(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年12月26日23時00分
長崎県対馬神埼南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船博進丸 |
総トン数 |
14トン |
全長 |
19.65メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
394キロワット |
回転数 |
毎分2,030 |
3 事実の経過
博進丸は、昭和63年12月に進水した、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、平成5年4月換装時以来、株式会社小松製作所が製造した6M140A-1型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の回転計、冷却清水温度計、潤滑油圧力計や潤滑油圧力低下警報装置等が組み込まれている計器盤及び遠隔操縦装置を備え、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機のシリンダヘッドは、全シリンダが一体のシリンダヘッドカバーで密閉されており、排気弁及び吸気弁各2個が船首及び船尾側に直接取り付けられていた。
主機の冷却は、間接冷却方式で、清水冷却器と容量約40リットルの膨張タンクの間に連絡管があり、直結駆動の冷却清水ポンプの吸引管が連絡管に接続されていて、同ポンプに吸引された冷却清水が、潤滑油冷却器、シリンダブロック、シリンダヘッド及び排気マニホルド等に送られ、各部を冷却したのち清水冷却器に戻る経路で循環していた。
一方、潤滑油系統は、容量74リットルの油受から直結駆動の潤滑油ポンプに吸引された油が、潤滑油冷却器、潤滑油こし器を通り、主軸受を経てクランクピン軸受、ピストン冷却噴油ノズル、カム軸受、ロッカーアーム、燃料噴射ポンプ、調時歯車装置及び過給機等に送られ、各部を潤滑あるいは冷却したのち油受に戻る経路で循環しており、潤滑油圧力が回転に応じて通常2ないし6キログラム毎平方センチメートルの範囲に設定されていた。そして、排気弁が開弁して弁棒が弁案内を往復動する箇所は、ロッカーアーム油穴から連続注油する構造になっていた。
また、取扱説明書には、潤滑油及び潤滑油こし器のフィルタエレメントの定期交換間隔が250時間であることや、業者に依頼のうえ排気弁の注油状況を確かめることなどが記載されていた。
A受審人は、昭和49年9月一級小型船舶操縦士の免状を取得し、博進丸の新造時から船長として乗り組み、操船のほか主機の運転保守にあたり、燃料油にA重油を使用し、周年にわたり対馬沖合から北海道沖合に至る漁場を移動して操業を続け、全速力前進航行時に主機を回転数毎分1,600にかけ、毎月300時間ばかり運転の都度、潤滑油及び潤滑油こし器のフィルタエレメントを定期交換し、平成10年4月にはシリンダヘッド及びピストンの整備を行っていた。
その後、主機は、運転が続けられているうちカーボン等の燃焼生成物が4番シリンダのシリンダヘッド内部排気弁周りに付着し、さらにピストンリングの磨耗により燃焼生成物がクランク室の潤滑油に混入し、同油の汚れが進行するとともにシリンダライナの摺動面に付着する油の燃焼に伴う消費量が増加し始め、ロッカーアーム油穴が徐々に詰まって排気弁が注油不良になった。
しかし、A受審人は、同12年12月ごろ主機の潤滑油の消費量が増加し始めたことから補給を繰り返し、同13年11月下旬同油の汚れの進行が早まる状況を認めた際、潤滑油圧力が維持されているから大事ないものと思い、業者に依頼するなど、シリンダヘッド及びピストンの開放点検を行わなかったので、4番シリンダの排気弁の注油不良、シリンダヘッド内部同弁周りの燃焼生成物付着及びピストンリングの磨耗等に気付かず、そのまま運転を続けた。
こうして、博進丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、12月26日16時00分長崎県三浦湾漁港緒方地区を発して全速力前進で航行し、19時00分対馬神埼南方沖合の漁場に至り、漂泊後、主機を回転数毎分1,800にかけて集魚灯用交流発電機を駆動し、操業を行っていたところ、主機の4番シリンダ両排気弁の弁棒と弁案内とが前示注油不良及び燃焼生成物付着により固着し、23時00分対馬神埼灯台から真方位199度20.5海里の地点において、開弁状態の弁傘底面がピストン頂面にたたかれて弁棒が折損し、弁傘部が落下してピストンとシリンダヘッドに挟撃され、回転が変動した。
当時、天候は晴で風力4の北風が吹き、海上には白波があった。
A受審人は、操舵室で異状に気付いて主機を停止し、シリンダヘッド触火面に亀裂が生じていたものの損傷状況が分からないまま、同亀裂から漏洩して減少した冷却清水を補給後、低速にかけて三浦湾漁港に帰港した。
博進丸は、主機が精査された結果、4番シリンダの排気弁のほかシリンダヘッド、ピストン、冷却清水が潤滑油に混入したことによる主軸受やクランクジャーナル、及び弁傘部の破片による過給機等の損傷が判明し、のち換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の消費量が増加して汚れの進行が早まる状況の際、シリンダヘッド及びピストンの開放点検が不十分で、排気弁の弁棒と弁案内とが注油不良及び燃焼生成物付着により固着し、弁傘底面がピストン頂面にたたかれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか主機の運転保守にあたり、潤滑油の消費量が増加して汚れの進行が早まる状況を認めた場合、シリンダヘッド及びピストンの整備を行ったのち長期間運転を続けていたから、同油の汚れにかかわる不具合箇所を見落とさないよう、業者に依頼するなど、シリンダヘッド及びピストンの開放点検を行うべき注意義務があった。しかし、同受審人は、潤滑油圧力が維持されているから大事ないものと思い、シリンダヘッド及びピストンの開放点検を行わなかった職務上の過失により、排気弁の注油不良、シリンダヘッド内部同弁周りの燃焼生成物付着及びピストンリングの磨耗等に気付かず、運転を続けてその弁棒と弁案内との固着を招き、弁棒折損のほかシリンダヘッド、ピストン、主軸受、クランクジャーナル及び過給機等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。