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平成14年第二審第21号
件名

漁船第二十三錦生丸漁船浙漁7516衝突事件〔原審長崎〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年7月15日

審判庁区分
高等海難審判庁(東 晴二、宮田義憲、山本哲也、田邉行夫、吉澤和彦)
参審員 松倉廣吉、堀野定雄

理事官
保田 稔

受審人
A 職名:第二十三錦生丸船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
錦生丸・・・船首部外板及びブルワークに破口を伴う凹損
漁・・・機関室浸水、沈没、全損

原因
錦生丸・・・動静監視不十分、各種船間の航法(避航動作)不遵守(主因)
漁・・・動静監視不十分、警告信号不履行、各種船間の航法(協力動作)不遵守(一因)

二審請求者
補佐人村上 誠

主文

 本件衝突は、第二十三錦生丸が、動静監視不十分で、漁ろうに従事する浙漁7516の進路を避けなかったことによって発生したが、浙漁7516が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年10月9日16時10分
 東シナ海
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十三錦生丸 漁船浙漁7516
総トン数 133トン 122トン
全長   31.47メートル
登録長 29.80メートル 28.85メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 441キロワット 235キロワット

3 事実の経過
 第二十三錦生丸(以下「錦生丸」という。)は、船橋を船体中央部に配置した鋼製いか釣り漁船で、A受審人ほか4人が乗り組み、船首1.4メートル、船尾3.4メートルの喫水をもって、平成13年10月8日08時40分(日本時間、以下同じ。)僚船6隻とともに福岡県博多港を発し、東シナ海の漁場に向かった。
 A受審人は、自らと甲板員2人の3人で4時間ごとに交替するそれぞれ単独の船橋当直を行い、当直時間外に睡眠をとるときは他の当直者からの報告に直ちに対応できるよう操舵室後部のベッドで横になるようにしていた。
 翌9日09時30分A受審人は、前直の甲板員と交替して単独で当直に当たり、14時00分ごろ次直の甲板員が交替のため昇橋したが、夕刻から操業開始の予定であったので、漁場までそのまま当直を続けることとして同甲板員を休ませ、強い北西風が吹き、多数の中華人民共和国(以下「中国」という。)の漁船が底引き網漁に従事しているなか、これらを適宜避けながら南下した。
 15時35分A受審人は、北緯30度03.8分、東経126度55.0分(日本測地系、以下同じ。)の地点に達したとき、針路を210度(真方位、以下同じ。)に定め、機関を全速力前進にかけ、9.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行し、同時38分6海里レンジとしたレーダーにより左舷船首30度6.1海里のところに、中国漁船群から1隻だけ離れ、西方に移動する浙漁(ちぇーりんゆん)7516(以下「浙漁」という。)の映像を認めた。
 15時57分A受審人は、浙漁が左舷船首23度2.3海里となったとき、レーダー画面上の航跡の方向とその長さとにより、同船は約7ノットの速力で依然西方に移動しており、自船の船首を0.5ないし0.6海里隔てて無難に右方に航過するものと判断した。
 A受審人は、間もなく12海里レンジとしたレーダーにより前方7海里付近に中国の漁船群が広がって存在しているのを認め、浙漁までの距離が2.0海里となったのちは、同船が船首方を右方に無難に航過すると判断していたこともあって、前方の漁船群の避航対策を考えることに気を奪われ、浙漁の動静監視を十分に行わずに続航した。
 A受審人は、16時02分浙漁が左舷船首14度1.3海里に接近し、その後同船がごく低速力であること、船尾から曳き索を出していること、付近海域において操業する大方の中国の底引き網漁船が通常掲げている上下長さ50センチメートルでラグビーボール状の網製形象物(以下「網製形象物」という。)を掲げていること、同受審人はそのことを知っていたことなどから、浙漁が底引き網漁船で、漁ろうに従事していることが判別でき、互いにその方位がほとんど変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、依然として前示漁船群の避航対策を考えることに気を奪われ、前方を確認できない姿勢で、操舵室左舷寄りに置いたいすに腰掛け、双眼鏡を使用するなどの視覚、及びレーダーによる浙漁の動静監視を十分に行わなかったので、その状況に気付かず、同船の進路を避けないまま進行した。
 16時10分少し前A受審人は、前方至近のところに浙漁を視認し、手動操舵としたが間に合わず、16時10分北緯29度59.3分、東経126度52.0分の地点において、錦生丸は、同針路、同速力のまま、その船首が浙漁の船尾部右舷に前方から80度の角度で衝突した。
 当時、天候は曇で風力6の北西風が吹き、波が高く、視程は約2海里であった。
 A受審人は、浙漁乗組員の救助に努めるとともに、僚船及び海上保安部に通報するなど、事後の措置に当たった。
 また、浙漁は、底引き網漁船で、船舶所有者兼船長Rほか7人が乗り組み、船首1.5メートル、船尾2.5メートルの喫水をもって、同年9月29日12時00分中国温港を発し、東シナ海の漁場で北上しながら操業を続けた。
 越えて10月9日15時00分R船長は、北緯29度57.1分、東経126度55.1分の地点付近で揚網を終え、それまで合計13.5トンを漁獲してしばらく停留した。
 15時35分R船長は、停留地点を発し、針路を310度に定め、機関を全速力前進にかけ、単独の船橋当直に当たり、一等機関士を機関当直に配置したほか、他の乗組員に魚倉内及び甲板上における漁獲の整理作業を行わせ、7.0ノットの速力で進行した。
 R船長は、投網準備のうえ、底引き網により漁ろうに従事していることを示す正規の形象物を表示せず、これに代えて網製形象物を船尾甲板上に掲げ、16時00分同針路、同速力で投網を開始し、同時02分北緯29度59.1分、東経126度52.3分の地点で投網を終え、長さ約500メートルの曳き索により網を引く状態となったことから、速力をGPSの速力表示により2.3ノットに維持し、強い北西風及び同方向からの波に抗し、手動操舵として同針路で進行した。
 曳網開始時R船長は、右舷船首66度1.3海里のところに錦生丸を視認し得る状況であったが、同船に気付かず、その後同船の方位がほとんど変わらず、互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況の下で続航した。
 16時04分R船長は、錦生丸との距離が1.0海里となったとき、1.5海里レンジとしたレーダーにより同船を初めて認めたが、底引き網により漁ろうに従事している自国の漁船と思い、肉眼で確かめず、曳き索を船首方向と同じに保つこと、速力を一定に維持することなどに注意を払い、視覚とレーダーとによる錦生丸の動静監視を十分に行わずに進行した。
 その後R船長は、錦生丸が自船の進路を避けないまま互いに接近したが、警告信号を行うことも、更に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとることもなく同針路、同速力で続航し、16時10分少し前レーダーを見て錦生丸の映像に気付き、右舷方至近に迫った同船を視認したが、どうすることもできず、同針路、同速力のまま前示のとおり衝突した。
 R船長は、急ぎ曳き索を切らせ、同船長ほか乗組員は、降下した救命艇に移乗し、錦生丸に救助された。
 衝突の結果、錦生丸は、船首部外板及びブルワークに破口を伴う凹損を、船首の係船ローラに曲損を生じたほか、いか釣り機2台を損傷し、のち修理され、浙漁は、衝突後間もなく機関室への浸水により船尾から沈下し始め、16時25分ごろ沈没し、全損となった。

