(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月3日14時20分
広島湾 大黒神島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボート和正丸 |
登録長 |
6.31メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
62キロワット |
回転数 |
毎分4,360 |
3 事実の経過
和正丸は、平成13年1月に建造された、船内外機を装備するFRP製プレジャーボートで、一層甲板の船体中央部にキャビンと操縦スタンドを配置し、キャビンの船尾側に活魚倉及びヒンジ付きハッチが被せられた機関室がそれぞれ配置されていた。
船内外機は、スウェーデン王国ボルボ・ペンタ社が製造したTAMD22P-B型ディーゼル機関を主機とし、同社製のSX-MTD型アウトドライブを連結したもので、船内側の主機後部出力軸が、トランサムに取り付けられたトランサムシールドと称するアルミニウム製金物を貫通する、ユニバーサルジョイントを介してプロペラ駆動軸に接続しており、同ジョイントが海水にさらされないよう、同シールドと上部ギヤケース側のトリムボックスとの間にゴム製ベローズが装着されていた。
ところで、アウトドライブは、前進航行中に浅瀬に乗り揚げたり、水中の障害物に衝突した際には、自動的にキックアップして保護する機能を有しているものの、航行速力や接触状況によっては損傷しているおそれがあることから、駆動軸系やプロペラについて振動や異音の発生に注意し、帰港後には上架のうえ損傷の有無を点検するよう取扱説明書に記載されていた。
A受審人は、同年3月に和正丸を購入して広島県玖波漁港を定係地とし、週末に日帰りで釣りなどに出かける目的で運航しているもので、主機を1箇月当たり約15時間運転し、船内外機については、取扱説明書に従った出航前の点検及び運転操作を行い、不具合が生じたときなどには購入先の有限会社岩国マリーナ(以下「マリーナ」という。)で整備してもらうようにしていた。
そして、A受審人は、同14年4月29日に同県厳島の南端、革篭埼の東側海岸付近で投錨して釣りをしていたところ、南西風が強くなって錨が引けたので、急いで主機を始動して前進にかけたとき、アウトドライブが浅礁に衝突したものか、衝撃を感じるとともに同ドライブで異音を発したが、長く続かなかったことから岩を擦った程度だと思い、その後マリーナに依頼するなどして、上架のうえ同ドライブの損傷の有無を点検しないまま帰港したので、ユニバーサルジョイントに曲がりと亀裂を生じたうえ、ベローズが破損して内部に海水が浸入する状況になっていることに気付かなかった。
こうして、和正丸は、A受審人が単独で乗り組み、船首及び船尾とも0.3メートルの喫水をもって、翌月3日06時30分玖波漁港を発し、主機を回転数毎分3,700まで増速して厳島南西沖を航行中、アウトドライブで振動と異音を生じたのでいったん減速して同受審人が機関室内部を覗いたものの、トランサム付近を詳しく点検せず、同室への浸水はないので再び主機を増速して最初の目的地である同県甲島に向かった。
A受審人は、ライフジャケットを着用のうえ、07時過ぎから10時30分ごろまで甲島沖で投錨して釣りを行ったのち、同県大黒神島西岸に移動して釣りを続けたが、釣果も多くなかったので14時10分再び主機を始動して定係地に向けて帰航を開始したところ、和正丸は、海水によって亀裂部分の腐食が進行していたユニバーサルジョイントが腕部で折損して振れ回り、14時20分安芸白石灯標から真方位082度600メートルの地点において、大音響を発するとともに主機が自停した。
当時、天候は晴で風力3の南南西風が吹き、海上は穏やかであった。
和正丸は、振れ回ったユニバーサルジョイントがトランサムシールドの貫通部を削ったために、機関室に海水が浸入し始め、まもなくA受審人が機関室ハッチを開けて主機の下半分まで浸水しているのを認め、マリーナや自宅に電話をしながら船首側に避難していたところ、船尾側が浮力を失って転覆した。
A受審人は、転覆した船首スペースに被われた状態で浮いていたところ、付近を航行していたプレジャーボートからの呼びかけを聞き、ライフジャケットなどを脱いで船体下から外側に脱出し、同ボートに救助された。
和正丸は、救援艇によってマリーナに引きつけられ、その後上架してアウトドライブの損傷部品を取替え、濡損した電気装置を新替えするなどして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機を前進にかけて船内外機のアウトドライブに異音を生じた際、損傷の有無の点検が不十分で、ユニバーサルジョイントに亀裂などを生じたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、広島県厳島南端の海岸付近で錨泊中、風で錨が引けて主機を前進にかけた際に船内外機のアウトドライブで異音が発したのを認めた場合、帰港後整備業者に依頼するなどしてアウトドライブの損傷の有無を点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、異音が長く続かなかったことから岩を擦った程度だと思い、アウトドライブの損傷の有無を点検しなかった職務上の過失により、ユニバーサルジョイントに亀裂などを生じたうえ、ベローズが破損して同ジョイント部に海水が浸入していることに気付かず、4日後釣りを終えて帰航中、亀裂部分の腐食が進行した同ジョイントの折損を招き、運転不能となったのち貫通部が削られたトランサムシールドから機関室へ浸水して和正丸を転覆させるに至った。