(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月19日14時39分
水島航路北口
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船カシオペアリーダー |
総トン数 |
57,455トン |
全長 |
199.94メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
14,121キロワット |
船種船名 |
貨物船アイディクルセイダー |
総トン数 |
4,749トン |
全長 |
96.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,427キロワット |
3 事実の経過
カシオペア リーダー(以下「カ号」という。)は、出力1,103キロワットのバウスラスタを備えた船首船橋型自動車運搬船で、船長Fほか21人が乗り組み、自動車1,137台を載せ、船首7.90メートル船尾8.20メートルの喫水をもって、平成14年10月19日14時05分岡山県濃地諸島南西沖合の水島港検疫錨地でA受審人を乗せ、同人のきょう導のもと、乗組員を入港配置として警戒船の長田丸を伴い、同時18分六口島灯標から295度(真方位、以下同じ。)1.6海里の地点を発し、水島航路に入航後同航路に接続する水島港港内航路(以下「港内航路」という。)を経由する予定で、同港西公共ふ頭に向かった。
ところで、濃地諸島は、水島港の南西側港界に隣接してほぼ南北方向に、北からイザロ濃地島、細濃地島、太濃地島及び上濃地島が連なり、同諸島南方海域を東行中は各島によって北方から東方にかけての視野が、また、港内航路を南下中は各島によってその逆方向にかけての視野が部分的に遮蔽(しゃへい)される状況であった。
A受審人は、水島港検疫錨地を抜錨したとき、北東方に向いた船首をバウスラスタと長田丸を使って南東方に向首させ、上濃地島と六口島の両島間の右寄りを通るつもりで六口島灯標に向けて徐々に速力を増しながら航行を始め、そのころ、左方の水島港内を出航中のアイディ
クルセイダー(以下「ア号」という。)を初めて視認したものの、間もなく同船は濃地諸島により見えなくなった。
14時33分A受審人は、六口島灯標から295度980メートルの地点で、針路を西ノ埼南端に向けて090度に定め、機関を港内全速力前進にかけ、折から強い南東風を受け、9.0ノットの対地速力で9度ばかり左方に圧流されながら甲板手の手動操舵により進行した。
14時34分少し前A受審人は、先航する長田丸から備讃瀬戸海上交通センターにMWライン通過を報告させたとき、同センターから出航船が3隻あるので注意するよう連絡を受け、長田丸に対しそれらの動きを確かめるよう指示を出したところ、長田丸から左舷対左舷で航過するよう伝えるとの報告を受けた。
14時34分A受審人は、六口島灯標から307度760メートルの地点に至り、水島航路まで1,000メートルばかりとなったとき、ア号からVHFでの呼び出しを受け、左舷船首70度1,600メートルの、太濃地島と上濃地島との間に同船を視認し、操船中でありVHFに出るのが遅れて受話器をとったところ、スローダウンという言葉を聞き、ア号が減速すると判断してサンキューと返事したところで交信が切れ、そのころ同船が上濃地島の島陰に入って見えなくなった。
ところが、A受審人は、これまで水島航路への出入航の経験を豊富に有し、ア号の視認模様から同船が港内航路を南下中でそれに接続する水島航路に向かっていることを知り、ア号と同航路北口で出会うおそれがあったが、VHFを介してスローダウンという同船からの一言を聞いただけで、同船が減速して水島航路へ入航する自船の進路を避けてくれるものと思い、強い横風を受ける状況下での自船の操縦性能や同航路に入航し港内航路に向かうため100度を超える大転針を行わなければならないことなどを考慮し、港内航路から水島航路へと続く制約下にある通路に従って南下しているア号に対し、その運航を妨げたりすることにならないよう、減速するなどしてア号の通過を待つことなく、同一針路、速力のまま続航した。
14時35分少し前A受審人は、上濃地島西端が左舷正横に並んだころ左舵を令し、同時35分六口島灯標から328度600メートルの地点で、予定した進入角度で水島航路に入るため針路を080度に転じたところ、六口島の島陰を替わったこともあり横風の影響を一層強く受けるようになって20度ばかり左方に圧流され始めた。