(航法の適用)
 本件衝突は、東シナ海において、錦生丸と底引き網により漁ろうに従事している浙漁とが衝突したものであるが、以下適用する航法について検討する。
1   本件衝突は、わが国及び中国の領海外で発生したものであるから、1972年の海上における衝突の予防のための国際規則(以下「国際海上衝突予防規則」という。)により律することとなる。
2   錦生丸は、航行中であり、互いに1.3海里となったのち、すなわち浙漁が曳網を開始したのちも同じ針路及び速力で進行した。
3   浙漁は、互いに1.3海里となったとき、500メートルの曳き索により曳網状態となり、その後針路310度、曳網速力2.3ノットで進行していたもので、国際海上衝突予防規則における漁ろうに従事していた。
4   浙漁は、正規の形象物に代えて大方の中国漁船が底引き網により漁ろうに従事しているときに掲げる網製形象物を掲げていたが、国際海上衝突予防規則に定める正規の形象物を表示していなかった。このことから、自船が漁ろうに従事している船舶であると主張しても、同規則上その主張は認められない。
 しかしながら、A受審人は、視認した底引き網により漁ろうに従事している多数の中国漁船が同様の網製形象物を掲げていることを知っていた。
5   A受審人は、互いに1.3海里となったのち、浙漁が網製形象物を掲げていること、同船が当初判断した速力と大幅に相違してごく低速力で進行していること、更に同船の船尾から曳き索が後方に出ていることなどを認め得る状況であった。したがって、同受審人としては、浙漁が底引き網により漁ろうに従事していることも、視覚とレーダーとにより互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったことも認識することが可能であった。
6   R船長は、互いに1.3海里となったのち、視覚とレーダーとにより錦生丸が航行中であることも、互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったことも認識することが可能であった。
7   両船は、それぞれの運航模様から、相互に衝突回避の措置をとる十分な時間と距離があったと認められる。
 以上により、同規則第18条(a)(各種船間の航法)を適用するのが相当である。

