(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年4月16日14時15分
北海道落石岬南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十五富丸 |
総トン数 |
124.20トン |
登録長 |
32.25メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
753キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分575(計画回転数) |
3 事実の経過
第十五富丸(以下「富丸」という。)は、昭和57年2月に進水した、かけ廻し漁法により沖合底びき網漁業に従事する漁船で、主機として、株式会社N鐵工所(以下「N鐵工所」という。)が製造した6MG28BX型と呼称する連続定格出力1,250キロワット同回転数毎分720(以下、回転数は毎分のものとする。)の原機に、燃料制限装置を付設した機関を備え、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
主機の過給機は、平成6年12月に換装されたN鐵工所製のNHP30BH型と呼称する最大許容回転数30,300の軸流式排気タービン過給機で、ロータ軸の両端が玉軸受で支えられる構造となっており、両軸受の各油だめには潤滑油温度計が装着されていた。
また、ブロワのインペラは、インデューサとインペラとが一体となった傘形をしており、前面外径が約200ミリメートル(以下「ミリ」という。)背面外径が300ミリ軸穴径が64ミリ長さが約150ミリあり、軸穴には前面端から50ミリにわたりスプライン加工が施され、ロータ軸へ組込みは、インペラ背面とロータ軸のフランジ面との間に座金を入れてロータ軸のスプライン部に押し込んだうえ、リングナットで締め付けるようになっていた。
そして、過給機の取扱説明書には、運転時間500時間ごとに油だめ内の潤滑油の新替えを、4,000時間ごとに軸受の新替えを行うことのほか、ロータ軸が高速回転しているので、回転にアンバランスを生じると、軸受に過大な荷重がかかることから、32,000時間ごとにロータ軸を抜き出して同軸のバランス点検を行うよう記載されていた。
ところで、現装のインペラは、同9年11月に取り替えられたもので、過給機換装当初のインペラは、インデューサと別個になっていたが、他船において同型過給機のインペラが扇型に3分割する事故が多発したことから、剛性を高めるためインデューサと一体型の形状となった経緯があり、更に同12年7月、亀裂の起点となっていたスプライン部を短くするため、軸穴の全長にわたってスプライン加工が施されていたものを、前面端から50ミリだけを残し、背面側100ミリを削り取ったものであった。
B指定海難関係人は、同元年4月N鐵工所に入社し、N内燃機工場、太田工場、北海道支店道東営業所及び北海道支店に勤務したのち、同13年8月同支店道東営業所所長代理として着任し、管轄地区の船舶約60隻のほか陸上施設に納入した機関のアフターサービス業務の責任者として、ユーザー及び整備業者に対する技術指導に当たっていた。また、B指定海難関係人は、前回同営業所に勤務していた同6年4月から富丸を含む他船の機関整備を手掛けており、主機過給機のインペラ割損事故の実状と諸対策の経緯について熟知していた。
過給機は、インペラの形状変更が行われた結果、割損事故が顕著に減少したが、高負荷での負荷変動の激しい沖合底びき網漁船において、インペラが微細に振れるようになり、ロータ軸に叩かれて、軸穴の背面寄りの内面及び座金との接触面にフレッティングコロージョンを生じ始め、やがてインペラの振れが大きくなってロータ軸の回転にアンバランスを生じ、タービン側軸受に過大な荷重がかかって疲労し、早期に損傷する事例が散発するようになった。
そこで、B指定海難関係人は、担当していた沖合底びき網漁船のタービン側軸受を半年ごとに点検して様子を見ていたところ、同14年3月N鐵工所品質管理室から、インペラの振れ止め対策についての中間報告を受け取り、いずれこれら船舶に対して、同対策が実施されることを知った。
A受審人は、同8年8月富丸に乗船して以来、機関の運転保守管理に当たり、主機回転数の上限を720プロペラ翼角の上限を20.5度に定めて、機関を年間約3,300時間稼動し、過給機については、油だめの潤滑油の新替えを毎月行っていたほか、軸受の新替えを毎年行い、同13年6月合入渠工事において軸受を新替えした。
