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平成14年第二審第44号
件名

旅客船フェリーはやとも機関損傷事件〔原審門司〕

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年9月17日

審判庁区分
高等海難審判庁(宮田義憲、東 晴二、平田照彦、山本哲也、山田豊三郎)

理事官
根岸秀幸

受審人
A 職名:フェリーはやとも機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(履歴限定)

損害
シリンダブロックの締付けボルト植込み部に多数の亀裂

原因
主機のシリンダヘッドとシリンダブロックの隙間から冷却水の漏洩を認めた際の措置不適切

二審請求者
理事官中井 勤

主文

 本件機関損傷は、主機のシリンダヘッドとシリンダブロックの隙間から冷却水の漏洩を認めた際の措置が不適切で、シリンダブロックのシリンダヘッド締付けボルト植込み部に過大な引張応力が作用するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年6月4日09時00分
 関門港 

2 船舶の要目
船種船名 旅客船フェリーはやとも
総トン数 674トン
全長 58.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分650

3 事実の経過
 フェリーはやとも(以下「はやとも」という。)は、昭和63年10月に進水した、1機2軸で船首尾にそれぞれ推進器を有する、両頭船型の鋼製旅客船兼自動車渡船で、平成11年7月に関門港下関区に所在する関門ドックサービス株式会社(以下「関門ドック」という。)において中間検査工事施工のうえ、K海峡フェリー株式会社が購入し、以来、乗組員4人で同港の西山区と小倉区間を1日16往復する定期航路に就航しており、主機として、ヤンマー株式会社が製造した8Z280-ST型と称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置を備えていた。
 主機は、A重油を燃料とし、シリンダライナからシリンダヘッドの順に清水で冷却する間接冷却方式で、各シリンダには船首側から1番ないし8番の順番号が付されていた。
 主機のシリンダブロックは、鋳鉄製の一体型で、8個のシリンダライナが挿入され、その上にそれぞれシリンダヘッドが取り付けられていて、同ブロック上面には、各シリンダライナ挿入口の周囲にシリンダヘッド締付けボルト(以下「締付けボルト」という。)の植込み用ねじ穴(以下「締付けボルト穴」という。)6個と冷却清水連絡管の挿入穴(以下「冷却水穴」という。)4個がそれぞれ加工され、シリンダライナとシリンダヘッドの当り面には軟鋼製パッキンを挿入し、冷却清水連絡管の上下両側にはOリングを装着して、それぞれ燃焼ガスと冷却清水の漏洩を防ぐようになっていた。
 主機のシリンダヘッドは、周囲に植え込まれた全長477ミリメートル(以下「ミリ」という。)、外径34ミリ、植込みねじ部の長さ70ミリのクロムモリブデン鋼製締付けボルト6本に、それぞれねじの呼び径39ミリ、ピッチ3ミリのシリンダヘッド締付けナット(以下「締付けナット」という。)を掛けて締め付けてあり、主機取扱説明書に、締付けナットはトルクレンチを用いて220ないし230キログラム・メートルの規定トルクで締め付けるように記載されていた。
 A受審人は、K海峡フェリー株式会社がはやともを購入したときから機関長として乗り組み、年間約4,300時間運転される主機の運転管理にあたり、始動後は15分間無負荷で運転し、全速力時の主機回転数を毎分610までとし、排気がほぼ無色で燃焼状態が良好であることを確認するなど、常用負荷が連続最大出力を越えない範囲で主機を使用していた。
