(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年6月4日03時25分
山口県特牛港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八正栄丸 |
漁船玄海丸 |
総トン数 |
12トン |
12トン |
登録長 |
15.82メートル |
14.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
120 |
160 |
3 事実の経過
第八正栄丸は、専らいか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、平成10年12月交付の一級小型船舶操縦士免状を有するA受審人及び同人の父親が乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、平成14年6月3日14時30分山口県特牛港を発し、同県角島北西方の漁場に向かった。
ところで、第八正栄丸は、長崎県対馬周辺から山口県見島沖合に至る海域において、周年、いか一本釣り漁を操業しており、昼間に出漁して日没前に漁場に到着し、夜間操業して翌朝05時00分ごろ漁を終える操業形態を採っており、特牛港で水揚げしていた。
A受審人は、単独で操船に当たり、18時00分ごろ角島灯台から306度(真方位、以下同じ。)46.0海里付近の漁場に至って漂泊し、集魚灯を点灯して日没時から自動いか釣り機8台を稼働させて操業を始め、いつものように父親に操業を任せて仮眠をとった。
A受審人は、不漁であったことから、21時00分ごろ南東方の漁場に移動を始め、22時00分ごろ角島灯台から307度31.5海里の地点に到着し、漂泊して操業を再開したが、ここでも不漁であったので、翌4日00時00分操業を打ち切り、漁獲したいかを箱詰めした後、同時25分同地点を発進し、水揚げのため特牛港に向かった。
A受審人は、漁場発進時から操舵室中央部で畳敷き(たたみじき)の上に座って単独で操船に当たり、マスト灯、両舷灯及び船尾灯を表示し、針路を角島南端の通瀬(とおろせ)埼沖約0.7海里に向く129度に定め、機関回転数毎分1,400の半速力前進にかけ、10.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で自動操舵によって進行し、01時25分同1,500に上げ、11.5ノットの速力として続航した。
03時14分A受審人は、角島灯台を左舷正横1.1海里に見て通過したころ、通瀬埼付近から十数隻の小型漁船が沖合に向けて西行するのを認めたので、同漁船群の動静に注意を払いながら進行し、同時18分通瀬埼に0.7海里で並航したとき、同漁船群を替わし終えたものの、左舷前方に数隻の小型漁船が錨泊(以下「錨泊船」という。)しているのを認めたので、これらを替わし終えるまで同じ針路で続航することにした。
03時22分A受審人は、特牛灯台から276.5度2.1海里の地点に差し掛かったとき、1.5海里レンジとしたレーダーで周囲の状況を確認したところ、右舷船首36度1.2海里に玄海丸の映像を探知し、同映像を一見しただけで、自船は間もなく特牛港に向けて左転するので、同船と接近することはないものと思い、その後はレーダーによる見張りを行わず、操舵室中央部で座ったまま、左舷側の錨泊船や特牛港口の要岩灯浮標の緑光を目視により確認しながら進行した。
03時23分A受審人は、特牛灯台から273度1.9海里の地点に達したとき、玄海丸が右舷船首40度1,440メートルのところとなり、自船の船尾方を約250メートル隔てて無難に通過する態勢であった同船が徐々に右に回頭を始め、同時24分同灯台から269度1.8海里の地点に至ったとき、白、紅2灯を見せたまま右に回頭を続ける同船が右舷船首47度670メートルに接近し、自船に対して新たに衝突のおそれを生じさせたが、左舷側ばかりを見ていて、目視によるなり、レーダー映像を系統的に観察するなどして、右舷側から接近する玄海丸の動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、同船に対して警告信号を行うことも、行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとることもせずに続航した。
こうして、A受審人は、その後も右に回頭しながら接近する玄海丸に気付かず、衝突を避けるための措置をとらないまま進行中、03時25分わずか前、玄海丸の機関音を聞いて立ち上がり、右舷側至近に迫った同船の船影を視認したものの、どうすることもできず、03時25分特牛灯台から265度1.6海里の地点において、第八正栄丸は、原針路、原速力のまま、その右舷中央部に玄海丸の船首が直角に衝突した。
当時、天候はもやで風はほとんどなく、視程は約5海里であった。
また、玄海丸は、専ら敷網漁に従事するFRP製漁船で、平成9年11月交付の一級小型船舶操縦士免状を有するB受審人ほか4人が乗り組み、平成14年6月3日17時00分山口県角島港を発し、角島北西海域において夜間操業した後、同県下関漁港で水揚げし、船首0.1メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、翌4日02時00分同漁港を発進し、角島港に向けて帰途に就いた。
ところで、B受審人は、出漁前夜は約3時間しか睡眠をとっておらず、いつもは出漁当日に昼寝をすることにしていたが、畑の草刈りをして昼寝をすることができず、睡眠不足のまま出漁したうえ、操業中も下関漁港での水揚げ作業中も仮眠をとることができなかったことから、疲労も加わって同漁港発進時から軽い眠気を催していたが、乗組員が水揚げ作業で疲れていたことから、乗組員には休息をとらせた。
