(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月11日14時20分
新潟県直江津港港外
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船悠和丸 |
総トン数 |
2,975トン |
全長 |
105.02メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,184キロワット |
3 事実の経過
悠和丸は、鋼製油送船で、A受審人及び一等機関士Sほか10人が乗り組み、原油3,000キロリットルを積載し、船首5.25メートル船尾6.05メートルの喫水をもって、平成14年1月10日15時25分新潟県新潟港東区を発し、荒天避難のため同県赤泊港に寄せたのち、翌11日11時00分同県直江津港港外に荷役待ちのため投錨した。
悠和丸の主機は、阪神内燃機工業株式会社製造の6S26MCRG型と称するディーゼル機関で、逆転減速機を介して可変ピッチプロペラと連結し、主機後部の左舷側にターニング装置を装備していた。
主機のターニング装置は、電動機、減速機及びターニング歯車などで構成され、電動機が減速機の上に据え付けられて、電動機の船首側出力軸端に直径約10センチメートル(以下「センチ」という。)のスプロケットが、減速機の船首側入力軸端に直径約20センチのスプロケットがそれぞれ取り付けられ、これらのスプロケットが互いにチェーンで連結されて、減速機が駆動されていた。
減速機の船尾側出力軸上には、ターニング歯車が組み込まれ、同軸船尾側軸端に備えられた手動ハンドルで同歯車をフライホイールの歯車に嵌合(かんごう)させてターニングするようになっていて、これらのスプロケットとチェーンには危険防止のため、チェーンの船首側にカバーが設置されていた。
ターニング装置の始動器は、フライホイールの左方約1メートル左舷側壁の機関室床面から約90センチのところに、パネル正面を右舷に向けた状態で取り付けられ、同面には正転、逆転及び停止の各押ボタンスイッチ並びに電源スイッチなどがあった。
ところで、ターニング装置は、チェーンなどに定期的にグリースを塗布しており、チェーンの船尾側より指を差し入れて行っていたが、ターニング歯車側からは、同作業を行う者の手元が電動機で死角となる状況なので、ターニング装置を始動する際、同人がそのことを了解して確実に安全な姿勢をとるまでの間、始動操作を待つなど、共同作業者に対する安全確認をする必要があった。
A受審人は、11日13時より午後の機関部作業について打ち合わせたのち、同作業を開始し、14時10分ころより主機ターニング装置のグリース塗布作業に取り掛かり、S一等機関士に同装置の船首側チェーン部を受け持たせ、自らはターニング歯車部を受け持ち、電動機を挟んで約1メートルの距離を置いて同作業を共同で始めた。
S一等機関士は、グリースを塗布する前に、減速機のスプロケットの下側に当たるチェーン部に付着していた古いグリースを拭き取ることとし、中腰の姿勢をとり、右手人差指の先にウエスをかぶせるように巻き付け、拭き取りを始めた。
こうして、A受審人は、グリース塗布作業に続いて、フライホイールの歯車を点検するためターニング装置を回転しようと、グリースを拭き取っていたS一等機関士に「回すよ。」と声を掛けたが、声を掛ければ直ぐに手を引くものと思い、同機関士がそのことを了解して確実に安全な姿勢をとるまでの間、始動操作を待つなど、共同作業者に対する安全確認を十分に行っていなかったので、同機関士が減速歯車駆動チェーンから安全な距離に手を離していないことに気付かず、ターニング装置を始動した。
S一等機関士は、A受審人からターニング装置を始動する旨の掛け声を聞き、急ぎ手を引こうとしたが、間に合わず、14時20分直江津港西防波堤灯台から真方位335度2,000メートルの地点において、ターニング装置のチェーンとスプロケットとの間に巻き込まれたウエスとともに、右手人差指が巻き込まれた。
当時、天候は雨で風力6の西風が吹き、海上は波立っていた。
A受審人は、S一等機関士の悲鳴を聞いて直ぐにターニング装置を停止したのち、同機関士の右手人差指の負傷を知り、応急手当をするなどの事後の措置にあたった。
悠和丸は、急遽(きゅうきょ)着岸し、S一等機関士は、待機していた救急車により病院に搬送され、右手人差指切断と診断された。
(原因)
本件乗組員負傷は、主機ターニング装置のグリース塗布作業中、同装置を始動する際、共同作業者に対する安全確認が不十分で、同作業者の右手人差指が同装置のチェーンとスプロケットの間に巻き込まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機ターニング装置にグリースの塗布を乗組員と共同で作業を行い、同装置を始動する場合、乗組員が回転部分に手を触れているおそれがあったから、乗組員が負傷しないよう、回転装置を始動する旨の合図を掛けた後、乗組員がそのことを了解して確実に安全な姿勢をとるまでの間、始動操作を待つなど、安全確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、声を掛ければ乗組員が直ぐに手を引くものと思い、安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により、乗組員がチェーンから安全な距離に手を離していなかったことに気付かず、「回すよ。」と声を掛けたのみで主機ターニング装置を始動し、乗組員の右手人差指がチェーンとスプロケットの間に巻き込まれ、同指を切断する事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。