 はやともは、翌12年6月に定期検査で関門ドックに入渠し、主機工事については、平成11年7月の中間検査時と同様に、全シリンダカバーを開放して付属諸弁の分解整備等が行われたほか、継続検査の受検対象となっていた2番及び4番シリンダのみならず、一般工事と併せて全シリンダのピストン及びシリンダライナが抜き出し整備され、シリンダヘッド復旧時、機関整備業者により、全締付けナットがトルクレンチを使用して規定トルクで締め付けられ、ボルト及びナットに合いマークが記され、このことを工事に立ち会ったA受審人が確認していた。
 はやともは、整備工事を終えて運航を再開したところ、入渠中復旧工事の際にシリンダヘッドパッキンに微少異物が付着したものか、主機5番シリンダのシリンダライナとシリンダヘッドの間から僅かに燃焼ガスが漏洩するようになった。
 A受審人は、同年12月機関室見回り中、この燃焼ガスの漏洩兆候に気付き、場所が狭隘でシリンダの特定はできなかったが、4番または5番シリンダからと見当を付け、漏洩の進行を危惧して締付けボルトを少し増締めすることとし、ボックススパナの柄に長さ約1.5メートルの鉄パイプを差し込み、他の乗組員と2人で力を合わせ、両シリンダのシリンダヘッド締付けナット全数を締付け角度で30度程度ほぼ均等に増締めしたところ、漏洩が止まったので念のため他の6シリンダも同様の方法で増締めを施したうえ、運転を繰り返していた。
 ところで、主機8番シリンダの前部右舷側締付けボルト穴近くに、たまたま、工作傷あるいは材料傷が内在したかして、その後の運転中、増締めで付加された引張応力がきっかけとなり、同締付けボルト穴周辺を起点とする亀裂が発生し、いつしかシリンダブロックの上面に達し、さらに直近の冷却水穴まで急速に進展し、微量の冷却清水が同ブロック上面に漏れ始めた。
 はやともは、小倉区のフェリー桟橋改修工事のため、翌13年1月8日から同月31日まで係船されたのち、2月1日運航に復し、翌2日機関室見回り中のA受審人が、8番シリンダのシリンダブロック上面右舷側に冷却清水が僅かに漏れ出ているのに気付いた。
 漏水を認めたA受審人は、前年12月に同シリンダの締付けナットも増締めして規定以上のトルクで締め付けてあったので、締付け不足以外の異状があることに気付き得る状況であったが、さらに増締めすれば漏水を止めることができるものと思い、関門ドックに連絡のうえシリンダヘッドを開放して冷却水穴周辺に異状がないか点検するなど、適切な措置を講じることなく、前回同様乗組員と2人で、数回にわけてさらに増締めし、前回の増締め分と合わせて約90度増締めしたが漏水は止まらず、それ以上締め付けることをあきらめ、他の7シリンダーについても全締付けナットをほぼ同角度まで増締めし、その後、漏水状況に注意していたが、漏れは止まらなかったものの増加することもなかったので、通常通りの運転を続けた。
 この結果、主機は、全締付けボルトが規定の約1.7倍のオーバートルクで過度に締め付けられ、運転に伴い、シリンダブロックの締付けボルト穴周辺に、過大な引張応力が繰り返し作用することとなり、いつしか、いずれも同穴周辺を起点とする多数の亀裂が発生した。
 こうして、はやともは、同年6月2日中間検査のため再び関門ドックに入渠し、受検対象となっていた主機5番シリンダのシリンダライナ抜出し整備を行っていたところ、同月4日09時00分巌流島灯台から真方位253度650メートルの入渠地点において、シリンダブロック上面の締付けボルト穴4個の周辺に6本の亀裂が発見された。
 当時、天候は曇りで風力2の西南西風が吹いていた。
 はやともは、関門ドックによって主機が精査され、冷却水穴に達する亀裂は8番シリンダ1箇所のみであったが、締付けボルト穴総数48個のうち22個の周辺に深さ5ないし25ミリ、長さ6ないし260ミリ、延べ35本の亀裂が生じていることが判明し、のちこれら亀裂は全て低温溶接で肉盛り補修して修理された。

