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平成14年第二審第49号
件名

プレジャーボートトムス定置網衝突事件〔原審函館〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年9月30日

審判庁区分
高等海難審判庁(山崎重勝、上野延之、東 晴二、山本哲也、山田豊三郎)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:トムス船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:株式会社Mウエーブ小樽 小樽港マリーナ統括部長

損害
トムス・・・推進軸等に損傷
定置網・・・一部破損

原因
船位確認不十分

二審請求者
補佐人村上 誠(受審人A選任)

主文

 本件定置網衝突は、船位の確認が不十分で、前路に敷設されている定置網に向けて進行したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月30日17時45分
 北海道小樽港

2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボートトムス
全長 8.56メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 11キロワット

3 事実の経過
(1)トムス
 トムスは、平成3年8月に進水した限定沿海区域を航行区域とする、1本マストのヨットで、株式会社Mウエーブ小樽(以下「Mウエーブ」という。)が経営する、小樽港マリーナ(以下「マリーナ」という。)の専用バースに係留されており、船首端から船の長さの約3分の2後方までの暴露甲板下が居住及び機関区域で、その後方船尾端までの中央部分が舷側甲板より低くなったコックピットと呼ばれる凹部になっており、コックピット後部でチラーによって操舵が行われていた。
 また、トムスは、灯火等の設備として法定の航海灯のほか居住区内に照明灯を備えていたが、探照灯の設備はなく、備えていた懐中電灯は単3乾電池4本入りのもので、手元を照明するのに使用されており、照明灯付き磁気コンパスと携帯用のGPS及び海図を備えていた。
(2)株式会社Mウエーブ小樽
 Mウエーブは、小樽市長と小樽市漁業協同組合長との間で、(1)運営は第三セクター方式とすること、(2)小樽市が経営の主導権を有すること、(3)小樽港(本港・高島漁港区)におけるプレジャーボートはマリーナに集約すること、(4)密漁、漁具被害及び漁船とプレジャーボートとの衝突の未然防止のための措置を講じること、等を内容とする7項目にわたる協定が結ばれたうえ、プレジャーボートの保管業務等を目的とし、平成元年6月16日設立された。
 Mウエーブは、水上係留または陸上の艇置各バースのほか、クラブハウス、ロッカールーム等の諸施設を有するマリーナを開設し、マリーナ利用契約者に対して、マリーナ利用規則に基づきこれらの施設を利用させており、本件当時約300隻のプレジャーボートを水上または陸上に保管していた。
(3)マリーナ係留船の出入航水路及び航路標識等
 小樽港は、港則法の適用される港で、平磯岬からほぼ北北西方に高さ約4メートルの南防波堤、島堤、北防波堤が築造されており、更に島堤南端のほぼ090度(真方位、以下同じ。)100メートルのところから西北西方に長さ約100メートルの島副防波堤が、北防波堤南端のほぼ090度240メートルのところから西北西方に長さ約240メートルの北副防波堤が築造され、島堤の北端に小樽港島堤灯台(以下「島堤灯台」という。)及び北副防波堤の東端に小樽港北副防波堤灯台が設置されていた。
 防波堤内に出入航する船舶は、島堤北端と北副防波堤の間に設定された、幅約220メートル長さ約720メートルの法定航路を主として通航しており、このほかにプレジャーボートなどは、南防波堤北端と島堤南端の間に設けられた幅100メートルの切り通しを通航していた。
 Mウエーブは、前示の協定書で、原則としてプレジャーボートの夜間航行を禁止する、旨の取り決めがなされていることを知っており、このことを契約者に知らせていなかったものの、契約時に配布した「小樽地先沿岸定置網漁業操業漁場図」の中で、夜間の出入航は、事故防止面からできるだけ避けること及びモーターボート及びヨットは、法定航路の通航が禁止されているので、同航路の通航をできるだけ避けるようにと記載し、契約者に対して切り通しを通航するよう指導していた。
 そこで、Mウエーブは、契約船が切り通しを出入航する際、過去、この切り通しの南側に敷設されている、定置網に乗り揚げる等の事故を起こしていることから、平成9年から毎年、同所に定置網が敷設される期間、切り通しの外側に水路を示す標識を設置しており、平成13年においても、9月10日島副防波堤東端から幅50メートル長さ100メートルの水路(以下「水路」という。)を設定し、これを示す標識として、水路の南北両側に長さ約3メートルの竹竿を取り付けた発砲スチロールの浮体をそれぞれ3個設置し、北側の各竹竿に赤色の、南側の各竹竿に黄色のビニール旗2枚をそれぞれ掲げていたが、いずれの標識にも灯火を取り付けていなかった。
