(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年9月7日11時00分
山口県見島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船朝日丸 |
総トン数 |
19.99トン |
全長 |
20.20メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル12シリンダ・V型ディーゼル機関 |
出力 |
387キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
朝日丸は、昭和54年7月に進水した、しいら漬漁業及びはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、新造時以来、主機としてキャタピラー三菱株式会社が製造した3412TA型と呼称するディーゼル機関を備え、操舵室に主機の回転計、潤滑油圧力計、冷却清水温度計や冷却清水温度上昇警報装置(以下「警報装置」という。)等が組み込まれている計器盤及び遠隔操縦装置を装備していた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部に位置する容量136リットルの油受から直結式潤滑油ポンプに吸引された油が、潤滑油冷却器、潤滑油こし器を通過して潤滑油主管に入り、主軸受を経てクランクピン軸受、ピストン冷却油、カム軸受、弁腕注油、調時歯車装置及び過給機等に送られ、各部を潤滑あるいは冷却したのち油受に戻る経路で循環しており、油受の油量計測用検油棒がクランク室右舷側に差し込まれていた。
主機の冷却は、間接冷却方式で、容量48.5リットルの膨張タンクから船首右舷側の直結渦巻式冷却清水ポンプに吸引された冷却清水が、潤滑油冷却器、空気冷却器を並列に通過し、シリンダブロック入口を経てシリンダヘッド出口に送られ、一方シリンダブロック入口で分岐した冷却清水が、過給機、排気マニホルドを通過してシリンダヘッド出口で合流した後、清水冷却器に導かれ同タンクに還流しており、同冷却器出口の温度調節弁により冷却清水温度が摂氏75度(以下、温度は摂氏とする。)ないし95度に保たれ、同温度が警報設定値98度を超えて上昇すると警報装置の警報ブザー及び警報灯が作動するものであり、また、圧力キャップが膨張タンク上部に設けられて冷却清水量の点検及び補給に用いられ、シリンダライナが冷却清水通路水密用Oリング(以下「冷却清水通路Oリング」という。)を装着のうえシリンダブロックに嵌合されていた。
朝日丸は、新造時以来、A受審人が船長として乗り組み、操船のほか主機の運転保守にあたり、山口県奈古漁港を根拠地にし、毎年5月下旬から10月下旬までしいら漬漁、11月上旬から翌年4月中旬までふぐはえ縄漁の漁期に操業を行い、漁期中には月間320時間ばかり主機を運転していた。
ところが、A受審人は、いつしか、主機の警報装置の警報ブザー等が老朽化して作動しなくなったが、同装置の整備を行わず、さらに冷却清水ポンプのポンプ軸のメカニカルシールが経年劣化し、冷却清水が軸受側貫通部のドレン孔を経て外側に漏洩する状況になったが、平成12年8月上旬始動前に冷却清水の補給量の増加を認めた際、これまで運転に支障がなかったから蒸発したものと思い、業者に依頼するなどして漏洩箇所の有無の点検を行わなかったので、同ポンプからの漏洩に気付かず、そのまま、膨張タンクの冷却清水量や油受の潤滑油量を確かめ、同タンクに補給を繰り返して運転を続けた。
主機は、8月23日漁場で運転中、前示漏洩により膨張タンクの冷却清水量が不足し、警報ブザー等が作動しないまま冷却清水温度が警報装置の設定値を超えて上昇した際、A受審人が排気の変色を見て停止したものの、既に過熱して冷却清水通路Oリングが水密不良になり、冷却清水がクランク室に落下して潤滑油に少しずつ混入し始め、その後同水が補給されていた。
こうして、朝日丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、しいら漬漁の操業の目的で、9月7日05時30分奈古漁港を発し、主機を回転数毎分1,500にかけ航行して山口県見島北方沖合の漁場に至り、投錨のために行きあしを止める操作を行っていたところ、11時00分見島北灯台から真方位356度12.8海里の地点において、潤滑油に混入した水分により同油の性状が著しく劣化し、船首側主軸受の潤滑が阻害されて同軸受とクランク軸が焼き付き、主機が自停した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は平穏であった。
A受審人は、操舵室から主機の始動操作を試みたものの果たせず、付近の僚船に救助を求めた。
朝日丸は、奈古漁港に曳航され、主機が精査された結果、前示主軸受及びクランク軸等の損傷が判明し、中古機関と換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却清水の補給量が増加した際、漏洩箇所の点検が不十分で、冷却清水ポンプから漏洩するまま運転が続けられたこと及び警報装置の整備が不十分で、主機が過熱して冷却清水通路Oリングの水密不良により冷却清水が潤滑油に混入し、潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか主機の運転保守にあたり、冷却清水の補給量の増加を認めた場合、冷却清水が漏洩することがあるから、その漏洩を見落とさないよう、業者に依頼するなどして漏洩箇所の有無の点検を行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまで運転に支障がなかったから蒸発したものと思い、業者に依頼するなどして漏洩箇所の有無の点検を行わなかった職務上の過失により、冷却清水ポンプからの漏洩に気付かず、そのまま運転を続け、主機が過熱して冷却清水通路Oリングの水密不良により冷却清水が潤滑油に混入し、潤滑が阻害される事態を招き、主軸受及びクランク軸等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。