日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 衝突事件一覧 >  事件





平成15年広審第2号
件名

旅客船せと護岸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年8月7日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、供田仁男、佐野映一)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:せと船長 海技免許:五級海技士(航海)
指定海難関係人
S商船株式会社 業種名 海運業
Dディーゼル中日本株式会社広島支店 業種名 機関販売修理業
Dディーゼル株式会社技術サービス部 業種名 機関製造業

原因
せと丸・・・遠隔操舵装置及びクラッチの点検不十分、クラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部の点検指示不履行

主文

 本件護岸衝突は、桟橋に接近中、操縦ハンドルの中立操作に対して船速が低下しなかった際、遠隔操縦装置及び逆転減速機の点検が不十分であったことと、その後の着桟前における同機の作動確認が不十分であったこととにより、前進側クラッチの中立切替動作が阻害されたまま進行したことによって発生したものである。
 海運業者が、着桟前には早めに減速して逆転減速機の作動確認を行うよう船長に指示していたものの、指示事項の励行を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関販売修理業者が、クラッチ操作弁の点検整備にあたり、同弁軸端に付属するクラッチ位置表示灯用スイッチ駆動部を点検していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造業者が、他の国内旅客船においてクラッチ位置表示灯用スイッチ駆動部に不具合を生じ、クラッチ操作を阻害したことが判明したのち、同駆動部を点検するよう系列の機関販売修理会社に指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年8月2日16時30分
 広島県蒲刈港
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船せと
総トン数 360トン
全長 49.30メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,029キロワット

