(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月18日09時56分
北海道苫小牧港
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船鶴洋丸 |
貨物船パピルス |
総トン数 |
3,478トン |
33,963.00トン |
全長 |
104.52メートル |
194.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,309キロワット |
5,332キロワット |
3 事実の経過
鶴洋丸は、ベクツインラダーを有し、ジョイスティック操船装置を備えた船尾船橋型の油送船で、A受審人ほか11人が乗り組み、灯油3,390キロリットル軽油1,650キロリットルを積載し、船首5.95メートル船尾6.50メートルの喫水をもって、平成13年6月15日15時55分京浜港横浜区を発し、苫小牧港に向かい、同月17日13時05分同港港口南東方沖に至り、揚荷役待ちのため苫小牧港東外防波堤灯台(以下「東外防波堤灯台」という。)から143度(真方位、以下同じ。)4,750メートルの地点に錨泊した。
翌18日09時30分A受審人は、機関長を主機遠隔操縦盤に、操舵手を手動操舵に就けて揚錨を開始し、揚錨中の同時32分西南西方約2海里に北上するパピルス(以下「パ号」という。)を初めて認め、09時35分抜錨して錨地を発進し、行き先を示す国際信号旗の第2代表旗、S旗及び危険物の運送を示すB旗を掲げ、苫小牧港港奥の第1区ホクレン用桟橋で揚荷するため港口に向かった。
09時44分A受審人は、東外防波堤灯台から146度3,420メートルの地点に達したとき、針路を314度に定め、機関を半速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
09時45分A受審人は、パ号のVHF交信を傍受して水先人が乗船するため同船が減速していることを知り、同時49分東外防波堤灯台から157度1,940メートルの地点に達したとき、パ号が前路を右方に横切る態勢で左舷船首44度1,140メートルに接近したのを認めたが、自船の方が先に港口に達するものと思い、コンパス方位と船間距離を確認するなど、動静監視を十分に行わなかったので、パ号の方位が左方に変化しているものの、両船の長さ及び船間距離からみると衝突のおそれのあることに気付かず、警告信号を行うことなく、昇橋した三等航海士を見張りに就けて進行した。
09時52分A受審人は、港口まで約800メートルとなる東外防波堤灯台から175度1,140メートルの地点に達し、パ号が避航の気配を見せないまま左舷船首62度540メートルに接近したとき、パ号水先人の指示を受けた港口付近で待機中のタグボート北斗丸からVHFで呼び出され、パ号は増速中で既に行きあしがついていることからパ号の入航を先にするようにとの依頼を受けた。A受審人は、自船の行き先が港奥なので先に入航したい旨を曖昧に告げているうち、パ号と間近に接近したが、後進をかけるなど、衝突を避けるための協力動作をとらずに続航した。
09時54分A受審人は、東外防波堤灯台から208度800メートルの地点に至ったとき、機関を5.0ノットの極微速力前進にかけ、操舵室から左舷ウイングのジョイスティック操船装置に赴き、同装置を操作し、港口に向けて右転を開始したところ、パ号の船首が左方に迫り危険を感じ、減速しながら右舵一杯をとったものの効なく、09時56分東外防波堤灯台から224度650メートルの地点において、鶴洋丸は、船首が350度を向いたとき、約3ノットの速力で、その左舷船首部にパ号の右舷船首部が後方から25度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の南南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、視界は良好であった。
また、パ号は、船尾船橋型貨物船で、船長Vほか20人が乗り組み、ウッドチップ33,559トンを積載し、船首9.38メートル船尾9.95メートルの喫水をもって、平成13年6月3日14時10分(現地時刻)オーストラリア連邦ブリスベン港を発し、苫小牧港に向かった。
V船長は、苫小牧港港口近くの第2区南ふ頭に着岸して揚荷役を行うことになり、同月18日09時12分船首9.17メートル船尾9.80メートルの喫水となって、同港南方7海里に達し、三等航海士を見張り、船位確認及びテレグラフ操作に当たらせ、操舵手を手動操舵に就け、減速しながら北上した。
B受審人は、09時30分補佐業務を行う水先人とともにタグボート苫小牧丸に乗船して苫小牧港を発し、同時35分東島防波堤を航過したとき、パ号の東方に鶴洋丸を初めて認め、同時40分ごろ苫小牧信号所の信号がIを示し、入航が可能になったことを認めた。
09時45分V船長は、東外防波堤灯台から189度2,320メートルの地点に達し、B受審人及び補佐業務の水先人を乗船させ、約4ノットの速力で北上を続けた。
09時48分B受審人は、東外防波堤灯台から191度1,940メートルの地点に達したとき、V船長から操船指揮を引き継いできょう導を開始し、行き先を示す国際信号旗の第2代表旗、数字旗2及びW旗を掲げ、8.0ノットの港内全速力前進を令し、針路を355度に定め、わずかずつ増速しながら5.0ノットの速力で、操舵室前面中央に位置し、補佐業務の水先人を右舷ウイングで見張りに当たらせて進行した。
09時49分B受審人は、東外防波堤灯台から192度1,820メートルの地点に達したとき、右舷正横後5度1,140メートルになった鶴洋丸が前路を左方に横切る態勢で接近し、同船の方位が左方に変化しているものの、両船の長さ及び船間距離からみて衝突のおそれがあることを認めたが、増速したので間もなくパ号が鶴洋丸より先に港口に達するものと思い、速やかに減速するなど、同船の進路を避けることなく続航した。
