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平成14年第二審第20号
件名

遊漁船福祥丸潜水者死亡事件〔原審那覇〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年9月17日

審判庁区分
高等海難審判庁(宮田義憲、山本哲也、山田豊三郎、田邉行夫、佐和 明)
参審員 黒田 勲、松倉廣吉

理事官
伊藤 實

受審人
A 職名:福祥丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:福祥丸同乗者

損害
潜水者・・・頭部及び顔面創による脳損壊で死亡

原因
福祥丸・・・安全な速力、見張り不十分
潜水者・・・自己の存在を示す方法不適切

二審請求者
補佐人村上 誠、儀部和歌子(受審人A選任)

主文

 本件潜水者死亡は、福祥丸が、安全な速力としなかったばかりか見張り不十分で、潜水者を避けなかったことと、潜水者が、自己の存在を示す方法が適切でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年7月28日17時30分
 沖縄県国頭郡今帰仁村北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 遊漁船福祥丸
総トン数 2.0トン
登録長 9.15メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 95キロワット

3 事実の経過
(1)潜水者が使用していた漁獲物収納用浮き(以下「漁獲物用浮き」という。)
 潜水者Sが使用していた「漁獲物用浮き」は、長さ95センチメートル(以下「センチ」という。)幅49センチ厚さ5センチのほぼ長方形で、前部を丸くした灰色の発泡スチロール製浮きの上に、長さ60センチ幅45センチ高さ15センチの鉄枠を黒色の網で覆った、漁獲物を収納する部分を載せて固縛したものであり、潜水者Iも同様でオレンジ色の「漁獲物用浮き」を使用していた。
(2)S潜水者の装備
 S潜水者は、黒色のウエットスーツ、ゴム帽子、ゴム靴、ウエートベルト、フィン、シュノーケル及び水中眼鏡を装着し、手銛及び「漁獲物用浮き」を携行し、同浮きの先端に取り付けた長さ4メートルのロープを腰に結び付けていた。
(3)本件発生当時の太陽位置
 当時の太陽方位は約281度(真方位、以下同じ。)、同高度が約23度で、サングリッター(日光が海面で鏡面反射する現象)輝度値は、ほぼ最大時にあたっていた。
(4)本件発生に至る経緯
 福祥丸は、船体中央やや船尾寄りに操舵室が設けられたFRP製遊漁船で、平成12年9月に交付された四級小型船舶操縦士免状を有するA受審人が1人で乗り組み、釣客であるB指定海難関係人を乗せ、夜釣りに同行する釣客を迎えに行くため、船首0.3メートル船尾0.8メートルの喫水をもって平成13年7月28日17時10分沖縄県運天漁港を発し、古宇利島灯台から265度約4海里に所在する兼次の浜と称する浜辺の北方沖合に向かった。
 ところで、B指定海難関係人は、親族で構成した「末吉いとこ会」と称する親睦会に属し、同日11時ごろ兼次の浜の東端に隣接する宿泊施設に大人15人及び子供10人で集合し、1泊2日の予定で浜辺での食事、カヌー遊び、釣り、素潜り漁などを楽しみ、夜間には、同人のほか4人が、予め電話で予約していたA受審人所有の遊漁船に乗船して夜釣りに行くことにしていた。
 B指定海難関係人は、A受審人に夜釣りを依頼した責任者であったことから、16時30分兼次の浜から陸路運天漁港に向かい、17時00分同漁港に到着し、初対面の同受審人に、兼次の浜のさんご礁帯で、夜釣りに同行する末吉いとこ会の一員であるS潜水者などが素潜り漁を行っているので、出迎えに行かなければならないことを伝え、福祥丸に乗り込んだ。
 こうして、A受審人は、17時13分半わずか過ぎ古宇利島灯台から246度870メートルの地点で、針路を兼次の浜北方沖合のさんご礁帯の外縁に向く275度に定め、機関を全速力前進にかけ、12.1ノットの対地速力で、操舵室の天井から上半身を乗り出して見張りを行いながら進行した。
