートルの喫水をもって、同日16時40分樋島港を発し、樋島東方沖合の漁場に向かった。
ところで、B受審人は、長年、樋島周辺で操業に従事しており、底引き網漁に従事している船舶かどうかは、その船舶の速力や操業海域から判断して、一目で認識できた。
B受審人は、発航後、機関回転数を徐々に上げ、樋島の山下鼻にかかるころ、漁ろうに従事中であることを示す法定の形象物を表示しないまま、底引き網漁に従事している漁船を認め、それらを避けて手動操舵により進行した。
16時44分半B受審人は、防波堤灯台から062.5度1,140メートルの地点で、針路を090度に定め、機関回転数を毎分2,000にかけ、10.8ノットの速力としたとき、右舷船首10度450メートルのところに、美保丸が存在し、その後、衝突のおそれがある態勢で接近していたが、機関の調子が思わしくなく、機関の回転数を変動させながら、船尾の排気管から出る黒煙を見ていて、前路の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、同船の進路を避けないまま続航した。
南海丸は、同じ針路及び速力で進行中、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、美保丸は、左舷中央部外板に破口を生じ、同部から前部にかけての甲板を破損し、のち廃船処分され、南海丸は、船首船底に擦過傷を生じたが、のち修理された。
(航法の適用)
本件は、熊本県天草郡龍ヶ岳町樋島北東方沖合において、美保丸と南海丸とが衝突したものであり、美保丸が、漁ろうに従事中であることを示す法定の形象物を表示しないで底引き網漁に従事していたものの、南海丸にとって、通常、釣り餌用のえびを底引き網漁によって獲る海域を知っていたうえ、同海域で、船尾から曳索を延出して低速力で進行している美保丸を認めれば、底引き網漁に従事中であることが分かる状況にあったので、漁ろうに従事している船舶と航行中の動力船の航法として、海上衝突予防法第18条で律するのが相当である。
(原因)
本件衝突は、樋島北東方沖合において、漁場に向け航行中の南海丸が、見張り不十分で、前路で底引き網漁に従事中の美保丸の進路を避けなかったことによって発生したが、美保丸が、注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、樋島北東方沖合において、漁場に向け航行する場合、前路で底引き網漁に従事中の美保丸を見落とすことのないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、機関の調子が思わしくなく、機関の回転数を変動させながら、船尾の排気管から出る黒煙を見ていて、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で底引き網漁に従事中の美保丸に気付かず、同船の進路を避けずに進行して衝突を招き、美保丸の左舷中央部外板に破口及び同部から前部にかけての甲板に破損をそれぞれ生じさせて廃船に至らしめ、自船の船首船底に擦過傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、樋島北東方沖合において、底引き網漁に従事中、衝突のおそれのある態勢で接近する南海丸を認めた場合、注意喚起信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、これまでにも海上で接舷して会話を交わしたことがあったので、話をしに近づいて来ているものと思い、注意喚起信号を行わなかった職務上の過失により、自船の存在を知らせることができずに衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。