14時36分A受審人は、六口島灯標から355度600メートルの地点に達したとき、上濃地島東端を介して左舷船首76度1,000メートルのところにア号を視認し、間もなく同船が水島航路に入航する態勢で、同航路北口で衝突のおそれがある状況であったものの、速やかに行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとらないまま進行した。
そして、A受審人は、機関を一旦半速力前進に落としたものの、ア号の減速措置に期待してその前路をかわすつもりで、14時37分再び港内全速力前進に戻すとともに、予定の左転を始めようと短2声を吹鳴したところ、左舷正横方650メートルに接近したア号が左転したことに気付いて自船の転針を断念し、同じ針路を保持したまま続航して同時37分半水島航路に入り、同時38分衝突の危険を感じて機関停止に続き全速力後進を令し、同時38分半左舷錨を投入したが及ばず、14時39分六口島灯標から030度1,200メートルの地点において、カ号は、原針路のまま、わずかに行きあしが落ちたとき、その船首が、ア号の右舷船首部に後方から45度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力4の南東風が吹き、潮候は下げ潮の末期にあたり、付近には弱い南東流があった。
また、ア号は、船尾船橋型貨物船で、船長Cほか17人が乗り組み、鋼材5,116.84トンを載せ、船首6.44メートル船尾7.50メートルの喫水をもって、同19日13時46分水島港玉島3号ふ頭を発し、シンガポール共和国シンガポール港に向かった。
C船長は、出航操船に就いて水島港内を南下し、14時31分六口島灯標から342度1.5海里の地点で、針路を港内航路に向けて141度に定め、機関を港内全速力前進にかけ、9.0ノットの対地速力で甲板手の手動操舵により進行した。
14時33分C船長は、港内航路に入航し同航路によって南下を続け、同時34分六口島灯標から351度1.1海里の地点に至り、水島航路北口まで1,000メートルばかりとなったとき、右舷船首49度1,600メートルの、太濃地島と上濃地島との間にカ号を初めて視認し、同船が水島航路に向かって東行中で同航路北口で出会うおそれがあることから、カ号に対して水島航路に進入しないよう減速を要請するためVHFにより呼び出しを始め、間もなく同船の返事を聞き自船の要請を了承したものと判断して交信を止め、そのころカ号が上濃地島の島陰に入って見えなくなった。
14時36分C船長は、六口島灯標から001度1,600メートルの地点に達したとき、上濃地島の東端を介して右舷船首43度1,000メートルのところにカ号を視認し、間もなく同船が水島航路に入航する態勢で、同航路北口で衝突のおそれがある状況であったものの、速やかに行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとらないまま続航した。
14時37分C船長は、右舷前方650メートルにカ号が接近したとき衝突を避けるため徐々に左転を始め、同時38分機関停止を令したが及ばず、同時38分半水島航路に入り、ア号は、その船首が125度を向いたとき、約7ノットの残速力をもって、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、カ号は、球状船首に亀裂を伴う凹損を生じ、ア号は、右舷側前部外板に破口を生じたが、のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は、海上交通安全法(以下「海交法」という。)の適用海域である水島航路の西方から同航路に入航したカ号と、港則法の適用海域である港内航路からそれに接続する水島航路に入航したア号とが衝突したものであるが、衝突地点が海交法に定める水島航路内であるので海交法の適用について検討する。
海交法第3条第1項では、「航路外から航路に入ろうとする船舶は、航路をこれに沿って航行している他の船舶と衝突のおそれがあるときは、当該他の船舶の進路を避けなければならない。」と規定しているところである。カ号は、水島航路外から同航路に入ろうとする船舶、一方、ア号もまた水島航路外である港内航路から水島航路に入ろうとする船舶で、両船とも水島航路に入航した直後に衝突したものであり、いずれも水島航路をこれに沿って航行している船舶に該当しないので同規定の適用はなく、他にも海交法に適用すべき航法規定がないので、一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)が適用されることになる。