3 事実の経過
(1)せと
 せとは、昭和63年10月に進水した、航行区域を平水区域とする船首尾にそれぞれプロペラと舵を1組ずつ装備した両頭型の鋼製旅客船兼自動車渡船で、船首部のみに錨を備え、広島県豊田郡豊浜町の立花桟橋と、同町豊島を経由して同県安芸郡蒲刈港の田戸桟橋との間を約30分で結ぶ毎日上下各8便の定期運航に従事しており、乗組員については、一括公認を受けたうえで船長、機関長及び甲板員の3人が配乗され、原則として3日乗船後2日休日の就労体制をとっていた。
 主機は、Dディーゼル株式会社が製造した6DLM-26FSL型と称する連続最大回転数毎分700のディーゼル機関で、船首側及び船尾側にいずれも同社製のDRB-19F型と称する油圧クラッチ内蔵の逆転減速機(以下「クラッチ」という。)を接続し、中間軸及びプロペラ軸を介して船首側及び船尾側のプロペラを駆動するようになっており、船首尾の両操舵室から空気式の遠隔操縦装置によってそれぞれ回転数制御とクラッチの嵌脱操作ができるようになっていた。
(2)遠隔操縦装置及びクラッチ操作弁
 せとは、遠隔操縦装置の操作モードとして、前進航行中には進行方向と反対側のプロペラを正転させ、着桟時などの後進操作時には同プロペラを中立として進行方向にあるプロペラを正転させるA方式と、後進動作時にも進行方向と反対側のプロペラをクラッチで逆転させるB方式とを備え、両方式の切換えを操舵室操縦盤に設けた操作モード切換レバーで行い、クラッチ上に設けられたクラッチ操作弁に作用する操縦空気の経路を制御するようになっていた。そして、通常の運航中は制動性に優れていることから専らA方式に設定し、車両の乗下船を円滑に行えるよう着桟と桟橋間航行時の船体向きをそれぞれ定め、豊島から田戸桟橋に向かう間のみ船尾側を進行方向にして航行するようにしていた。
 A方式による遠隔操縦装置の作動は、操縦ハンドルを中立から前進位置にすると、同ハンドルに連動するコントロール弁から操縦空気が進行方向と反対側のクラッチ操作弁に作用してクラッチを嵌合させ、嵌合後はハンドル位置に応じた操縦空気圧が変速ガバナに作用して主機の回転数を制御し、同ハンドルを中立位置に戻すと、同操作弁や変速ガバナに作用していた操縦空気をコントロール弁から大気放出して、進行方向と反対側のクラッチを離脱するとともに主機をアイドリング回転数まで減速させ、次に同ハンドルを後進位置にすると、操縦空気が進行方向のクラッチ操作弁に作用してクラッチを嵌合させるものであった。
 また、クラッチ操作弁は、中央部に作動油ポートを有する空気シリンダ内にスプール弁とその両端にばねを組み込み、操縦空気の作用により同弁を移動させて作動油の流入路を制御し、操縦ハンドルが中立になると、ばねの力で同弁を中立位置に戻すようになっているもので、空気シリンダを貫通する弁軸端部の一方に機側切替ハンドルを他方に水平カムをそれぞれ設け、同カム上を上下するロッドを介してクラッチ位置表示灯用マイクロスイッチ(以下「位置表示スイッチ」という。)を駆動し、操舵室及び機関室にクラッチ位置を表示するようになっていた。
 ところで、位置表示スイッチ駆動部は、凸字状円筒形をした正転表示用ロッド及び逆転表示用ロッドが、上部の小円筒部に挿入したばねを下部円筒部に乗せた状態でそれぞれスイッチケース孔に納められ、球状の底部が水平カムに接してその移動とばねの弾性で上下するもので、A方式を常用してクラッチの中立と正転とが繰り返された場合、潤滑油を塗布していたものの、経年使用で正転表示用ロッド各部が偏摩耗してカム接触面に返りを生じると、中立動作で押し上げられるときにカムの斜面に引っ掛かり、空気シリンダ内蔵のばねの力で正転位置から中立位置に戻ろうとする弁軸の動きを阻害するおそれがあった。
(3)受審人及び指定海難関係人
 A受審人は、昭和40年にS商船株式会社に甲板員として入社し、同48年船長に昇任して同社所有の両頭フェリーなどに順次乗船したのち、平成14年7月からせとの船長として乗り組んだもので、離着桟時には自らが単独で操舵室での遠隔操縦に当たっていたものの、クラッチ操作を行うときには、クラッチ位置表示灯をほとんど確認せずに、コントロール弁からの操縦空気大気放出音でクラッチ離脱を判断する習慣があり、離着桟を比較的短時間に繰り返し運航ダイヤが過密なこともあって、運航管理者から指示されていた着桟前の後進テストによるクラッチの作動確認を行っていなかった。
 指定海難関係人S商船株式会社(以下「S商船」という。)は、主として芸予諸島と本州及び四国とを結ぶ定期航路事業を営み、運航管理者が頻繁に運航中の各船に出向き、気付いた点を船長などに指導するほか、毎月1回程度安全運航と称する文書を各船に配布し、中国運輸局が他の旅客船の岸壁衝突事故を受けて後進テストについての指導文書を各船社に送付したときにはその写を各船に回覧するとともに、着桟前には後進テストによるクラッチの作動確認を行うよう船長に指示していたものの、作動確認が実行されているか十分に確認せず、指示事項の励行を徹底していなかった。
 指定海難関係人Dディーゼル中日本株式会社広島支店(以下「D広島」という。)は、Dディーゼル株式会社の系列機関販売修理会社(以下「系列会社」という。)として、中国地方における同社製機関及び機関部品の販売並びにそれらの修理を主たる業務としており、せとの就航以来S商船からクラッチの定期整備を請け負い、4ないし5年毎に同機主要部の開放整備を実施するほか、毎年クラッチ操作弁のスプール弁を抜き出し、作動油と操縦空気との間をシールするOリングを取り替えるようにしていた。
 ところが、D広島は、クラッチ操作弁に付属する位置表示スイッチ駆動部については取扱説明書の記載内容等から点検対象に入っていないと考え、同13年9月にせとが第1種中間検査工事で入渠し、前示Oリングを取り替えるためにクラッチ操作弁の空気シリンダを開放した際、それまでの整備と同様にロッドやばねが飛び出さないようにスイッチケースに接着テープを巻いて取り外したままとし、ロッドなどの点検を行うことなく同シリンダを復旧して再び装着したので、船首側クラッチ操作弁において正転表示用ロッドのカム接触面などに偏摩耗が生じ始めていることを発見できなかった。