B受審人は、操舵室右舷側でいすに腰を掛けて単独で操船に当たり、白色全周灯及び両舷灯を表示し、関門航路第1号灯浮標付近から北上して水島水道を通過した後、02時45分少し過ぎ小串港南防波堤灯台から236度4.3海里の、観音埼西方0.5海里の地点において、針路を角島灯台に向く357度に定め、機関を回転数毎分1,600の16.5ノットの速力で、自動操舵によって進行した。
B受審人は、山口県小串港沖合で操業中の小型漁船数隻を視認したので、手動操舵に切り替えて同漁船群を替わし、02時54分小串港南防波堤灯台から270度3.7海里の地点に差し掛かったとき、GPSプロッタで角島港南防波堤灯台の方位を確認したうえで、針路を同灯台に向く001度に転じ、引き続き手動操舵によって北上した。
03時18分半B受審人は、特牛灯台から226度2.6海里の、神田岬西方0.5海里の地点に差し掛かったとき、強い眠気に襲われたものの、右舷前方約1海里には鼠島が存在し、これを替わすために気持ちが張ってるので、居眠りに陥ることはないものと思い、眠気を払拭しようとして操舵室右舷側の窓を開けただけで、休息中の乗組員と操船を交替するなり、いすから離れて立って手動操舵を行うなど、居眠り運航の防止措置をとることなく続航した。
03時22分半わずか前B受審人は、特牛灯台から245度1.9海里の、鼠島西端の岩場を約0.3海里隔てた地点を通過し、間もなく同島を替わしたことで気が緩み、左手で舵輪の把手を握ったまま居眠りに陥り、同時23分同灯台から249.5度1.9海里の地点に達したころ、左手が動いて舵輪が右に回り、右舵が少しとられた状態となって右回頭が始まった。
右回頭が始まったとき、B受審人は、左舷船首12度1,440メートルのところに、白、緑2灯を見せて自船の前路を無難に通過する態勢の第八正栄丸を視認し得る状況であったが、居眠りしていて同船に気付かず、その後徐々に右回頭しながら進行した。
こうして、B受審人は、右舵が少しとられた状態のまま右に回頭しながら第八正栄丸に接近し、03時24分特牛灯台から257度1.8海里の地点に至り、船首が015度を向いていたとき、第八正栄丸が左舷船首19度670メートルのところとなり、同船に対して新たに衝突のおそれを生じさせたが、依然として、居眠りしていてこのことに気付かず、行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとることができないまま更に右回頭を続け、玄海丸は、船首が039度を向いたとき、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、第八正栄丸は、右舷中央部に、玄海丸は、船首部にそれぞれ破口を伴う損傷を生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、夜間、山口県特牛港沖合において、同県角島港に向けて北上する玄海丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、前路を無難に通過する態勢であった第八正栄丸に対し、右に回頭して新たに衝突のおそれを生じさせたばかりか、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、特牛港に向けて東行する第八正栄丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、山口県特牛港沖合において、単独で操船に従事中、強い眠気を催した場合、睡眠不足のうえ、操業及び水揚げ作業などで疲れていたのであるから、居眠りに陥らないよう、休息中の乗組員と操船を交替するなり、立って手動操舵を行うなど、居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、右舷前方の鼠島を替わさないといけないので、気持ちが張っていて居眠りすることはないものと思い、操舵室右舷側の窓を開けただけで、いすに腰を掛けたまま操船を続け、居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により、左手で舵輪の把手を握ったまま居眠りに陥り、舵輪が右に回って少し右舵がとられた状態となり、前路を無難に通過する態勢であった第八正栄丸に対し、徐々に右に回頭して新たに衝突のおそれを生じさせたばかりか、衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き、第八正栄丸の右舷中央部に破口を伴う損傷を、玄海丸の球状船首部に破口を伴う損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、夜間、山口県特牛港沖合において、漁場から特牛港に向けて東行中、レーダーで玄海丸の映像を探知した場合、衝突のおそれの有無について判断できるよう、目視によるなり、レーダー映像を系統的に観察するなどして、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、玄海丸の映像を一見しただけで、自船は間もなく特牛港に向けて左転するので、同船と接近することはないものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、自船の船尾方を無難に通過する態勢であった玄海丸が、徐々に右に回頭して新たに衝突のおそれを生じさせたことに気付かず、警告信号を行うことも、行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。