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 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 行方不明事件一覧 >  事件





平成15年長審第1号
件名

漁船第七十五天王丸乗組員行方不明事件

事件区分
行方不明事件
言渡年月日
平成15年5月22日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(寺戸和夫、原 清澄、清重隆彦)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:第七十五天王丸船長 海技免状:四級海技士(航海)

損害
一等航海士及び甲板員1人が死亡、甲板員1人が尾骨骨折及び腰部打撲

原因
荒天下の甲板作業における安全措置不十分

主文

 本件乗組員行方不明は、荒天下の甲板作業における安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年6月19日10時00分
 宮城県金華山東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十五天王丸
総トン数 339トン
全長 60.49メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,340キロワット

3 事実の経過
 第七十五天王丸(以下「天王丸」という。)は、まき網漁業に従事する鋼製運搬船で、A受審人ほか9人が乗り組み、操業の目的で、船首4.2メートル船尾5.4メートルの喫水をもって、平成14年6月14日15時00分宮城県石巻港を発し、北緯38度東経153度付近の北太平洋の漁場に向かった。
 ところで、天王丸は、7魚倉を備え、各魚倉のハッチを長さ3.8メートル幅50センチメートル(以下「センチ」という。)厚さ15センチのプラスチック製中空ハッチボード4枚で閉鎖し、1番魚倉以外は2魚倉分のハッチを1枚の防水カバーで覆い、同カバーの四辺は、ハッチ周囲に設けられた幅及び深さが各20センチの溝に、角材6本及びくさび22片を使って固定するようになっていた。なお、同溝は、開口部に鋼製のヒンジ付きふたが取り付けられていたが、ふたに固縛装置はなかった。
 また、同船のブルワークは、その仕様の高さが両舷とも30センチであったところ、左舷側ブルワークは、建造時に嵩上げ(かさあげ)されて60センチとなっていたものの、右舷側ブルワークは、漁獲物の積込みや水揚げ作業の利便性から仕様どおりのままとなっており、このため右舷側ブルワークには、必要に応じて長さ80センチの支柱を取り付け、同支柱の上端と中程に設けたリング穴にロープを通し、海中転落防止用の防護索とするようになっていたが、就航以来同索が張られたことはなかった。
 さらに、安全対策の一環としてD漁業株式会社は、天王丸の乗組員に対して救命胴衣と作業用救命衣(以下「救命衣」という。)を配備し、船団の漁労長や船長などを参加させて定期的に開催する安全衛生委員会の場で、ヘルメットや救命衣の着用を指導していたものの、天王丸では発航に際してA受審人が作業を安全に行うよう乗組員に対して声を掛けるだけで、救命衣が着用されないまま操業を繰り返していた。
 6月18日22時10分A受審人は、漁場に至り、3番から6番の魚倉にカツオなど漁獲物約90トンを僚船から転載することとし、23時00分これらの積込み作業を終え、安全担当者を兼務する同人が入手した天気予報でまもなく大型の低気圧が接近して天候が悪化することを予測していたが、上甲板上に乗組員が出ることはないので必要ないものと思い、荒天準備としてデリックブームを格納したものの、乗組員の安全を考慮して丈の低い右舷側ブルワークに海中転落防止用の防護索を取り付けることなく、北緯23度25分東経153度24分の漁場を発進し、宮城県仙台塩釜港に向けて帰途についた。
 天王丸は、翌19日夜半から荒天に遭遇し、04時ごろから風力6の東南東風が吹く状況となって波高も約2メートルと高くなり、船体動揺も片舷20度以上と大きく傾斜し始め、その後、一層の強風によって発達した波浪に翻弄(ほんろう)される状況となり、4番魚倉に打ち込んだくさび数個が緩んでハッチの溝から抜け出し、四辺の縁の固定力を失ったハッチカバーが船尾方に捲れ上がった(まくれあがった)のでハッチボード3枚が流失する事態となった。
 A受審人は、漁場を発したのち乗組員5人を2時間ずつ単独の船橋当直にあてていたところ、時化(しけ)模様となってきたので自らも19日03時30分から同当直に加わって以後二人当直とし、09時00分ごろ風向が東南東から南に変わったことから、同時30分主機の回転数を毎分380及び可変ピッチプロペラの翼角を5度とし、船首を風波に立ててちちゅうを始め、甲板上の異状の有無を点検したとき4番魚倉のハッチボード3枚が流失しているのに気付き、非常ベルと船内放送で乗組員に急を告げ、同ボードの復旧作業を行わせることとしたが、作業開始に先立ち、荒天下での甲板作業となって海中転落などの事故が懸念されたものの、そのような事故が起こることはないだろうと思い、万一に備えて救命衣の着用を乗組員に指示するなどの安全措置を十分にとることなく、同時45分乗組員8人を前示の作業につかせた。
 こうして、A受審人は、流失したハッチボードの代わりに空倉の2番魚倉の同ボードを転用し、消失した一部のくさびは予備品で補うなどして復旧作業を続け、10時00分少し前、船首部左舷側及び4番魚倉右舷側に各1人、4番魚倉左舷側及び5番魚倉の船尾側と右舷側にそれぞれ2人を配置し、ハッチカバーの敷設を終えてくさびの打ち込み作業を行うばかりとなったころ、左舷船首20度方向から大きな波浪が甲板上に打ち上がり、10時00分北緯38度20分東経149度45分の地点において、5番魚倉の船尾側と右舷側にいた4人が打ち上がった波浪で流され、右舷側ブルワークを越えて船外に転落し、1人は直後に自力で船上に辿り着き(たどりつき)、甲板員Iは残った乗組員によって救助されたが、残る2人は数分間海面に浮いていたものの、やがて力尽きて海中に没し、行方不明となった。
 当時、天候は曇で風力8の南風が吹き、波高は5メートルであった。
 その結果、I甲板員は尾骨骨折及び腰部打撲を負い、A受審人は、翌20日19時にかけて現場で行方不明者の捜索にあたったが発見できず、のち一等航海士Y(昭和25年9月29日生、五級海技士(航海)免状受有)及び甲板員E(昭和30年12月16日生)の死亡が認定された。

(原因)
 本件乗組員行方不明は、荒天のもとで甲板作業に従事する際、同作業についての安全措置が不十分で、丈の低いブルワークに海中転落防止用の防護索が取り付けられていなかったばかりか、作業用救命衣を着用しないで流失したハッチボードの復旧作業中、打ち寄せた大波に流されて乗組員が船外に転落し、海中に没したことによって発生したものである。
 安全措置が十分でなかったのは、船長が、天候の悪化を予測したとき、海中転落防止用の防護索をブルワークに取り付けるよう指示しなかったばかりか、荒天下の甲板作業を行わせるとき、作業用救命衣の着用を指示しなかったことと、乗組員が、同救命衣を着用しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、宮城県金華山東方沖合において、荒天のもと乗組員に甲板作業を行わせる場合、丈の低いブルワークに海中転落防止用の防護索を取り付けず、海中転落事故の発生が予想される状況にあったから、乗組員に作業用救命衣を着用させるなどの安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが、同人は、海中転落など起こらないだろうと思い、一人操舵室で船体姿勢維持の操船にあたり、甲板上で作業を開始する乗組員に対し、作業用救命衣を着用させるなどの安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、丈の低いブルワークに転落防止用の防護索が取り付けられないまま、乗組員が同救命衣を着用しないで流失した魚倉のハッチボードの復旧作業中、甲板上に打ち寄せた大波に流されて4人が船外に転落し、2人が行方不明となる事態を招き、救助された2人のうち1人が尾骨骨折及び腰部打撲を負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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