(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月31日04時55分
京浜港川崎区
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船第十福祐丸 |
総トン数 |
173.95トン |
全長 |
35.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
235キロワット |
回転数 |
毎分420 |
3 事実の経過
第十福祐丸(以下「福祐丸」という。)は、昭和56年10月に進水し、京浜地区及び千葉地区の石油精製基地から埼玉県の中川上流の油槽所にガソリン、灯油、軽油等を日帰りで運搬する油送船で、主機として株式会社松井鉄工所が製造した、MU623CGS-6型と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、一体鋳造のシリンダブロックにシリンダライナを挿入してシリンダヘッドを載せ、シリンダヘッドには弁箱形式の吸気弁及び排気弁を取り付けた構造で、出力軸から油圧式逆転クラッチを介してプロペラ軸を、船首側の動力取出軸からエアクラッチを介して貨油ポンプをそれぞれ駆動していた。また、シリンダブロックの船尾側に排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を備え、各シリンダには船首側から順に1番から6番まで番号を付していた。
主機の冷却水系統は、清水を冷却水とする間接冷却方式をとり、冷却器で海水と熱交換した冷却水が冷却水ポンプで加圧され、主機の各シリンダライナ周囲及びシリンダヘッドと過給機の冷却ジャケットに入り、冷却を終えたものがシリンダヘッド上部の出口集合管に合流し、再び冷却器に戻るもので、系統全体の温度変化による膨張・収縮の吸収と冷却水の漏えい分を補うために、容量600リットルの膨張タンクが機関室左舷側に配置され、同タンク底部から同ポンプ吸込部に予圧し、同時に出口集合管から空気分を排除するよう同タンクと配管が接続されていた。
過給機は、石川島汎用機械株式会社が製造し、VTR160型と呼称するもので、単段遠心ブロワと単段軸流タービンからなり、排気入口ケーシング及びタービンケーシングに冷却ジャケットを有する構造で、平成3年に両ケーシングが取り替えられたのち継続使用されており、2年毎の検査時期に開放され、水圧テストを行うなど整備・点検を受けていた。
A受審人は、同12年3月から機関長として乗船し、機関の運転と整備全般に従事していたもので、主機の冷却水ポンプのグランド部から冷却水が漏れているのを認め、グランドを締め付け過ぎてポンプ軸が過熱することのないよう、一定量が滴下する状況を保ちながら、減少した冷却水を不定期的に補給していた。また、各運航日の運転を終わって主機を停止した後、エアランニングを行うのが1週間に一度程度で、翌日主機を始動する際には必ずしも指圧器弁を開いてエアランニングを行っていなかった。
主機は、同14年1月、冷却水ポンプのグランド部の漏水に加えて、かねてから肉厚が減少していた過給機の両ケーシングの一部に破孔を生じ、冷却水がわずかに排気集合管に漏れるようになったが、漏えい量が少ない間は排気ガスによる温度で冷却水が蒸発し、膨張タンクの水量も補給によって保たれていた。
福祐丸は、同年1月30日午後、京浜港川崎区の製油所でガソリンを積載し、同日13時40分同区第1区浮島の多摩川係船所に戻り、まもなく主機が停止されたが、主機のエアランニングが行われないまま機関終了の作業が行われ、係留されているうち、破孔が大きくなった過給機の両ケーシングから冷却水が漏れ出て排気集合管に流入し、更に排気弁が開いた状態の主機各シリンダに冷却水が滞留する状況となった。
A受審人は、翌31日04時45分出港に備えて機関室に入り、船底弁を開いたうえ主機の潤滑油量を確認するなど始動準備を始めたが、それまで不定期ながら冷却水を補給し、ターニングとエアランニングを1週間に一度の頻度で行っていたので大丈夫と思い、膨張タンクの液面が異状に低下していないか点検し、主機各シリンダの指圧器弁を開いてターニングするなど、安全確認を十分に行うことなく、主機の始動作業に取りかかった。
こうして、福祐丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、喫水不詳のまま、ガソリン350キロリットルを積んで出港するため、同人が始動ハンドルを操作して主機に始動空気を送り込んだところ、04時55分川崎北防波堤灯台から真方位346度1.6海里の地点で、主機の1番シリンダのピストンが冷却水を挟撃し、大音響を発して同シリンダ排気弁箱が突き上げられ、同弁頭部がシリンダヘッドカバーを突き破った。
当時、天候は曇で風力4の北北西風が吹いていた。
A受審人は、主機の指圧器弁を開いて1番及び2番シリンダから多量の水が流出し、膨張タンクの液面が半分ほどに減少しているのを認めて過給機の冷却ジャケットから冷却水が漏れたと判断し、主機が運転不能となったことを船長に説明した。
福祐丸は、運航を取り止めて、ただちに主機の修理が行われ、損傷した1番シリンダの排気弁、折損した排気弁腕、破孔した過給機両ケーシングなどが取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機始動前の安全確認が不十分で、停泊中、経年変化で衰耗した過給機ケーシングが破孔し、排気集合管経由で流入した冷却水がシリンダ内に滞留したまま、主機が始動されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、出港前に主機を始動する場合、停泊中にシリンダ内に滞留した水などをピストンが挟撃しないよう、冷却水膨張タンクの液面が異状に低下していないか点検し、指圧器弁を開いてターニングするなど、主機始動前の安全確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、それまで不定期ながら冷却水を補給し、ターニングとエアランニングを1週間に一度の頻度で行っていたので大丈夫と思い、主機始動前の安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により、冷却水が系統内から減少しているのを見過ごし、かつ指圧器弁を開いてターニングしないまま主機を始動し、ピストンがシリンダ内に滞留していた冷却水を挟撃する事態を招き、主機が運転不能となる損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。