(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月15日05時40分
島根県 隠岐諸島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第六十八富丸 |
総トン数 |
138トン |
登録長 |
29.35メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
回転数 |
毎分385 |
3 事実の経過
第六十八富丸(以下「富丸」という。)は、昭和48年3月に進水したいか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、新潟原動機株式会社が同年に製造した6M26KGHS型と称する、圧縮空気による始動方式のディーゼル機関を装備していた。
主機の始動空気系統は、始動空気槽に蓄えられた圧縮空気が始動空気塞止弁を経て、船首側から順番号が付された各シリンダの始動空気入口管を通って始動弁に導かれ、一方同塞止弁で分岐した管制空気管がカム軸端の始動空気分配弁に至り、各始動弁の頂部に導かれるようになっていた。
始動弁は、弁棒下部の弁フェースがばねの力で弁箱先端の弁座に密着し、弁棒上部にパイロットキャップが組み込まれ、弁箱が2組の植込みボルトとナットで各シリンダヘッドに取り付けられているもので、始動空気塞止弁が開くと始動空気分配弁の作動により、着火順序に従って爆発行程にあるシリンダのパイロットキャップに管制空気が作用して弁棒が押し下げられ、始動空気をシリンダ内に送り込むようになっていた。
富丸は、毎年4ないし5月に入渠工事を行い、5月中旬から9月下旬にかけて北海道西岸沖合で、その後徐々に新潟県沖合まで南下し、さらに10月下旬から翌年2月末まで島根県隠岐諸島沖合において、それぞれ1航海が15日ないし1箇月間の操業を繰り返しているもので、通常は日没から翌早朝にかけて主機を停止して操業を続け、漁場の移動及び水揚げ地との往復のために主機を運転しており、運転時間が月間300時間ばかりの主機については、毎入渠時にシリンダヘッドを開放して吸・排気弁の摺合せ等を行い、2年ごとにピストン抜き整備等を実施していた。
A受審人は、平成11年5月から機関長として富丸に乗り組み、機関の運転保守に当たり、毎年の入渠工事で主機のシリンダヘッドが開放される際には、自らが始動弁を取外して当たり面の機械加工及び摺合せ作業を行い、普段から整備済みの同弁仕組1組を予備としていたほか、中古の弁棒1本を保有していたところ、同13年4月の入渠工事中に、使用中の弁棒を新品の弁棒1本と整備業者から入手した中古の弁棒3本とに新替えし、残りの5本を引き続き使用することとした。
その後、A受審人は、継続使用とした弁棒を組み込んで主機シリンダヘッドに装着した始動弁で運転中に漏洩が頻発し、1箇月間に3ないし4本の始動弁を取り替えてその都度開放整備しなければならない状況となり、漏洩の繰返しと経年によって、これら弁棒の弁傘部や軸部に衰耗が進行していることを認めていたが、漁獲が芳しくなく船主には新品の購入を依頼しにくいこともあって、摺り合わせすればもう少しの間使用できると思い、各弁棒の亀裂や曲がりの有無などを確認したうえ、速やかに新替えすることなく、同年12月中旬には漏洩を起こした1番シリンダ始動弁を予備弁と取替え、運転を続けた。
こうして、富丸は、年末年始の休暇を終えたのち、A受審人ほか5人が乗り組み、翌14年1月4日に北海道函館港を出港し、途中荒天を避けるため新潟県両津港に寄港したのち、同月7日昼すぎ隠岐諸島北方沖合の漁場に到着して操業を開始した。
同月15日A受審人は、漁場を移動することになり、05時20分主機を始動し、始動後の点検で1番シリンダの始動空気入口管が発熱していることを気付いたが、甲板上で漁獲物の整理を手伝う必要があって、しばらくして再度点検することとし、直ちに主機を停止して同シリンダの始動弁を予備弁と取り替える措置をとらないまま、操縦権を操舵室に移行して甲板作業に加わった。
富丸は、主機を回転数毎分290にかけて航行中、主機1番シリンダの始動弁が微開して固着したまま燃焼ガスにさらされた弁棒が過熱し、05時40分北緯37度34分東経132度19分の地点において、前示始動弁の弁傘上方で弁棒が折損し、シリンダ内に落下して異音を発した。
当時、天候は雨で風力2の南風が吹き、海上は穏やかであった。
甲板作業に当たっていたA受審人は、ふと煙突を見上げて多量の白煙が出ていることに不審を感じ、機関室に急行して主機1番シリンダヘッド付近からの異音に気付いて直ちに主機を停止し、同シリンダの始動空気入口管が著しく発熱していたので、始動弁を抜き出し弁傘部が脱落しているのを認めた。
富丸は、主機1番シリンダヘッドを開放して点検した結果、同ヘッドの燃焼室側及びピストン頂部に多数の打ち傷を生じ、脱落した始動弁の弁傘部がピストン頂部に溶着していたほか、動弁装置が曲損していることが分かり、過給機には異常が認められなかったことから、A受審人が予備のシリンダヘッドに取り替えたうえ、1番シリンダに減筒措置を施して鳥取県境港に入港し、のち主機の損傷部を取替えて修理するとともに、衰耗した始動弁弁棒がすべて新替えされた。
(原 因)
本件機関損傷は、主機始動弁の整備が不十分で、漏洩の繰返しと経年によって衰耗の進行した弁棒が引き続き使用されたこと、及び始動後1番シリンダの始動弁に漏洩を生じた際の措置が不適切で、弁棒が燃焼ガスにさらされるまま運転が続けられて折損したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守に当たり、始動弁の漏洩が頻発するようになった場合、漏洩の繰返しと経年によって弁棒の弁傘部や軸部に衰耗が進行していることを認めていたのであるから、各弁棒の亀裂や曲がりの有無などを確認したうえ、速やかに弁棒を新替えすべき注意義務があった。ところが、同人は、漁獲が芳しくなく船主には新品の購入を依頼しにくいこともあって、摺り合わせすればもう少しの間使用できると思い、速やかに弁棒を新替えしなかった職務上の過失により、運転中に漏洩して燃焼ガスにさらされた1番シリンダ始動弁弁棒の折損を招き、同シリンダのシリンダヘッド、ピストン及び動弁装置などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。