ところで、両船は、互いに進路を横切る態勢で衝突に至ったものであるが、付近海域は濃地諸島によって視野が遮蔽される状況にあり、当時の両船の運航模様から、衝突の3分前上濃地島東端を介して両船間の距離1,000メートルばかりのところで両船とも水島航路北口で針路が交差すると判断でき衝突のおそれがある見合い関係が発生したものである。しかし、大型船である両船間の航法として見合い関係発生の時期を鑑みると、予防法第15条(横切り船)を適用するには時間的距離的余裕がなく、従って、本件衝突について、他に適用すべき航法規定がないので、予防法第38条及び第39条を適用し、船員の常務によって律するのが相当である。
(原因の考察)
本件は、両船とも相手船から期待どおりの減速措置が得られなかったため衝突するに至ったものであるが、衝突のおそれがある見合い関係発生の時点では、前示のとおり定型航法を適用するには時期的な余裕がない状況であったものの、両船が速やかに行きあしを止めるなどの措置をとっておれば衝突を避けることができていたところ、衝突を避けるための措置を速やかにとらなかったことは、本件発生の原因となる。
また、A受審人は、備讃瀬戸海上交通センターから出航船に注意するよう連絡を受けていたうえ、濃地諸島の島の間からア号を視認したとき同船が港則法の適用のある港内航路を南下中でそれに接続して海交法の適用のある水島航路に向かっていることを承知しており、その時点において、同人のこれまでの豊富なきょう導経験から水島航路北口でア号と出会うことを予測することができる状況であったと認める。そして、強い横風を受ける状況下での自船の操縦性能や水島航路に入航し港内航路に向かうため100度を超える大転針を行わなければならないことなどを考慮すれば、両船間に港則法及び海交法のいずれも適用されないとしても、両法における船舶交通の安全を図るという目的のもとに設定されたのが航路という通路であり、港内航路から水島航路へと続く制約下にある通路に従って南下しているア号に対し、その運航を妨げたりすることにならないよう、船員の常務として十分に配慮すべきであり、従って、カ号が、減速するなどしてア号の通過を待たなかったことも、本件発生の原因をなすものであったとするのが相当である。
(原因)
本件衝突は、岡山県水島港の南西部港界に隣接し視野が部分的に遮蔽される濃地諸島の南方海域を水島航路に向かって東行するカ号が、同航路北口で出会うおそれのある態勢でそれに接続する港内航路を南下中のア号の通過を待たなかったばかりか、上濃地島東端を介し、同船と近距離に衝突のおそれがある状況となったとき、速やかに衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、ア号が、カ号と近距離に衝突のおそれがある状況となったとき、速やかに衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、大型自動車運搬船のカ号の水先にあたり、岡山県水島港の南西部港界に隣接し視野が部分的に遮蔽される濃地諸島の南方海域を水島航路に入航する予定で東行中、島の間から水島航路北口に接続する港内航路を南下中のア号を認め、同船と水島航路北口で出会うおそれがあった場合、強い横風を受ける状況下での自船の操縦性能や水島航路に入航し港内航路に向かうため大転針を行わなければならないことなどを考慮し、港内航路から水島航路へと続く制約下にある通路に従って南下しているア号に対し、その運航を妨げたりすることにならないよう、減速するなどしてア号の通過を待つべき注意義務があった。しかるに、同人は、VHFを介してスローダウンというア号からの一言を聞いただけで、同船が減速して水島航路へ入航する自船の進路を避けてくれるものと思い、ア号の通過を待たなかった職務上の過失により、そのまま同航路に入航して同船との衝突を招き、カ号の球状船首に亀裂を伴う凹損を、ア号の右舷側前部外板に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。