(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年4月17日12時40分
北太平洋
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第六十二大吉丸 |
総トン数 |
499トン |
全長 |
65.07メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分320 |
3 事実の経過
第六十二大吉丸(以下「大吉丸」という。)は、昭和61年10月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、阪神内燃機工業株式会社が製造した、6LU35RG型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機には、石川島汎用機械株式会社が製造した、VTR251型と呼称する過給機を備えていた。
過給機は、単段軸流型排気ガスタービンと単段遠心式ブロワからなり、タービンロータ軸にブロワインペラ及びガイドホイールがキー止めされ、同軸の両端が軸受で支えられ、全体が排気入口ケーシング、タービンケーシング及びブロワケーシングに収められていた。
過給機の軸受は、それぞれブロワケーシング及び排気入口ケーシングの軸受収納部に装着され、同部内にためられた潤滑油で潤滑されるようになっていた。
ブロワ側軸受は、複列アンギュラー玉軸受で、内輪にスリーブとロータ軸が挿入され、同軸端をリングナットで締め付けたうえ、同ナットにはポンプ円板、軸受への注油リング及び油吸込囲からなる潤滑油ポンプ仕組が取り付けられていた。一方、外輪が弾性ばねを挟んで軸受箱に収められ、ブロワ車室の軸受収納部に取り付けられたねずみ鋳鉄製の保護ブッシュの内側に、軸受箱がボルト締めされるようになっており、保護ブッシュの締め付けには呼びM8の六角孔付ボルト6本が用いられていた。
大吉丸は、平成10年12月末から静岡県下田市の造船所で定期検査のため入渠し、主機のピストン抜き整備が行われ、同時に過給機についてもブロワ側及びタービン側軸受が取り替えられ、その間に船舶所有者が変更された。
A受審人は、大吉丸が入渠中に機関長として乗船し、主機主要部及び過給機の整備と組立てには立ち会わなかったが、それらの工事が完了したのち、翌11年1月28日に行われた海上運転において、それぞれの運転状態を確認した。
大吉丸は、翌29日静岡県下田港を発して南下し、本州南方海域で操業を行い、同年4月7日同県焼津港に入港し、水揚げと次の出航前の仕込みが行われた。
A受審人は、操業中に主機過給機の軸受部が気にかかっていたところ、入渠中に整備と組立てに立ち会っていなかったことを思い出し、出渠後の運転時間が約1,200時間となった過給機の潤滑油を取り替える際に、軸受部を点検し、同部のボルト締め直しなど、整備をすることとした。
過給機は、同月10日ブロワ側及びタービン側軸受収納部の潤滑油が抜き取られ、ブロワ側の潤滑油にわずかに汚れが見られたので、同部の蓋が開放されたのち、ブロワ側の潤滑油ポンプ仕組が油噴射筒、ポンプ円板、注油リングの順に取り外され、保護ブッシュの締付ボルト6本のうち2本が見える状態となった。
A受審人は、取扱説明書に記載された作業手順と構造図を十分に理解していなかったが、軸受を抜き出さないまま、見えているボルトを締め直せば良いと思い、取扱説明書で構造を理解したうえで取りかかるなり、入渠時に整備をした業者に依頼するなど、適切に整備することなく、保護ブッシュ締付ボルト6本のうち下側2本のボルト頭に六角レンチを掛け、同レンチにパイプを差し込んで締め付け、その後再び部品を組み立てて軸受収納部に潤滑油を満たした。
過給機は、ブロワ側軸受の軸受箱の奥に配置された保護ブッシュが数本のボルトで過剰に締め付けられ、微細なき裂を生じた。
こうして、大吉丸は、A受審人ほか33人が乗り組み、船首尾4.0メートルの等喫水をもって翌11日17時35分焼津港を発し、漁場に向かったところ、過給機ブロワ側軸受の保護ブッシュに生じた微細なき裂が、主機の増速に従って保護ブッシュの下半部に拡がり(ひろがり)、航行するうち、軸受箱の固定が緩み、同月17日12時40分北緯22度49分東経155度19分の地点において、ブロワインペラがブロワケーシングに接触し、轟音を発した。
当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、甲板上で漁具の整備に当たっていたところ、機関室の異音に気付いて急行し、主機を停止した。その後、過給機軸受収納部を点検し、油だまりに金属片があることを認め、ロータ軸が手回しできないので、過給機損傷と判断し、鉄工所の提言を得て過給機のロータ軸を抜き出し、排気ガスと吸気の接続を仮配管した。
大吉丸は、主機を無過給で減速運転しながらグアム島に入港し、精査の結果、過給機ロータ軸が曲損し、ブロワインペラ、ブロワケーシング及びブロワ側軸受装置各部が損傷しており、のち損傷部が全て取り替え修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機過給機の潤滑油取り替えの際、付加的に行われた軸受部の整備が不適切で、ブロワ側軸受箱の保護ブッシュにき裂を生じたまま主機が運転されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、主機過給機の潤滑油を取り替えるに当たり、出渠後の運転状況を思い出して軸受部を点検し、同部のボルト締め直しなどをする場合、取扱説明書で構造を理解したうえで取りかかるなり、入渠時に整備をした業者に依頼するなど、適切に整備すべき注意義務があった。しかるに、同人は、見えているボルトを締め直せばよいと思い、適切に整備しなかった職務上の過失により、見えていたボルトを過剰に締め付け、ブロワ側軸受箱の保護ブッシュにき裂が生じる事態を招き、漁場に向けて航行中、同き裂が進行してブロワ側軸受の固定が緩み、ブロワインペラがブロワケーシングに接触し、ロータ軸が曲損して主機の運転不能を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。