 一方、指定海難関係人Dディーゼル株式会社技術サービス部(以下「技術サービス部」という。)は、製造機器の引渡し、運転立ち会い及び稼働中の保守全般業務などを担当する部署で、船主やドックなどから依頼を受けて整備を請け負うダイハツ広島等の系列会社との情報窓口となって、機器の異状や不具合情報については設計部や品質保証部と検討し、必要に応じて各系列会社や船主に対してサービス業務連絡の形で情報を流して点検や整備を促すようにしていた。
 ところで、技術サービス部は、前示位置表示スイッチ駆動部と同形式のものを付属したクラッチ操作弁の出荷台数が1,200台に達しており、ロッドの偏摩耗に起因する同駆動部の固着が5ないし10年の間隔で起こる可能性があることは想定していたものの、各系列会社における点検整備実態を十分に把握しないまま、同駆動部も定期的に点検して不良品は取り替えられているものと考えていた。
 このため、技術サービス部は、同14年7月に他の国内旅客船において、クラッチ操作弁位置表示スイッチ駆動部のロッドが固着して、クラッチが切替不能となった事例が発生し、原因の調査に当たったDディーゼル四国株式会社(以下「ダイハツ四国」という。)から不具合の報告を受けたが、当該船の特殊な状況で発生した不具合事例と判断し、ダイハツ広島など他の系列会社に対して同事例の紹介と同駆動部の点検の必要性を指示しなかった。
(4)本件に至る経過
 せとは、平成13年9月の検査工事を終えて定期運航を続けるうち、船首側クラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部において、正転表示用ロッドのカム接触面に生じていた偏摩耗が徐々に進行してやがて返りを発生し、カムの斜面に引っ掛かりやすい状況となっていた。
 A受審人は、翌14年8月2日朝、休暇明けで田戸桟橋発第2便から操船に当たっていたところ、立花桟橋12時10分発の第4便で船尾側を進行方向にして田戸桟橋に接近中、操舵室の操縦ハンドルを前進から中立位置とするクラッチ操作を行って惰力で桟橋に向かおうとしたところ、船速がいつものように低下しないことに気付いたが、同ハンドルを早めに後進位置に操作して主機の回転数を上げると減速して着桟でき、その後同様の現象が再現しなかったので問題ないと思い、直ちに機関長に遠隔操縦装置及びクラッチの点検を指示することなく、船首側クラッチ操作弁の正転から中立位置への動きが円滑でないことに気付かなかった。
 こうして、せとは、A受審人、機関長及び甲板員の3人が乗り組み、立花桟橋発第6便として乗客43人及び車両17台を載せ、船首尾とも2.5メートルの喫水をもって、同日16時05分ごろ豊島を発して田戸桟橋に向かい、上蒲刈島北岸に沿い11.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で西行した。
 そして、せとは、桟橋東側に位置する半島先端を航過したのち、針路を209度(真方位、以下同じ。)に転じて徐々に減速し、機関長及び甲板員が車両甲板で着桟準備に掛かり、速力が5.0ノットになって桟橋に近づいたものの、A受審人が後進テストを行わないまま、同時28分少し前、桟橋の170メートル手前に当たる、蒲刈港田戸防波堤灯台(以下「田戸防波堤灯台」という。)から319度25メートルの地点で、操縦ハンドルを中立位置に操作したが、船首側クラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部正転表示用ロッドがカムに引っ掛かって同弁の中立切替動作が阻害され、船首側クラッチが嵌合したまま前進を続けた。
 A受審人は、コントロール弁からの操縦空気大気放出音を聞いただけで、クラッチ位置表示灯を確認しないまま桟橋に向けてわずかに左舵をとったのち、田戸防波堤灯台を航過しても行きあしが落ちないことに気付き、操縦ハンドルを後進位置として更に主機の回転数を上げたが、船首側クラッチが離脱できないまま惰性で前進を続けたため、行きあしの止まることを期待しつつ、右舵をとって桟橋をかわし港奥に向かうも効なく、16時30分田戸防波堤灯台から215度240メートルの地点において、せとは、1.0ノットの前進惰力をもって県道の護岸に衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の南南東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
 衝突後、A受審人は、船首側のプロペラを使用して離岸しようと操縦モードをB方式に切り替え、操縦ハンドルを後進にとったところ、操縦空気圧の作用が加わって船首側クラッチ操作弁の正転表示用ロッドとカムの引っ掛かりが外れてクラッチ操作が可能となり、港奥から自力で桟橋に着岸し、乗客及び車両を無事下船させた。
(5)事後措置
 せとは、船尾側ランプウエイ及び防舷材などの擦過傷のほか、県道護岸のガードレール約10メートルを損壊し、同側ランプウエイドア先端で県道沿いの民家の壁を一部破損するなどの損傷をそれぞれ生じさせたが、のちいずれも修理された。また、D広島の担当者立ち会いのもとで船首側クラッチの動作テストを行ったが、遠隔操縦では作動不良が再現しなかったことから、クラッチ操作弁の開放点検が行われた結果、空気、油圧系統には異常がなく、位置表示スイッチ駆動部の前進表示用ロッドのカムとの接触面に偏摩耗による返りを生じていることが判明し、その後ロッド及びばねが全数新替えされた。
 S商船は、本件発生後、同種の遠隔操縦装置を装備する所有旅客船5隻についても点検整備を実施し、各船に対して着桟前に早めに減速して後進の作動状態を必ず確認するよう徹底するとともに、主機始動前には定期的に機側でのクラッチ操作弁の作動テストを行うよう指示するなど、同種事故の再発防止策を講じた。
 D広島は、ロッドの偏摩耗が明らかになったことから、同種事故の再発を防止するため、本件発生後、クラッチ操作弁の整備時には位置表示スイッチ駆動部も必ず点検するよう改め、現場のサービス担当者に指示した。
 また、技術サービス部は、クラッチ操作弁位置表示スイッチ駆動部に起因する事故が続き、調査の結果、各系列会社において同駆動部を定期的に点検していなかったという実態があったので、不具合事例とともに、同駆動部も定期整備に加えて不良品は取り替えるよう指示したサービス業務連絡を各系列会社に送付し、同種事故の再発防止策を講じた。

