(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月18日04時25分
播磨灘東部
2 船舶の要目
船種船名 貨物船ブリリアント センチュリー |
IMO番号 9259161 |
総トン数 55,295トン |
全長 249.91メートル |
機関の種類 ディーゼル機関 |
出力 12,240キロワット |
3 運動性能
ブリリアント センチュリー(以下「ブ号」という。)は、海上試運転成績書によれば、初期速力10.9ノットで航行中、機関を全速力後進にかけたときの停止時間が17分06秒、同進出距離が1,768メートルで、そのときの速力の逓減状況は、1分後に10.3ノット、2分後に9.2ノット、3分後に8.5ノットである。
また、旋回圏については、初期速力8.9ノットのとき、左舵35度で657メートル、右舵35度で713メートルであり、そして回頭角度5度、15度、30度の各所要時間は、左転で35秒、58秒、84秒、右転で30秒、53秒、79秒である。
4 事実の経過
ブ号は、船尾船橋型ばら積貨物専用船で、韓国人船長Rほか19人(韓国人1人、フィリピン人18人)が乗り組み、石炭89,871トンを積載し、平成14年5月5日17時05分(現地時刻)オーストラリア ニューキャッスル港を発し、明石海峡経由で兵庫県東播磨港に向かった。
越えて、同月18日03時ころR船長は、降雨のため視程が2海里ばかりに狭められた状況で、明石海峡の東南東約4海里の地点に至り、A受審人を乗船させ、喫水が船首11.76メートル船尾12.31メートルであることを告げ、同人に嚮導を任せ、一等航海士をレーダー監視などの操船補助に充て、甲板手を手動操舵に就け、自らは操船の指揮にあたった。
A受審人は、嚮導について明石海峡航路をこれに沿って西行し、同航路を通過した03時55分江埼灯台から328度(真方位、以下同じ。)1.3海里の地点で針路を播磨灘推薦航路線(以下「推薦航路線」という。)に沿う246度に定め、機関を航海全速力前進にかけ、折からの潮流によって1度ばかり右方に圧流されながら13.0ノットの対地速力で進行した。
ところで、A受審人は、平成2年に内海水先区の水先人免許を取得し、以後、月間10隻ばかりの船舶を嚮導していて、播磨灘の高蔵瀬から鹿ノ瀬に至る海域の浅所については熟知しており、灯浮標を視認すればほぼ正確な船位を把握でき、どの地点で何度の針路を選定すれば、その後の時間的経過による船位を推定することができた。
A受審人は、04時04分明石海峡航路西方灯浮標を左舷側3ケーブルばかり離して航過したことから、いつもより少し鹿ノ瀬等の浅所に寄せており、近いところで5ケーブルばかりになっているものと思って西行し、同時10分右舷船首45度1.5海里のところに同航船の船尾灯を認め、これをアルパ付きレーダーで観察したところ、同船が南西方に11ノットばかりの速力で進行していることを知った。
A受審人は、その後同航船の方位が船首方に変化し、前路を左方に航過する態勢であったものの、同船と安全に航過するために何らかの措置をとるつもりでいた。ところで、同人は、機関を停止したり、緊急逆転に操作する気はなく、また、転針については、推薦航路線に沿って近づいてくる反航船のことや同航船が鳴門海峡に向かうものと思っていたことから、左転することは危険であるとの思いが強く、結局、右転して同船の右舷側を航過することとし、同航船と浅所との状況を勘案し、転ずる針路とその時期をうかがいながら続航した。
04時19分A受審人は、江埼灯台から261度5.6海里の地点に達し、同航船を右舷船首35度7ケーブルばかりにみる態勢となったとき、機関を停止して速力を減ずることなく、予め考えていたこともあって、少し右転すれば方位の変化が大きくなるので、その後徐々に元の針路に戻すつもりで、255度を令し、その直後260度、引き続いて270度を指示した。
A受審人は、転舵によって減速しながら続航していたところ、04時21分同航船が右転したためか、ほぼ正船首に位置した同船との方位に変化がなくなって6ケーブルばかりに接近したことから、衝突のおそれを感じたが、機関を緊急逆転に操作し、同航船と同じ速力に減じたのち再始動するとか、左舷側の広く開いた水域へ転ずるなどの措置をとることなく、同航船の右舷測を航過しようとの当初の思い込みがあって、更に右転することとし、同時22分少し前右舵10度、引き続いて20度を令し、R船長から何らの進言もないまま、マツオの浅瀬に向首する針路に転じながら続航した。
04時23分A受審人は、一等航海士から浅所に向かっている旨の報告を受け、レーダーで播磨灘航路第6号灯浮標の方位と距離を測定し、海図に船位を求めようとしたとき、大阪湾海上交通センターからVHF電話により浅所に接近していることを知らされ、同時24分左舵一杯としたが、効なく、04時25分江埼灯台から264度6.6海里の地点において、ブ号は、292度に向首したとき、原速力のままマツオの浅瀬に乗り揚げた。
当時、天候は雨で風力2の西風が吹き、視程は2海里で、潮候は下げ潮の末期にあたり、付近には微弱な北東流があった。
乗揚の結果、船底外板に凹損を生じたが、後日、積荷の瀬取りを行ったのち自力で離礁して東播磨港に入港した。