(4)水路付近の定置網敷設状況及び標識
 水路の南側の定置網は、南防波堤北端から210メートルの同防波堤上の地点を基点とする、幅80メートル長さ290メートルの小樽小さけ定第12号と称する区域に、同基点から同防波堤とほぼ直角に、280メートルの手網とこの先に幅10メートル長さ80メートルの身網として敷設され、手網の水面上に直径約30センチメートルの黄色と黒色の浮き球が交互に約8メートル間隔で、身網の上辺には浮子を連続して取り付けて四偶に浮き球がそれぞれ設置されていた。
 また、定置網の位置を示す標識は、前示の浮き球のほか、長さ約6メートルの竹竿の先端に縦、横約0.9メートルのものと縦0.30メートル横0.35メートルの、いずれも赤色のビニール旗を取り付けた大小2種類があり、大きい種類のものが身網の北側に2カ所、東側に1カ所、南側に1カ所及び手網の北側に1カ所、小さい種類のものが身網を固定する錨の位置に設置されていたが、いずれにも灯火が取り付けられていなかった。
(5)受審人A
 A受審人は、平成5年5月21日一級小型船舶操縦士の免許を取得し、プレジャーボートによる海洋レジャーを楽しみ、トムスをマリーナに係留するため、平成8年4月27日Mウエーブとの間でマリーナ利用契約を結び、港外への出入航にあたってはMウエーブの指導に従って切り通しを通航しており、これまで日没後の通航を30回ばかり経験していた。
(6)指定海難関係人B
 B指定海難関係人は、平成12年5月マリーナ統括部長としてMウエーブに入社し、マリーナ施設等の管理にあたるほか、契約船舶の出入航の状況を把握するとともに、契約者に対し、定期的に発行する「マリーナ連絡」や施設内の掲示板などによって、切り通し付近の定置網の設置及び切り通しへの出入航水路を示す標識の設置など、出入航時の安全航行に関する情報等を提供しており、平成13年9月17日付発行の「9月度マリーナ連絡」においても、切り通しを示す標識を設置した旨記載していた。
(7)本件発生に至る経緯
 トムスは、A受審人が船長として乗り組み、初めて乗船する友人3人と小樽港港外から日没後の市街地の景色を楽しむため、船首0.40メートル船尾1.50メートルの喫水をもって、平成13年9月30日、帰港予定時刻を21時00分と記載した出港届を提出したうえ、16時00分マリーナを発し、水路を通航して港外に出た。
 A受審人は、マリーナ連絡で出入航する水路には旗による標識が設置されていることを知っており、また水路を通過する際、同標識に灯火が設置されていないことや、水路の南側には定置網とその位置を示す標識が設置されていることを確認していた。
 A受審人は、機走により港外に出た後、16時13分島堤灯台から116度1,060メートルの地点で、帆走に切り替え、北上中、次第に風が弱くなってきたので帰航することとし、17時17分半同灯台から065度890メートルの地点において、機走に切り替えて針路を182度に定め、3.0ノットの速力で進行した。
 17時26分A受審人は、日没を過ぎて周囲が暗くなってきたので、島堤灯台から116度870メートルの地点に達したとき、速力を1.0ノットに減じ、マリーナ近くの明るく照射された大型ショッピングセンターを目標として南下し、切り通しの東方で、港内に向かう針路に変更するつもりで同一針路のまま続航した。
 17時28分A受審人は、島副防波堤南端と南防波堤北端とが一線になる、島堤灯台から120度900メートルの地点に達し、それまで切り通しから漏れるショッピングセンターの照明灯の明かりが島副防波堤の陰となり、南防波堤、島堤及び島副防波堤を連続した防波堤として視認していたが、その後南下を続けるにしたがって、同防波堤を不連続な状態で視認できるようになり、この不連続の部分が切り通しで、これに向かう地点に達したことを知ることができた。ところが、同受審人は、防波堤方向の見張りを乗船者に依頼し、自らは船首方の見張りを行い、切り通しによる船位の確認を行わなかったので、切り通しに向かう地点に達していることに気付かず、同一針路、速力で進行した。
 17時38分半A受審人は、島堤灯台から135度1,080メートルの地点に至り、島副防波堤南端に250メートルまで接近し、島堤南端と島副防波堤南端とが一線となり、それまで徐々に開いていた切り通しが完全に開いた状態となったが、依然として船位の確認を行うことなく、切り通しに向かう地点に達していることに気付かず、これに向かう針路に転じないまま続航し、17時45分島堤灯台から142度1,240メートルの地点で、トムスは原針路、原速力のまま定置網の手網に衝突した。
 当時、天候は晴で、風はほとんどなく、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期にあたり、日没時刻は17時20分であった。
 衝突の結果、トムスはプロペラ軸等が損傷して航行不能となり、定置網所有者等に救助され、定置網の一部を破損した。
 B指定海難関係人は、小樽海上保安部からの連絡で本件の発生を知り、その後、法定航路の通航を禁止していた指導を、切り通しの通航が危険と思われるときには、同航路を通航するように改めた。