(原因)
 本件護岸衝突は、広島県蒲刈港田戸桟橋に接近中、操縦ハンドルの中立操作に対して船速が低下しなかった際、遠隔操縦装置及びクラッチの点検が不十分であったことと、その後の運航で再び同桟橋へ着桟するにあたり、クラッチの作動確認が不十分であったこととにより、クラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部が固着して前進側クラッチの中立切替動作が阻害され、前進惰力のまま同桟橋西側の護岸に向けて進行したことによって発生したものである。
 海運業者が、着桟前には早めに減速してクラッチの作動確認を行うよう船長に指示していたものの、指示事項の励行を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関販売修理業者が、クラッチ操作弁の点検整備にあたり、同弁軸端に付属する位置表示スイッチ駆動部を点検していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造業者が、他の国内旅客船においてクラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部で不具合を生じ、クラッチ操作を阻害したことが判明したのち、同駆動部を点検するよう各系列会社に指示しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、船尾側を進行方向として広島県蒲刈港田戸桟橋への接近中、操縦ハンドルの中立操作に対して船速が低下しないことに気付いた場合、船首側クラッチの動作が異常を来しているおそれがあったから、直ちに機関長に遠隔操縦装置及び同クラッチの点検を指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、早めに後進操作して主機の回転数を上げると減速して着桟でき、その後同様の現象が再現しなかったので問題ないと思い、機関長に遠隔操縦装置及び船首側クラッチの点検を指示しなかった職務上の過失により、再び同桟橋に接近中、クラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部が固着して同弁の中立切替動作が阻害され、同クラッチが離脱不能となって前進惰力のまま護岸への衝突を招き、せとの船尾側ランプウエイなどに擦過傷を、県道護岸ガードレールの一部及び県道沿いの民家の壁などに損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 S商船が、着桟前には早めに減速してクラッチの作動確認を行うよう船長に指示していたものの、指示事項の励行を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 S商船に対しては、本件発生後、所有旅客船に対し着桟前に早めに減速して後進の作動状態を必ず確認するよう徹底するとともに、主機始動前には定期的に機側でのクラッチ操作弁の作動テストを行うよう指示するなど、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。
 D広島が、クラッチ操作弁の点検整備にあたり、同弁軸端に付属する位置表示スイッチ駆動部を点検していなかったことは、本件発生の原因となる。
 D広島に対しては、本件発生後、クラッチ操作弁の整備時には位置表示スイッチ駆動部も必ず点検するよう改め、現場のサービス担当者に指示した点に徴し、勧告しない。
 技術サービス部が、他の国内旅客船においてクラッチ操作弁の位置表示スイッチ駆動部で不具合を生じ、クラッチ操作を阻害したことが判明したのち、同駆動部を点検するよう各系列会社に指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 技術サービス部に対しては、本件発生後、不具合事例とともに、同駆動部も定期整備に加えて不良品は取り替えるよう指示したサービス業務連絡を各系列会社に送付し、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION