(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年9月3日11時20分
能登半島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船祿剛丸 |
総トン数 |
43トン |
全長 |
27.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
祿剛丸は、平成5年1月に進水した漁業調査及び指導などの業務に従事するFRP製漁船で、主機として、ヤンマーディーゼル株式会社が製造した6N165-EN型と称するディーゼル機関を据え付け、各シリンダを船尾側から順番号で呼称し、軸系に減速機を介して可変ピッチプロペラを装備していた。
主機のクランク軸は、ピン部の長さが63ミリメートル(以下「ミリ」という。)の機械構造用炭素鋼製で、一体型として鍛造したのち、焼入れ及び焼もどしの熱処理が施されていた。
連接棒は、機械構造用炭素鋼製の鍛造品で、その大端部は、本体及びキャップを斜め割りのセレーション合わせとし、薄肉完成メタルをそれぞれに組み込んだうえ、2本の連接棒ボルトによりクランクピンに連結される構造になっており、キャップの位置決めが同ピンを挟んだ上部と下部の各セレーション合わせ面に挿入されたノックピンによって行われていた。
また、ノックピンは、長さ10ミリ直径6ミリの平行部と長さ6ミリの10分の1テーパ部からなり、連接棒キャップ側の同ピン穴に平行部を打ち込んだとき、セレーション歯先面からの出代が7.2ミリとなるよう設計されていた。
ところで、機関メーカーでは、連接棒大端部とクランクアーム側面との隙間(すきま)について、0.35ないし0.55ミリとするよう取扱説明書に記載し、また、ノックピン穴の加工を行う際、連接棒本体と同キャップとの段差を0.05ミリ以下とするよう製作図に指示していた。
祿剛丸は、平成12年9月5日第3回定期検査工事のため、石川県七尾市の造船所に入渠し、機関の販売・修理に携わり、同船の竣工時以来、保守整備を請け負っていた指定海難関係人Y西日本株式会社北陸支店北陸東部営業所(以下「Y北陸東部営業所」という。)により、主機の全般的な開放整備が行われた。
Y北陸東部営業所は、主機全シリンダのピストン抜出しを行い、当初から工事仕様に盛り込まれていた連接棒の変形修整を、連接棒やクランク軸など機関部品の計測、検査及び修理に携わる指定海難関係人株式会社M技研サービス(以下「M技研サービス」という。)に依頼した。
M技研サービスは、9月9日自社で定める作業手順に基づいて全シリンダの連接棒大端部の変形修整を行うに当たり、連接棒キャップのノックピンを抜き出した際、2番及び6番シリンダを含む複数のシリンダにおいて、同ピンを折損し、ピン穴に折れ込んだ同ピンの抜出しに小型グラインダを使用したとき、2番及び6番シリンダのピン穴を深く削り込んだことから、セレーション合わせ面のすり合わせ後、新替えした同ピンの出代が設計値よりも小さくなり、同キャップの正確な位置決めが不能となる状況となったが、自社独自の方法による同キャップのずれの計測を行ったのみで、同大端部合わせ部に生じた段差の許容値について、機関メーカーに照会して製作図を取り寄せるなどの調査を行わないまま、修理を終え、翌10日Y北陸東部営業所に納品した。
Y北陸東部営業所は、ピストンを挿入して連接棒大端部の復旧に当たり、各シリンダの連接棒キャップを同本体と結合したところ、2番及び6番シリンダの同キャップにずれを生じ、同大端部とクランクアーム側面との隙間が過少となり、2番シリンダにおいて、運転中に接触するおそれのある状況となっていたが、同大端部が船首尾方向に可動することを点検したのみで、同隙間の計測を行わないまま、復旧を完了し、試運転後、クランク室内を触診したものの異状を認めず、9月28日検査工事を終了した。
祿剛丸は、その後、全速力時の主機回転数を毎分1,300として月当たり120ないし130時間の運転が続けられるうち、ピストン及び連接棒に作用する慣性力の影響で同大端部が変形したことにより、2番シリンダ同キャップのずれが拡大し、同キャップと船首側クランクアーム側面とが強く接触するようになり、このときに生じた摩擦熱で同アームが局部的に硬化し、同部に繰り返し作用する曲げ及びねじり応力により、ピンとの隅肉部(すみにくぶ)の上方に亀裂(きれつ)を生じ、これが進展する状況となっていた。
こうして、祿剛丸は、5人が乗り組み、調査員1人を便乗させ、海洋観測を行う目的で、平成13年9月3日09時00分能登半島東方沖合に向け、石川県宇出津(うしつ)港を発し、同時45分ごろ観測海域に至って業務を開始し、主機を回転数毎分1,290プロペラ翼角26度として観測定点間を移動中、2番シリンダ船首側クランクアームが折損し、11時20分能登赤埼灯台から真方位105度4.9海里の地点において、主機が大音響を発し、船体振動が増大した。
当時、天候は曇で風力3の西風が吹き、海上は穏やかであった。
祿剛丸は、観測業務を取りやめ、主機を低負荷運転として宇出津港に帰港し、9月4日七尾市の造船所に曳航されて主機を開放点検した結果、2番シリンダにおいて、船首側クランクアームの折損、クランクピン軸受メタルの焼損及びシリンダライナとピストンとの強い当たりの生じていることがそれぞれ判明し、それらを新替えしたのち、さらに2番及び6番シリンダの連接棒を新替えする修理を行った。
Y北陸東部営業所は、連接棒キャップが正規の位置からずれ、同大端部とクランクアーム側面との隙間の減少したことがクランクアーム折損の原因と判明したことから、今後は同大端部の復旧時に、機関メーカーの規定する同大端部とクランクアーム側面との間隙計測を実施するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
M技研サービスは、本件後、機関メーカーから連接棒製作図を取り寄せ、連接棒の変形修整を行う際、同大端部合わせ部の段差がメーカーの許容値以下にあることを点検するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(原因)
本件機関損傷は、整備業者が、主機の整備を行った際、連接棒大端部とクランクアーム側面との間隙確認が不十分であったことと、機関部品修理業者が、連接棒の変形修整を行った際、連接棒大端部合わせ部に生じた段差の許容値について、調査が不十分であったこととにより、連接棒キャップが正規の位置からずれた状態で復旧され、同キャップとクランクアーム側面とが接触するまま運転が続けられ、クランクアームが加熱され硬化したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
Y北陸東部営業所が、主機の整備を行った際、連接棒大端部とクランクアーム側面との間隙確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
Y北陸東部営業所に対しては、本件後、連接棒大端部の復旧に当たり、機関メーカーの規定する同大端部とクランクアーム側面との間隙計測を実施するなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
M技研サービスが、連接棒の変形修整を行った際、連接棒大端部合わせ部に生じた段差の許容値について、調査が不十分で、連接棒キャップのずれを生じさせたことは、本件発生の原因となる。
M技研サービスに対しては、本件後、連接棒大端部合わせ部の段差が機関メーカーの許容値以下にあることを点検するなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。