(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月15日20時30分
長崎県対馬黒島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船千代丸 |
総トン数 |
9.7トン |
全長 |
18.28メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
308キロワット |
回転数 |
毎分2,100 |
3 事実の経過
千代丸は、平成元年6月に進水した、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、上甲板上方に出力4キロワットの集魚灯15個、舷側に出力0.5キロワットのいか釣り機7台を設置し、機関室には、主機として三菱重工業株式会社が製造したS6BF-MTK-2型と呼称するディーゼル機関、船首側に集魚灯及びいか釣り機用交流発電機、左舷側に充電用直流発電機及び右舷側に操舵機用油圧ポンプを備え、操舵室には、主機の回転計、冷却清水温度計、潤滑油圧力計や潤滑油圧力低下警報装置等が組み込まれている計器盤及び遠隔操縦装置を装備していた。
主機は、推進機関としてのほかクランク軸船首側の動力取出軸により、同軸の弾性継手に連結されている交流発電機、横引きのVベルトを介して直流発電機及び油圧ポンプをそれぞれ駆動していた。また、弾性継手は、合成ゴム製弾性体を内蔵し、クランク軸系に対するわずかな軸心の偏移やトルク変動による影響を緩和する構造になっていた。
主機のクランク軸は、クロムモリブデン鋼製の一体形で、寸法が全長1,204ミリメートル(以下「ミリ」という。)、クランクジャーナル径117ミリ、クランクピン径90ミリ、クランクアーム厚さ31ミリであり、主軸受にはオーバーレイが施されているアルミニウム合金製主軸受メタルを装着しており、主軸受メタル、クランクジャーナル及びクランクピンが船首方からいずれも順番号で呼ばれていた。
主機の潤滑油系統は、容量70リットルの油受から直結式潤滑油ポンプに吸引された油が、機関外部の潤滑油こし器、潤滑油冷却器を通過し、同内部の主軸受を経てクランクピン軸受、ピストン、カム軸受、シリンダヘッドや過給機等に送られ、各部を潤滑あるいは冷却したのち油受に戻る経路で循環し、潤滑油こし器として、紙製フィルタエレメント(以下「フィルタエレメント」という。)による複式フィルタ及びバイパスフィルタを装備していた。そして、潤滑油圧力は、通常約5.0キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)で、潤滑油圧力低下警報装置の設定値が1.0キロ以下であった。
千代丸は、同8年3月A受審人が購入し、船長として乗り組み、操船のほか主機の運転保守にあたり、長崎県鴨居瀬漁港を根拠地にし、周年にわたって対馬沖合の漁場でいか漁の操業を行い、全速力前進航行時に回転数毎分1,550として月間300時間ばかり運転し、約25日及び50日を経過する都度定期的に潤滑油及び潤滑油こし器のフィルタエレメントを交換していた。
A受審人は、同10年ごろ動力取出軸の弾性継手の弾性体を取り替えた後、弾性体が経年劣化により次第に磨耗していたが、鉄工所に依頼のうえ開放するなどして同継手を点検せず、同12年11月主機の定期整備のためにピストン等を抜き出した際、クランクピン摺動面(しゅうどうめん)がすり減っていたことから、クランク軸や主軸受メタル等を新替えした。
その後、主機は、動力取出軸の弾性継手の弾性体が継続使用されているうち、前示経年劣化によりクランク軸系の軸心が少しずつ偏移して同軸系に曲げモーメントが加わり、4番及び5番主軸受メタルが同クランクジャーナルと強く当って磨耗し、軸受間隙が増加するに伴い、潤滑油圧力が徐々に低下した。
しかし、A受審人は、主機の定期整備直後には5.5キロであった潤滑油圧力が同13年10月ごろから徐々に低下し始め、同14年6月下旬4.2キロになり、潤滑油こし器のフィルタエレメントを交換したにもかかわらず回復しない状況を認めた際、鉄工所に対し、同圧力の低下について問い合わせ、4キロ以上であれば大丈夫の旨を聞き、定期整備後1年余りだから異状ないだろうと思い、その回復しない状況を説明のうえ依頼するなど、機関内部潤滑油系統を点検しなかったので、4番及び5番主軸受メタルの軸受間隙の増加に気付かないまま運転を続けた。
こうして、千代丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、7月15日19時00分鴨居瀬漁港を発して主機を全速力前進にかけ航行し、同時50分対馬東方沖合の漁場に至り、漂泊したのち回転数毎分1,800で交流発電機等を駆動し、集魚灯を点灯して操業を開始したところ、主機の4番及び5番主軸受メタルの著しい磨耗により同クランクジャーナル摺動面に焼割れが生じていて、5番クランクジャーナル船首側隅部に過大な繰返し曲げ応力が集中して材料が疲労し、同部の焼割れ箇所を起点とする亀裂が4番クランクピン船尾側クランクアームに進行中、20時30分対馬黒島灯台から真方位079度4.9海里の地点において、クランク軸が折損し、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は平穏であった。
A受審人は、甲板で異状に気付いて主機を停止した後、鉄工所と電話連絡をとり、始動を断念した。
千代丸は、海上保安部に救助を要請し、巡視船により鴨居瀬漁港に曳航され、主機を精査した結果、前示クランク軸折損のほか主軸受メタル磨滅及び主軸受ハウジング変形等が判明し、のち換装した。
(原因)
本件機関損傷は、主機動力取出軸の弾性継手の点検が不十分で、弾性体の経年劣化によりクランク軸系の軸心が偏移したこと及び潤滑油圧力が徐々に低下して潤滑油こし器のフィルタエレメントの交換後に回復しない状況の際、機関内部潤滑油系統の点検が不十分で、主軸受メタルの軸受間隙が増加するまま運転が続けられ、クランクジャーナル隅部に過大な繰返し曲げ応力が集中して材料が疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか主機の運転保守にあたり、潤滑油圧力が徐々に低下して潤滑油こし器のフィルタエレメントを交換したにもかかわらず回復しない状況を認めた場合、同圧力の低下をもたらしている不具合箇所があるから、同箇所を見落とさないよう、鉄工所に対してその回復しない状況を説明のうえ依頼するなど、機関内部潤滑油系統を点検すべき注意義務があった。しかし、同人は、定期整備後1年余りだから異状ないだろうと思い、機関内部潤滑油系統を点検しなかった職務上の過失により、主軸受メタルの軸受間隙の増加に気付かないまま運転を続け、クランクジャーナル隅部に過大な繰返し曲げ応力が集中して材料の疲労による亀裂が進行する事態を招き、クランク軸を折損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。