(原因等の考察)
 以下原因等について考察する。
1 A受審人の浙漁に対する動静監視
 A受審人は、接近する浙漁をレーダーで6.1海里に認め、同船が左舷船首23度2.3海里となったとき、船首方を無難に航過して行くと判断し、互いに2.0海里に接近するまで同船に対する動静監視を行っていたが、その後浙漁よりも遠方の漁船群の避航対策を考えることに気を奪われ、浙漁の動静監視を十分に行わなかった。
 すなわち、錦生丸は船橋が低い位置にあり、操舵室内からでは船首方を確認し難い構造であったが、A受審人は、本件時操舵室内のいすに腰掛け、レーダーにより遠方の漁船群のみを見張り、接近する浙漁については、レーダーによるほか、舷側に出たり、針路を一時変更したりして前方の死角を補い、かつ双眼鏡を使用するなどの視覚による動静監視を行わなかったものである。
 A受審人は、視覚とレーダーとにより浙漁の動静監視を十分に行っていれば、同船が漁ろうに従事していることも、互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったことも認識することが可能で、衝突を回避することができたのであるから、同受審人が動静監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
2 錦生丸の船首方の見通し
 錦生丸は、操舵室内からでは船首方を確認し難い構造であった。
 錦生丸規模の船舶に関する操舵室内からの船首方の見通しについて適用される規則は見当たらないが、船首方の見通しを良くするためには、船橋を高くするなり、船橋の上に別に操舵室を設置するなりの対策が考えられる。しかし、これらの対策は、復原性、凌波性などの問題が関連するところであり、一概に論ずることはできない。
 しかしながら、操舵室内から船首方を容易に確認することができる構造であれば、浙漁の動静監視が十分に行われ、本件は発生しなかったと推測されることから、操舵室内から船首方を確認し難い構造であったことが、本件発生の要因をなしたものと認められる。錦生丸規模の漁船における船首方を確認し難い構造については、安全航行の観点から、検討に値する問題と考えられる。
3 R船長の錦生丸の動静監視
 R船長は、互いに1.0海里となったとき、レーダーにより初めて錦生丸の存在に気付いた。このとき既に互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、同船長は錦生丸を操業中の僚船と思い、その後動静監視を十分に行わなかった。
 R船長は、両船が互いに1.0海里となったのち視覚とレーダーとにより動静監視を十分に行っていれば、錦生丸が航行中であること、また互いに衝突のおそれがある態勢で接近する状況であることを認識できたのであり、同船に避航の様子がなければ、保持船として警告信号を行い、衝突を避けるための協力動作をとることにより衝突を回避できたものである。
 したがって、R船長が、レーダーにより認めた錦生丸の動静監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
4 浙漁の標識
 浙漁は、底引き網により漁ろうに従事していることを示す国際海上衝突予防規則における正規の形象物を表示せず、これに代えて大方の中国漁船が底引き網により漁ろうに従事しているときに掲げる網製形象物を掲げていたものであるが、浙漁側がこのことをもって漁ろうに従事している船舶であると主張しても、前述のとおりその主張は認められない。
 しかしながら、浙漁がたとえ正規の形象物を表示していなかったとしても、A受審人が視覚とレーダーとにより浙漁の動静監視を十分に行っていれば、同船が漁ろうに従事していることを認識できたのであるから、同船が正規の形象物を表示していなかったことについては、本件発生の原因とするまでもない。

(原因)
 本件衝突は、東シナ海において、錦生丸が、漁場に向かって南下中、浙漁に対する動静監視不十分で、漁ろうに従事している同船の進路を避けなかったことによって発生したが、浙漁が、錦生丸に対する動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、東シナ海において、単独で船橋当直に当たって南下中、レーダーにより浙漁を認めた場合、同船の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、浙漁が前路を無難に航過するものと判断し、レーダーに映っていた同船よりも遠方の漁船群の避航対策を考えることに気を奪われ、浙漁に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、浙漁が漁ろうに従事していることも、衝突のおそれがある態勢で互いに接近する状況であることにも気付かず、その進路を避けないまま進行して衝突を招き、錦生丸右舷船首部外板に破口を伴う凹損などを生じさせ、浙漁を沈没させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年4月24日長審言渡
 本件衝突は、第二十三錦生丸が、動静監視不十分で、漁ろうに従事する浙漁7516の進路を避けなかったことによって発生したが、浙漁7516が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図





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