(原因の考察)
 本件は、夜間、A受審人が、灯火標識のない切り通しを通航してマリーナに帰航する予定で、小樽港港外を南下中、針路上に敷設されている定置網に衝突したもので、以下原因について考察する。
1 A受審人は、事実の経過で認定したとおり、防波堤を黒い影として視認していた。同受審人は、原審審判調書中、 「ショッピングセンターの照明で乗船者の顔が明るく照らされていた。」旨供述しており、その明るさであれば17時28分以後本件発生までの間、 切り通しから漏れる同センターの照明により、それまで連続して見えていた防波堤を不連続な状態で視認し、 同受審人の夜間の切り通しの通航経験からすれば、この不連続の部分が切り通しであると判断でき、 切り通しに向かう地点に達していることを容易に知ることができたと認定する。
 A受審人は、原審審判調書中及び当廷において、「乗船者は缶ビールを飲んだと思うが自分は飲酒せず、友人にも防波堤の見張りを頼み、 自分も前路の見張りと防波堤方向の見張りを行っていたが、切り通しを発見できなかった。」旨供述する。
 しかし、A受審人は、切り通しを通航してマリーナに帰航する予定であり、防波堤方向の見張りを行っておれば、同人のこれまでの経験に照らし、 切り通しを容易に見付けることができたと判断できることから、同方向の見張りを行っていた旨の同受審人の供述は認めることができない。
 したがって、A受審人が、防波堤方向の見張りを行わず、切り通しによる船位の確認を行わなかったことは、本件発生の原因と判断する。
2 B指定海難関係人が、マリーナ利用契約者に対して、法定航路の通航が禁止されているとして、切り通しを通航するよう指導したものの、 小樽市長と小樽市漁業協同組合長間の協定において、夜間航行の原則禁止が結ばれていることを周知徹底していなかった点は、 A受審人が、過去、夜間に切り通しを無難に通航していること、及び出航する際、水路の南側に定置網が敷設してあり、 水路には灯火はないものの標識が設置してあることを確認した上で、切り通しを通航して入航することを予定していたことから、 船位の確認を行っておれば、定置網に達する前に切り通しに向かう針路に転針できたと判断する。
 したがって、B指定海難関係人が、マリーナ利用契約者に対して、夜間航行の原則禁止を周知徹底していなかったことは、本件発生の原因をなしたものとは判断しない。
3 本件定置網に、北海道海面漁業調整規則第53条に規定された、電灯その他の照明による標識が設置されていなかったことは認められるが、 定置網所有者に対して、小樽市漁業協同組合等の関係者から、これらの標識の設置についての指導がなされておらず、A受審人が、 船位の確認を行っておれば、本件定置網に達する前に、切り通しに向かう針路に転針でき、本件の発生を防止することができたと認められることから、 同定置網に夜間標識が設置されていなかったことをもって、直ちに本件発生の原因とすることは相当でない。

(主張に対する判断)
 トムス側は、本件定置網に灯火標識がなかったこと及びMウエーブが、マリーナ利用契約者に対して、夜間航行の禁止を明確に伝えていなかったことが原因であると主張するが、本件の原因については、原因の考察において述べたとおりで、トムス側の主張を採らない。
 しかし、B指定海難関係人は、その所為が原因とならないものの、第三セクターとして設立されている、Mウエーブのマリーナ統括部長として、マリーナ利用契約船に対し、夜間出入航の全面禁止を指導できない以上、夜間、切り通しを通航する契約船がいることを考慮し、同船が、切り通し付近に敷設されている定置網に衝突することなく、安全に通航できるよう、港湾管理者及び小樽市漁業協同組合等の関係者と協議し、最善の措置を講じることが望まれる。

(原因)
 本件定置網衝突は、夜間、小樽港において、南防波堤北端と島堤南端との間の切り通しを通航してマリーナに帰航する予定で、島堤外側を南下する際、船位の確認が不十分で、切り通しに向かう針路に転針せず、南防波堤の東側に敷設されている定置網に向かう針路のまま進行したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、夜間、小樽港において、南防波堤北端と島堤南端との間の切り通しを通航してマリーナに帰航する予定で、島堤外側を南下する場合、南防波堤の東側に定置網が敷設されていることを知っていたから、切り通しに向けて転針する地点を逸しないよう、船位の確認を行うべき注意義務があった。しかるに同受審人は、船首方の見張りを行い、切り通しによる船位の確認を行わなかった職務上の過失により、切り通しに向けて転針する地点を逸して転針せず、同定置網に向かって進行し、同定置網との衝突を招き、これに損傷を与えるとともに自船の推進軸等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年11月12日函審言渡
 本件定置網衝突は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 係留施設の統括者が、入航船の安全確保に関する措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。


参考図





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