(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月13日15時20分
仙台塩釜港塩釜区松島湾口
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボート吉号 |
登録長 |
6.79メートル |
幅 |
2.57メートル |
深さ |
1.31メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
128キロワット |
3 事実の経過
(1)吉号
吉号は、平成元年8月に竣工したFRP製プレジャーボートで、船体前半部の上甲板下に船首から順に倉庫、船室が設けられ、同室天井に脱出用ハッチを備え、同室後部からほぼ船尾までの上甲板が少し低くなってコックピットを形成し、その前半部に後壁のない操舵室があり、同室前部右舷側に操縦台と操縦席が、同左舷側に船室へ通じる外開き扉が、天井頂部に航海灯を取り付けたマストがそれぞれ備えられており、コックピット舷端の水面上高さが約0.5メートルであり、船尾部が燃料タンク等を格納する物入れとされ、船尾端中央に船外機が装備されていた。
(2)仙台塩釜港の地勢
宮城県仙台塩釜港は、港区が宮城県七ケ浜町の保ケ埼を境に南側が仙台区、北側が塩釜区とされ、同町西側に南北にわたって設けられた貞山堀によって両区が内陸において通じており、プレジャーボート等の通航が可能であったが、吉号においては、同堀に架設された橋のうち、同堀の南口から2番目の橋の橋桁と同船のマストとの高さの関係で、干潮を挟んでおおむね前後各1時間程度の時間帯しか通航できなかった。
(3)転覆地点付近の水域
転覆地点付近は、塩釜区の松島湾口に近く、東北電力仙台火力発電所の東岸に沿って沖合200メートルないし300メートルの範囲が水深3メートル以下で、そこから沖側約1海里の範囲が、水深4メートルないし5メートルとなっていて、その沖側に水深3メートル以下の高島根などが散在し、更に沖側に至ると10メートル以上の水深となり、高島根から陸岸までの浅礁域(以下「浅礁域」という。)では、うねりなどが寄せると、磯波が発生しやすかった。
(4)受審人A
A受審人は、タクシー会社勤務の傍ら、海釣りに親しみ、平成9年4月四級小型船舶操縦士の免状を取得して同11年吉号を購入し、松島湾や仙台塩釜港南東沖合の大根などで同号を使用しており、浅礁域では、沖合からうねりなどが寄せると磯波が発生しやすいことを知っていた。
(5)本件発生に至る経緯
吉号は、A受審人が1人で乗り組み、友人とその息子の計2人を乗せ、はぜ釣りの目的で、船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって、平成14年10月13日07時20分貞山堀に合流する砂押川の念仏橋右岸端付近の係留場所を発し、潮候の関係で同堀が通航できなかったので、仙台区から保ケ埼沖経由で松島湾に向かった。
A受審人は、前日の夜、ラジオで、本州南東海上はるか沖合を台風22号が北東進中であるから船舶は波浪に注意するようにとの気象情報を得ており、保ケ埼沖を航過後、花淵埼の沖で少しの間釣りを試みたが釣果がないのですぐにその場を離れ、浅礁域のほぼ中央を北上中、沖合から寄せるうねりが高島根で少し高まっているのを認めたとき、そのうねりは台風の影響であると判断した。
A受審人は、塩釜区の航路に途中から入って西行し、松島湾口にある馬放島付近のポイントであたりを探ったのち、10時30分ごろ湾内の目的の釣り場に至ってはぜ釣りを開始し、更に場所をいくつか移動しながら釣りに興じ、12時ごろ昼食をとるため貞山堀北口付近にあたる、地蔵島灯台から244度(真方位、以下同じ。)2,700メートルの地点に錨泊した。
A受審人は、錨泊したまま午後も釣りを続け、予定した帰航時刻となったので帰航することとしたが、発航前に簡易潮汐表で潮候を調べていたものの、両岸の水位を見て思ったより潮位が下がっていないことに気付き、先に帰った知人に電話で貞山堀の南口から2番目の橋の様子を問い合わせたところ、通航が難しかったので、同堀経由を取りやめて保ケ埼沖を経て帰ることとし、15時10分抜錨して錨泊地点を発進した。
15時14分少し前A受審人は、地蔵島灯台から265度1,580メートルの地点で航路に入航し、針路を航路に沿う086度に定め、機関をほぼ微速力前進にかけ、12.0ノットの対地速力で進行した。
15時17分少し過ぎA受審人は、地蔵島灯台から262度380メートルの地点に至ったとき、燃料タンクの残量が気になっていたこともあって陸岸に寄せて航行することとし、針路を104度に転じて続航したところ、前方の高島根を含めその手前の浅礁域でも午前中通航したときよりも波浪が高まっていることを認め、少し不安を感じたが、それほど高い波には見えなかったので、何とか行けるものと思い、磯波の危険性に配慮せず、浅礁域の航行を取りやめることなく進行した。
15時19分A受審人は、地蔵島灯台から127度380メートルの地点に至って、針路を東北電力仙台火力発電所の東岸に寄せる116度に転じ、まもなく浅礁域に入ったところ、磯波が次々に左舷方から押し寄せる状態となり、続航することに危険を感じ、引き返すため減速して右舵をとったとき、突然来襲した高さ約3メートルの船幅を超える磯波の波面にあおられ、15時20分吉号は、地蔵島灯台から120度760メートルの地点において、右舷側に大傾斜して復原力を喪失し、船首が142度に向いて転覆した。
当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、転覆地点付近には台風のうねりによる磯波があった。
転覆の結果、釣りの途中から全員救命胴衣を脱いだままであった吉号の乗船者は、A受審人と友人の息子が船室に閉じ込められたが、同受審人が友人の息子に救命胴衣を着用させて出入口扉から脱出させ、同受審人もしばらくして脱出用ハッチから逃れて自力で海岸に泳ぎ着き、一方、海中に投げ出された友人は、吉号の船底にはい上がり、その後船内から脱出してきた息子とともに船底上にいたところを通りかかった釣り船に救助された。
また、吉号は、転覆後、100メートルばかり海岸寄りに圧流され、浸水して沈没し、大破した。
(原因)
本件転覆は、仙台塩釜港塩釜区の松島湾における釣りを終え、湾外の浅礁域が台風のうねりにより波浪が高まっている状況下、同港仙台区奥の係留地に帰航するにあたり、磯波に対する配慮が不十分で、浅礁域の航行を取りやめることなく進行し、船幅を超える磯波を左舷方から受け、大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、仙台塩釜港塩釜区の松島湾における釣りを終えて同港仙台区奥の係留地に帰航するにあたり、湾口付近に至って湾外の浅礁域が台風のうねりにより波浪が高まっているのを認めた場合、同域では磯波が発生しやすいことを知っていたのであるから、浅礁域の航行を取りやめるべき注意義務があった。しかるに同人は、何とか行けるものと思い、浅礁域の航行を取りやめなかった職務上の過失により、そのまま進行して船幅を超える磯波を左舷方から受け、転覆して吉号を大破させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。