(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年2月13日04時20分
京浜港横浜区
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船第一朝朋丸 |
総トン数 |
143トン |
全長 |
40.83メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
330キロワット |
回転数 |
毎分420 |
3 事実の経過
第一朝朋丸(以下「朝朋丸」という。)は、昭和63年9月に進水した鋼製油送船で、主に千葉港内の製油所から京浜港東京区の油槽所に向けてガソリン、軽油等の運搬に従事し、主機として住吉マリンディーゼル株式会社が製造したS 623 TS型と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、直列配置のシリンダに船首側から順に番号が付され、鋳鉄製シリンダヘッド及び同製ピストンと、摺動面(しゅうどうめん)にクロムメッキを施されたシリンダライナで燃焼室が構成され、クラッチ付逆転機を介してプロペラを駆動するようになっていた。
主機の冷却は、清水による間接冷却方式で、冷却水としての清水が冷却水ポンプで送り出され、各シリンダライナ周囲からシリンダヘッドを順次冷却したのち、冷却器を通して海水に放熱し、再び同ポンプに戻るよう循環するもので、主機の取扱説明書には、間接冷却のとき主機出口温度を摂氏70度(以下、温度は摂氏のものとする。)にするよう記述されていた。また、冷却器の入口部に温度調整弁(以下「温調弁」という。)が装備され、ワックスの膨張・収縮の性質を利用して冷却器通過またはバイパスの量を制御して、主機から戻る冷却水温度が63度から71度の範囲内に制御されるようになっていたが、同弁の設定ハンドルを手動にすると、全量が冷却器を通過する弁位置に固定されるようになっていた。
主機は、平成13年から一時的に海水による直接冷却方式に改造され、冷却器を系統から外して運転されていたところ、翌14年1月初旬にA受審人が機関長として乗船したのち、同人の提案で再び清水による間接冷却方式に配管が組み替えられ、同年2月4日に清水が冷却水として充填(じゅうてん)された。
ところで、主機の冷却器入口の温調弁は、冷却水配管の組み替えが行われたときから、手動で全量冷却器を通過する弁位置に固定されており、海水温度の低い冬季にはシリンダライナ側の温度が極端に低くなり、出港後の増速時にピストンとの温度差が大きくなる状況となっていた。
A受審人は、主機冷却水配管の組み替え後、数度にわたり清水の入れ替えを行い、防錆剤を投入するなど、それまで海水が充填されていた配管内の水質に注意しながら運転を行ううち、冷却水温度が低いことを認めたが、そのまま運転しても特に問題が生じなかったので大丈夫と思い、設定ハンドルの位置を確認して自動にするなど、温調弁を適切に設定することなく、主機の運転を続けた。
朝朋丸は、同年2月13日03時50分外気温度が2度を下回り、海水温度が8度という状況のもと、主機が始動され、クラッチ中立のまま回転数毎分230(以下、回転数は毎分のものとする。)とされたが、A受審人が主機冷却水温度を確認しないまま、同時52分ごろ機関室を離れて船尾配置に就いた。
こうして、朝朋丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、空倉のまま、船首0.6メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、04時00分主機を300回転にかけて京浜港横浜区第3区の係船所を出港し、積荷の目的で、千葉港葛南区に向かい、04時10分主機を365回転の全速力に増速したところ、膨張した主機のピストンが異状に低い温度に冷却されたシリンダライナとのすき間が過小となって金属接触し、04時20分鶴見信号所から真方位302度320メートルの地点で、主機の回転数が低下し、まもなく自停した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、ただちに機関室に入って主機を点検し、シリンダヘッド周辺の過熱や、クランクケースの潤滑油量、燃料制御装置の動きなどに不具合が見出せず、シリンダ出口の冷却水温度が20度と極めて低く、クランクケースを開放してピストンスカートにたて傷を生じていることを認めた。
朝朋丸は、主機を再始動して極微速力にかけ、京浜港川崎区の修理業者の工場まで自航し、精査の結果、主機1番及び3番シリンダのピストンとシリンダライナが損傷して異常摩耗しているのが分かり、のち損傷したピストン、シリンダライナ等が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却水の温調弁の設定が不適切で、冬季、冷却水が全量冷却器を通る弁位置に固定され、異状に低い温度で冷却されたまま主機が全速力で運転されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たり、冷却方式を変更したのち、運転中に冷却水温度が低いことを認めた場合、設定ハンドルの位置を確認して自動にするなど、温調弁を適切に設定すべき注意義務があった。しかし、同人は、そのまま運転しても特に問題が生じなかったので大丈夫と思い、温調弁を適切に設定しなかった職務上の過失により、冷却水温度が低いまま主機が全速力まで増速され、膨張したピストンが異状に低い温度に冷却されたシリンダライナと金属接触する事態を招き、ピストン、シリンダライナを損傷させるに至った。