(原因等の考察)
 本件機関損傷は、入渠中、平成13年6月に主機シリンダブロック上面に締付けボルト穴を起点とする多数の亀裂が発見されたもので、亀裂発生の原因は、同12年6月全シリンダライナが抜き出された定期検査の工事記録に特記事項はなく、この時点で亀裂は発生していなかったことが認定でき、過負荷運転された事実も認められないことから、その後の2度にわたる締付けナットの増締めが予測の範囲を越える過度の締付けとなり、この結果、全締付けボルトに作用するようになった異状な引張応力によることは明らかである。以下、受審人の所為、亀裂発生時期等について考察する。
1 実際の増締め角度と限界増締め角度
 1回目の増締め角度については、A受審人に対する質問調書中、「増締めするのが怖かったが僅かに増締めした。合いマークのずれで約1センチメートルである。」旨の、また、「締付け角度にすると5ないし6度である。」旨の各供述記載があるが、合いマークの変位量は、回転角度と比較して基点が明らかで容易に判別できるから、これをもとにボルト寸法から計算すると、変位量1センチメートルは中心角度約34度に相当し、増締め角度は30度程度と推認できる。2回目については、90度という角度が客観的に誤差なく認識しやすい角度であることから、同人の、「合いマークの最初の位置から90度増締めした。」旨の供述記載とおり認定できる。一方、O技師作成の回答書中、「同型機はすでに生産が中止され、過去に同様な事故は発生していないところから、限界締付け力を計算したことがなく、限界締付け角度は推定できない。規定トルクから90度増締めすると予測の範囲を越えるオーバートルクとなる。」旨の記載から、増締め限度は特定できないが、90度は明らかにこれを越えるものと認定できる。
2 受審人の所為について
 ディーゼル機関のシリンダヘッドから燃焼ガスや冷却水が漏洩する事象は少なからず発生するが、各締付けナットが規定トルクで均等に締め付けられている場合は、パッキンに異物を噛み込んでいるなど、締付け不足以外の異状が存在するので、まずトルクレンチによって、各締付けナットが規定トルクで均等に締め付けられていることを確認したうえ対処を検討すべきである。実務的に少し増締めして漏洩の停止を試みることは一般に行われるが、過度の増締めは控えなければならない。このことから、A受審人が最初に燃焼ガス漏洩兆候を認めたとき、船内にトルクレンチを備えていなかったので、ボックススパナを使用して合いマークを基準に締付けナットを増締めしたことをもって直ちに原因とするまでもない。しかしながら、翌月に冷却清水の漏洩を認めた際、締付け不足以外の異状の存在に気付かず、シリンダカバーを開放するなどの措置をとらないまま、漏洩を止めようと前回の増締めに加えてさらに増締めを行ったことは、本件発生の原因となる。
3 亀裂発生時期
 8番シリンダの冷却清水漏洩については、1回目の30度前後の増締めによる付加応力と材料傷などの事由が相まって亀裂が発生したことによるものと考えられるところであるが、一般的にこの程度の増締めが、増締め限度を越えていて、シリンダブロック上面全体にわたる多数の亀裂を生じさせる蓋然性は極めて低い。従って、本件の亀裂は、平成13年2月に2回目に行われた約90度の増締めによって増締めボルト穴周辺に生じた微少亀裂が、同年6月に入渠するまでの間に進行して発生したものと認めるのが相当である。

(原因)
 本件機関損傷は、主機締付けナットを増締めのうえ運転再開後、シリンダヘッドとシリンダブロックの隙間から、冷却清水の漏洩を認めた際、漏洩を止めるための措置が不適切で、シリンダブロックの締付けボルト植込み部に過大な引張応力が繰り返し作用するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、一度締付けナットを増締めした主機シリンダヘッドとシリンダブロックの隙間から冷却清水の漏洩を認めた場合、シリンダヘッドを開放して異状がないか点検するなどの適切な措置をとるべき注意義務があった。ところが、同受審人は、さらに増締めすれば漏水を止めることができるものと思い、締付けナットを過度に締め付け、シリンダヘッドを開放して異状がないか点検するなどの適切な措置をとらなかった職務上の過失により、シリンダブロックの締付けボルト植込み部に過大な引張応力が繰り返し作用する事態を招き、同植込み部を起点とする多数の亀裂を発生させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年10月8日門審言渡
 本件機関損傷は、主機シリンダブロックのシリンダヘッド締付けボルトのねじ穴加工部に生じていた亀裂が進展したことによって発生したものである。


参考図





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