 その後、A受審人は、西日が逆光で海面に反射して前方が見え難かったものの、サングラス等を使うことなく続航し、17時29分少し前兼次の浜北方沖合まで1,000メートルの地点に達したとき、潮流の影響や潜水者の遊泳による移動から推測すると、潜水者までかなり接近している状況にあったが、潜水者はまだ先に居るものと思い込み、安全な速力にしなかったばかりか前路の見張りを十分に行うことなく、魚を多く釣らせるため釣客をなるべく早く釣り場に連れて行きたいと考え、同速力のままさんご礁帯の外縁近くを進行した。
 操舵室の天井から上半身を出したA受審人は、17時30分少し前ほぼ正船首63メートルにS潜水者とI潜水者の「漁獲物用浮き」を視認することができる状況であったが、左舷側のさんご礁帯の外縁付近と水深、陸上の物標等を見ることに気を奪われ、依然前方の見張りを十分に行っていなかったので、これに気付かず、速やかに機関を停止するなどして潜水者を避ける措置をとることなく続航した。
 A受審人は、17時30分わずか前水深が約5メートルになったことを認め、さんご礁帯に接触することを懸念して操舵室の天井から急いで操舵室に降り、機関を約5ノットの微速力に減じてから右転したところ、17時30分古宇利島灯台から271度3.7海里の地点において、福祥丸の船首がほぼ北西に向いたとき、その推進器がS潜水者に接触した。
 一方、B指定海難関係人は、A受審人に運航を依頼していたところから、福祥丸が航走している水域の状況が判らないまま、操舵室の左舷側に立ち、いずれ宿泊予定のペンション等が見えてくるものと心待ちにして同ペンション等を探しながら、主に左舷の陸側を見ていて潜水者に気付かず進行し、衝撃を受けて初めて同船がS潜水者に衝突したことを知った。
 当時、天候は晴で風は弱く、潮候は下げ潮の末期で、微弱な東流があった。
 A受審人は、推進器に異音と衝撃とを感じて主機のクラッチを切り、船尾左舷側にS潜水者の潜水具であるフィンを認めたことから、直ちに投錨した。
 A受審人は、驚がくして自失状態となり、B指定海難関係人が、S潜水者と同行していたI潜水者と協力してS潜水者を船内に収容し、警察に通報するなどの事後措置に当たった。
 また、S潜水者は、夜釣りに行くことになっていたが、その前に子供達に供する魚介類を採取する目的で、I潜水者と共に素潜り漁をすることとした。
 S潜水者は、遊漁船が、夜釣りのために自らを収容する目的で、西日が逆光となる運天漁港方面から迎えに来ることを知っていたが、周囲から視認しやすいよう、浮体の高さが高く、要すれば旗竿などを立てた浮きを使用するなど自己の存在を示す適切な方法をとることなく、15時00分釣りを行う2人及びI潜水者と共にカヌーに乗り、兼次の浜を発してさんご礁帯の外縁に向かい、15時10分古宇利島灯台から271度4.0海里の地点でカヌーから降り、「漁獲物用浮き」を携行し、東方に向かって素潜り漁を始めた。
 S潜水者とI潜水者は、「漁獲物用浮き」をロープで腰に結び付け、さんご礁帯の外縁の外側で魚介類を得ながら素潜り漁を続行中、前示のとおり、S潜水者に福祥丸の推進器が接触した。
 その結果、福祥丸は、損傷がなかったが、S潜水者(昭和22年9月23日生)は、頭部及び顔面創による脳損壊で死亡した。

(主張に対する判断)
 補佐人は、「漁獲物用浮き」が、近隣の漁師が潜るときに使う浮きとは異なり、単なる浮遊物にしか見えない。しかも、本件当時、4キログラムぐらいの捕獲物があり、S潜水者が「漁獲物用浮き」を海中に引き入れていて、海面上にはなかった、と主張するので、以下この点について検討する。
 近隣の漁師が潜るときに使う浮きに比し、「漁獲物用浮き」は、高さが低く、本件当時、先に示した寸法の発泡スチロール製浮体の上には鉄枠が固定され、更に約4キログラムの漁獲物が乗せられていたので、同浮体は約1.5センチ海面下に没し、残りの3.5センチが海面上に出ていたものと推認され、しかも、同鉄枠には黒色の網が取り付けられていたということから、海面上にある「漁獲物用浮き」を見つけ出すことは容易ではないと云うことはできる。しかしながら、高さが低く見えずらいことのみをもって、見えないとはいえず、また、単なる浮遊物にしか見えないとする客観性もない。また、海面上に出ていた、残りの3.5センチの浮体を海面下に引き込むためには、約16キログラムの力を必要とし、潜水中の人間が、常時この力を加え続けることは困難であり、「漁獲物用浮き」が瞬間的に海面下に引き入れられることがあっても、ほぼ恒常的に、海面上にあったとするのが相当である。
 上記主旨により、補佐人の主張は容認できない。