(原因の考察)
本件は、ブ号が播磨灘東部に広がる浅所海域の20メートル等深線を右舷側約1,000メートル離して西行中、右舷船首45度1.5海里ばかりのところを11ノットばかりの速力で南西方に向かう小型鋼船と前路で針路が交差し、近距離に接近する状況となったとき、同船と安全に航過しようとして右転したことによって発生したものであるが、その原因について検討する。
1 回避措置の時期と方法
乗揚が回避されるための時期と方法について、浅所と同航船との関係において検討する。
(1)本件は、ブ号の針路、速力と同航船の推定針路、速力に変化がなければ、04時25分少し過ぎ同航船がブ号の前路600メートルばかりを航過する状況にあった。
したがって、ブ号が同一針路速力で航行を続けるのか、より一層安全に航過するため、早めに何らかの措置をとるかの選択は操船者の裁量によるものといえる。
ただ、同航船の動静が十分に把握できない状況にあったことを考えたとき、04時19分ころ右転を行わないで機関操作により速力を減ずることが望ましい操船方法である。
(2)04時19分少し過ぎブ号は270度に転針したが、このまま進行しても浅瀬まで10分間余の時間的余裕があるので、同航船の左方への開き具合に合わせ徐々に左転して元の針路に戻すとか、速力を減ずるとかの措置をとることによって、乗揚は十分に回避できる状況にあった。
(3)04時21分同航船は、ブ号の前路6ケーブルばかりになったころ方位に変化がなくなったが、このときブ号が機関を緊急逆転に操作すれば、約3分後、船間距離が5ケーブルばかりになったとき、ブ号は同航船とほぼ同じ速力となり、同船の運航模様に合わせて対応することができ、結果は回避できる状況にあった。
(4)04時23分ブ号は右舵20度をとってすでに右回頭中であり、この時点で、左舵一杯をとったとしても左舷前方1,000メートルには水深10メートルばかりの浅所があるので、同船の性から乗揚は避けられない状況にあったものと認められる。
2 操船者の状況認識と対応
操船者は、操船などについて次の点での思い込みが強かったことから、状況の変化に十分な対応がとれず、04時21分少し過ぎ更に右舵20度を令することとなった。
(1)当時、航海全速力前進で航行していたことから、機関のプログラム操作による速力の逓減及び緊急逆転の操作については念頭になかった。
(2)同航船は、針路模様から、鳴門海峡に向かうものと思い、同航船が浅所域を出たのち西方に転針することを予測できなかった。
(3)操船に対する固執が強く、最初に計画した同航船の右舷側に出る操船方法を見直すことができなかった。
3 在橋者の協力態勢
当時、船橋にいた水先人、船長及び一等航海士の協力状況は次のとおりで、相互協力が十分でなかった。
(1)水先人が一等航海士に対して船位や同航船の進路模様についての報告の指示をしなかった。
(2)水先人が右転を続けて浅所に接近するとき、船長が機関の使用、左転などの進言を行わなかった。
(3)一等航海士が自主的に船位や同航船の針路模様を水先人に報告しなかった。
4 以上、検討の結果、水先人がどうして浅所に向け転針したのかを考えたとき、次の3つの要因をあげることができる。
(1)浅所域の近くを航海全速力前進で航行中、他船との接近を回避しようとしたとき、操船方法の一つとして機関を使用することが念頭になかったこと。
(2)同航船の進路模様から同船の進行方向を憶断し、同船を左舷側に見る態勢に固執したことから、その後の同船の航行状況に対応できなかったこと。
(3)在橋する船長、一等航海士との間に各人が有する情報を生かす協力態勢がとられなかったこと。
(原因)
本件乗揚は、夜間、播磨灘東部の高蔵瀬から鹿ノ瀬に至る浅所を右舷側近くに見て西行中、進路が交差する右舷前方の同航船に接近する状況となった際、速力を減ずるなど適切な操船がとられず、浅所に向け転針進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、ブ号の水先業務に就いて播磨灘東部の高蔵瀬から鹿ノ瀬に至る浅所を右舷側近くに見て西行中、進路が交差する右舷前方の同航船に接近する状況となった場合、浅所とは1,000メートルばかりしか離れていないことを知っており、同航船の右舷方に向く針路をとれば乗揚のおそれがあったから、浅所を外す針路とするとともに同船との船間距離が保たれるよう、速力を減ずるなど適切な操船を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、速力を減ずるなど適切な操船を行わなかった職務上の過失により、同航船の右舷方を航過する針路として浅所に向け航行し、マツオの浅瀬への乗揚を招き、船底外板に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の内海水先区水先の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成14年11月15日神審言渡
本件乗揚は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aの内海水先区水先の業務を1箇月停止する。