09時52分B受審人は、東外防波堤灯台から198度1,380メートルの地点に達し、速力が6.1ノットになり苫小牧丸を左舷船尾にとったとき、鶴洋丸が右舷船首77度540メートルに接近していたが、依然同船の進路を避けないまま、待機中の北斗丸に対し、パ号が増速中で行きあしがついているのでパ号の入航を先にするように鶴洋丸に依頼する指示をトランシーバーで行い、間もなく北斗丸と鶴洋丸のVHF交信を傍受したことから、鶴洋丸が同意したものと判断して進行した。
B受審人は、鶴洋丸にパ号を先に入航させる様子が見られず、09時54分少し前V船長に危ないのではと問われ、同時54分鶴洋丸と200メートルばかりになったとき、ようやく衝突の危険を感じ、機関停止に続き、全速力後進をかけ、苫小牧丸に全速力後進で後方に引かせたものの及ばず、船首が015度を向き、速力が約2ノットになったとき、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、鶴洋丸は、左舷船首部外板に凹損、同部内構材圧損及びベントポスト曲損等を生じたが、のち修理され、パ号は、球状船首部を凹損し、右舷船首部及び同中央部各外板に擦過傷等を生じた。
(主張に対する判断)
1 適用航法について
本件に適用する航法についてパ号補佐人は、VHF交信により、鶴洋丸からパ号を先に入航させる旨の同意を得たから、横切り船の航法は適用されず海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第38条及び第39条の船員の常務が適用されると主張するので、この点について検討する。
本件は、苫小牧港内で発生しており、特別法である港則法の航法が一般法である予防法に優先して適用されるが、港則法には本件に適用する航法がないので、予防法の航法が適用される。
B受審人が鶴洋丸に対し、北斗丸を経由してVHFによりパ号の入航を先にするように依頼したのは09時52分であるが、その3分前の09時49分には、パ号が鶴洋丸を右舷正横後5度1,140メートルに、鶴洋丸がパ号を左舷船首44度同距離にそれぞれ見る態勢にあり、両船ともにほぼ一定の針路、速力で、互いに進路を横切って接近し、方位変化があるものの、両船の長さ及び船間距離を考慮すると衝突のおそれが発生しており、また、パ号が予防法第15条の避航義務を、鶴洋丸が同法第17条の針路及び速力の保持義務を履行するのに十分な時間的、距離的余裕があったと認められる。
したがって、本件は予防法第15条の横切り船の航法によって律するのが相当である。
VHF交信を行って入航順を確認した時期は、両船がすでに間近に接近しており、パ号の避航措置がとり終えられていなければならない段階であるので、VHF交信を行ったことをもって予防法第38条及び第39条の船員の常務を適用するというパ号補佐人の主張は採用できない。
2 苫小牧港海上交通安全規約による船舶の安全確保のための合意事項(以下「合意事項」と いう。)について
合意事項は、苫小牧海上交通安全協議会会員が、苫小牧港及びその境界付近における船舶交通の安全確保並びに海洋の汚染防止を図るため、入航の基本事項等を定めたものである。
パ号補佐人は、苫小牧港信号所による管制信号が入航信号に変わったときには、パ号が鶴洋丸より港口の近くにいて鶴洋丸より先行していたから合意事項によりパ号に入航の優先権があると主張するので、この点について検討する。
合意事項では、港口付近で入航船舶が競合することのないよう、入航順を港口に近い船舶から、同一場所から入航する場合には港奥に向かう船舶からとし、無線機により船舶相互の動静や意思の把握に努めることとしている。
B受審人がきょう導を開始した09時48分の時点での両船の港口までの距離は、パ号が鶴洋丸より近いが、その差が小さかったこと、この直前にパ号は水先人を乗船させるため速力を減じており、鶴洋丸の速力がパ号のほぼ2倍であったこと及び鶴洋丸の行き先が港奥側であったことを考慮すると、両船が競合している状況であったものと認められる。したがって、パ号補佐人の主張は採用できない。
本件のように両船の入航順が競合した場合は、入航順を明確にするため、余裕のある時期に無線機により相互の意思が把握されるべきであったと思料する。
(原因)
本件衝突は、両船が、北海道苫小牧港港口に向けて互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近した際、北上するパ号が、前路を左方に横切る鶴洋丸の進路を避けなかったことによって発生したが、北西進する鶴洋丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、パ号の水先に当たり、北海道苫小牧港港口に向けて北上中、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する鶴洋丸を認めた場合、速やかに減速するなど、同船の進路を避けるべき注意義務があった。ところが、同人は、増速したので間もなくパ号が鶴洋丸より先に港口に達するものと思い、同船の進路を避けなかった職務上の過失により、衝突を招き、鶴洋丸の左舷船首部外板に凹損、同部内構材圧損及びベントポスト曲損等を生じさせ、パ号の球状船首部に凹損、右舷船首部及び同中央部各外板に擦過傷等を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、北海道苫小牧港港口に向けて北西進中、前路を右方に横切る態勢で接近するパ号を認めた場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、コンパス方位と船間距離を確認するなど、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、自船の方が先に港口に達するものと思い、パ号に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、衝突のおそれのあることに気付かず、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらずにパ号との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。