(原因に対する考察)
 本件は、沖縄県国頭郡今帰仁村北方さんご礁の外縁の海域において、潜水者を迎えに行くため航行中の遊漁船が、潜水者や同人の携行する「漁獲物用浮き」を見落としたまま潜水者に接触して発生したものであるが、その原因について検討する。
1 船長の見張りが不十分になったのは、次のことによるものである。
(1)西日により逆光となりサングリッター輝度がほぼ最大時で、前路の物標は見え難い状況にもかかわらず、サングラス等を使用しなかったこと
(2)潜水者が左舷側のさんご礁帯の外縁に近いところに居ると思い込み、船首方及び右舷側を気にしていなかったこと
(3)波が全くなかったので、さんご礁帯の境目が判り難い状況下、さんご礁帯に近い進路で航行したので、船底接触しないように水深を見ることに気を取られていたこと
(4)潮流の影響や潜水者の遊泳による移動の可能性を考慮しなかったので、潜水者が居るのはまだ先だと思い込んでいたこと
2 船長が安全な速力としなかったのは、次のことによるものである。
 釣客を早く釣り場に連れて行き、魚を多く釣らせて次回にも福祥丸を利用してもらおうと思っていたが、急に行動予定が変更されて潜水者を拾ってから釣り場に行くことになり遠回りになるので先を急ぐ気持ちがあったこと
3 海上を航行する船舶が、素潜りを行っている潜水者を発見することは容易ではなく、しかも潜水者は、福祥丸が潜水場所の東側に位置する運天漁港から西日の逆光を受けながら接近することを知っていたのであるから、自己の存在をはっきりと示すために、浮体の高さが高く、要すれば旗竿などを立てた浮きを準備して使用する等の措置をとるべきであったところ、「漁獲物用浮き」を使用し、その存在を示す方法が適切でなかったことは、本件発生の原因となる。
4 B指定海難関係人は、潜水者が東方に移動しながら素潜り漁を行っていることなど、A受審人に対して十分な情報を伝えず、また、潜水者に接近したことに気付かなかったのであるが、同指定海難関係人は、A受審人と単なる運送契約で運航を依頼したにすぎず、しかも海技免状を受有する者でないことから明らかなように、海技知識を十分に有しておらず、また、船舶の運航については無知に等しく、陸標を見て自己の位置すら判断することができなかったのであるから、情報伝達や見張り等船舶の運航に関することについて同指定海難関係人を責めることはできず、本件発生の原因としない。

(原因)
 本件潜水者死亡は、沖縄県国頭郡今帰仁村北方沖合において、福祥丸が、素潜り漁中の潜水者を乗船させる目的で、さんご礁帯の外縁に沿って航行する際、安全な速力としなかったばかりか見張り不十分で、潜水者を避けなかったことと、潜水者が、素潜りにより遊漁中、自己の存在を示す方法が適切でなかったこととによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、今帰仁村北方沖合において、素潜り漁中の潜水者を乗船させる目的で、さんご礁帯の外縁に沿って航行する際、潮流の影響や潜水者の遊泳による移動から推認すると、潜水者までかなり接近している状況にあった場合、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、潜水者はまだ先に居るものだと思い込み、左舷側のさんご礁帯と水深、陸上の物標等を見ることに気を奪われ、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、素潜り漁を行っていた潜水者と推進器との接触を招き、頭部及び顔面創による脳損壊で同潜水者を死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年4月17日那審言渡
 本件潜水者死亡は、潜水者を出迎えに向う際、針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。


参考図





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