同13年12月、過給機は、B指定海難関係人の指導により、タービン側軸受の半年目の開放点検が行われ、損傷はなかったものの念のため同軸受が新替えされて運転が続けられるうち、ロータ軸の回転にアンバランスを生じ始め、異音を発したことから、翌14年2月6日再び開放され、インペラがブロワケーシングに軽く接触していることとタービン側軸受が保持器にガタを生じていることが判明し、各軸受が新替えされるとともにインペラが増締めされたが、その後の運転において、タービン側油温が徐々に上昇し、通常86度(摂氏、以下同じ。)のところ98度となり、過給機の振動も増加したので、またも軸受が開放されることとなった。
4月10日A受審人は、過給機の軸受を開放したところ、短期間のうちにタービン側軸受が損傷しているのを認め、ロータ軸の回転にアンバランスを生じているおそれがあったが、少しでも早く操業に復帰しようと思い、開放修理工事に立会っていたB指定海難関係人に依頼するなどして、ロータ軸のバランス点検を行うことなく、タービン側及びブロワ側の両軸受を新替えして復旧した。
一方、B指定海難関係人は、タービン側軸受が短期間のうちに繰り返し損傷しており、インペラの振れによりロータ軸の回転にアンバランスを生じているおそれがあったが、6月の休漁期にロータ軸を抜き出して前示インペラの振れ止め対策を行うこととし、軸受を新替えすればそれまでは何とかもつだろうと考え、A受審人に対し、ロータ軸のバランス点検を行うよう助言しなかった。
こうして、富丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、船首1.7メートル船尾3.3メートルの喫水をもって、4月16日00時30分釧路港を発し、04時ごろ落石岬南方約11海里の漁場に至って操業を始め、投揚網を繰り返しているうち、かねてから進行していたインペラの振れが大きくなって、ロータ軸の回転に著しいアンバランスを生じ、8回目の投網を開始しようと主機の負荷を上げたとき、タービン側軸受が破壊し、14時15分落石岬灯台から真方位200度14.8海里の地点において、ロータ軸が振れ回って大音響を発するとともに煙突から黒煙を発した。
当時、天候は曇で風力3の南風が吹き、海上には少しうねりがあった。
折から、甲板上で投網準備に当たっていたA受審人は、機関室に急行したところ、過給機がすでに止まってブロワから白煙が吹き出し、エンドカバーが発熱しているのを認め、直ちに主機を停止して各部を調査した結果、ロータ軸が重くて回らず、タービン側軸受の破損片や多量の金属粉を発見したので、主機が運転不能となった旨を船長に報告した。
富丸は、付近の僚船に引かて釧路港に向かい、途中で待ち受けていた引船により同港に引き付けられ、過給機の開放調査が行われた結果、ロータ軸一式、排気タービン入口ケーシング、ブロワ出口ケーシング、軸受支持装置及び注油装置などが損傷していることが判明し、いずれも新替え修理がなされ、後日、インペラの振れ止め対策として、インペラ座金が形状変更されるとともに座金が焼嵌め方式となった。
(原因)
本件機関損傷は、主機過給機軸受が短期間のうちに繰り返し損傷した際、ロータ軸のバランス点検が不十分で、インペラの振れにより同軸の回転にアンバランスを生じたまま運転が続けられ、軸受に過大な荷重がかかって疲労したことによって発生したものである。
機関製造業者の営業所技術員が、船側に対し、過給機ロータ軸のバランス点検を行うよう助言しなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機過給機軸受が短期間のうちに繰り返し損傷するのを認めた場合、ロータ軸の回転にアンバランスを生じているおそれがあったから、開放修理工事に立会っていたB指定海難関係人に依頼するなどして、同軸のバランス点検を行うべき注意義務があった。しかるに、A受審人は、少しでも早く操業に復帰しようと思い、ロータ軸のバランス点検を行わなかった職務上の過失により、同軸の回転にアンバランスを生じたまま運転を続けて軸受の疲労破壊を招き、ロータ軸一式、排気タービン入口ケーシング、ブロワ出口ケーシング、軸受支持装置及び注油装置などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、主機過給機軸受の開放修理工事に立ち会い、同軸受が短期間のうちに繰り返し損傷するのを認めた際、A受審人に対し、ロータ軸のバランス点検を行うよう助言しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後にインペラの振れ止め防止対策が講じられた点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。