(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年11月11日15時24分
千葉県房総半島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船千祥丸 |
漁船むさし丸 |
総トン数 |
2,983トン |
4.31トン |
全長 |
105.04メートル |
13.20メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,089キロワット |
235キロワット |
3 事実の経過
千祥丸は、船尾船橋型の鋼製油送船で、船長S及びA指定海難関係人ほか8人が乗り組み、ガソリン等約5,000キロリットルを積載し、船首5.49メートル船尾6.37メートルの喫水をもって、平成13年11月10日22時10分三重県四日市港を発し、新潟県新潟港に向かった。
ところで、S船長は、原則として昼間の通常時間帯の船橋当直を自ら、一等航海士及び当直部員(甲板)の認定を受けたA指定海難関係人による4時間交替の単独3直制とし、船橋の3箇所に「航海当直者の心得」と称する文書を掲示し、かつ、同文書内容に関連して普段から航海当直者に対し、見張りを十分に、避航動作を適切に行うなど適宜指示していた。
翌11日11時30分A指定海難関係人は、千葉県野島埼南西方沖合で航海当直に就いて北上中、14時26分勝浦灯台から147度(真方位、以下同じ。)11.1海里の地点に達したとき、針路を032度に定め、機関を全速力前進にかけ、12.6ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で自動操舵により進行した。
A指定海難関係人は、15時12分半勝浦灯台から096度11.2海里の地点で、右舷船首35度4.8海里に、船舶のレーダー映像を初めて認めたものの、視界良好で特に気に留めず、その後同映像の系統的観察などを行わなかった。
15時19分A指定海難関係人は、勝浦灯台から089度12.0海里の地点で、右舷船首35度2.0海里に西行中のむさし丸を初めて視認したが、同船のヨーイング中の左転状況を一見し、自船の船尾方に向け転針したものと思い、その後衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう、むさし丸の動静監視を十分に行わなかったので、同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、速やかに右転するなど同船の進路を避けずに続航した。
こうして、A指定海難関係人は、むさし丸から目を離し船橋前面中央部付近に立ち前方を向いた姿勢で進行中、15時24分わずか前右舷船首至近に迫ったむさし丸が目に入り、ようやく衝突の危険を感じ、急ぎ手動操舵に切り替え右舵一杯としたが及ばず、15時24分勝浦灯台から085度12.6海里の地点において、千祥丸は、原針路原速力のまま、その右舷船首部に、むさし丸の船首部が前方から63度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力4の北北東風が吹き、波高約2メートルのうねりがあり、視界は良好であった。
また、むさし丸は、一本釣り漁業などに従事するFRP製漁船で、B受審人ほか1人が乗り組み、いか釣り漁の目的で、船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同月11日05時20分千葉県岩和田漁港を発し、同漁港東方沖合の漁場に向かった。
B受審人は、漁場に至って操業後、14時40分勝浦灯台から090度24.0海里の地点を発進して帰途に就き、同時に針路を275度に定め、機関を全速力前進にかけ、15.5ノットの速力で自動操舵により進行した。
B受審人は、レーダーを3海里レンジとし、操舵室の椅子用板に腰をかけて前方を向き航海当直中、視界良好の下レーダーによる見張りに気を留めなかったので、その後千祥丸のレーダー映像を探知しないまま進行した。
15時19分B受審人は、勝浦灯台から086.5度13.8海里の地点に達したとき、左舷船首28度2.0海里に北上中の千祥丸を認め得る状況であったが、前路に航行の支障となる大型船はいないものと思い、左舷側の見張りを十分に行うことなく、千祥丸が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かなかった。
こうして、B受審人は、レーダー画面からも目を離し椅子用板に腰をかけた姿勢で弁当を取り出し、昼食に気を取られ、警告信号を行うことも、同船が間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとることもせず、右舷側を向き昼食を終えて間もなく、原針路原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、千祥丸は右舷船首部等に擦過傷を生じ、むさし丸は船首部を圧壊したがのち修理され、同船の甲板員が右大腿打撲の軽症を負った。
(航法の適用等)
1 航 法
本件は、千葉県房総半島東方沖合において、視界良好の状況下、北上中の千祥丸と西行中のむさし丸が衝突したものであるが、衝突三角形の形状のほか諸条件を総合すると、海上衝突予防法(以下「法」という。)第15条の横切り船の定型航法を適用して律するのは明白である。
すなわち、千祥丸は法第16条の避航船に、むさし丸は法第17条の保持船に相当する。
したがって、本件では、千祥丸はむさし丸の進路を避けなければならず、一方、むさし丸は進路速力を保持し、法第34条第5項による警告信号を適宜行うほか、千祥丸と間近に接近したとき、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなくてはならなかったものである。
2 関係人指定
関係人の指定は理事官の専権事項であるが、本件の千祥丸側関係人は、A指定海難関係人のみで、船長は受審人として指定されていない。この点について、理事官意見のなかでは、「千祥丸側受審人等指定についての考察」と題する項を起こし、次の諸点を抽出のうえ勘案し、同指定海難関係人の指定に留めた理由を整理して論述している。
(1)A指定海難関係人は、船員手帳に航海当直部員の認印を受けている。
(2)航海当直部員の職務は、船員法施行規則により、船位、針路、速力の測定、見張りに関する情報の収集と解析及び船舶操縦などが規定されている。
(3)本件は、高度な操船技量を必要とするなどの特殊な状況下で発生していない。
(4)船長は、航海当直者として、過去の経験などからA指定海難関係人をふさわしいと判断していたもので、同判断に瑕疵はない。
(5)船長は、航海当直者に対し、船橋に「航海当直者の心得」を掲示しており、同掲示内容に関して適宜指示するなり指導していた。
これまで、同種の指定海難関係人と船長とを関係人に指定してきた経緯の存在を認識したうえで、以上を勘案すれば、本件は、船長の航海当直者に対する指示・指導不十分をもって、船長を関係人に指定するまでに至らないとし、A指定海難関係人の指定のみに止めたものである。ただし、船長の指示なり指導が徹底していたか否かに的を当てると、いわゆる白か黒か二者択一の間に、グレイゾーンがあって、判定結果に幅を与えるから、海難原因を幅広く追求する観点からして、本件は、これまでに船長を関係人に指定してきた各事例を全面否定しているものではない。
(原因)
本件衝突は、千葉県房総半島東方沖合において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、北上中の千祥丸が、動静監視不十分で、前路を左方に横切るむさし丸の進路を避けなかったことによって発生したが、西行中のむさし丸が、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
B受審人は、千葉県房総半島東方沖合を西行中、航海当直に当たる場合、北上中の千祥丸を見落とさないよう、左舷側の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、前路に航行の支障となる大型船はいないものと思い、操舵室の椅子用板に腰をかけたまま、昼食に気を取られ、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、衝突を避けるための協力動作をとらずに進行して衝突を招き、千祥丸右舷外板に擦過傷を生じさせ、むさし丸の船首部を圧壊させ、同船の甲板員に右大腿部打撲の軽症を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A指定海難関係人が、千葉県房総半島東方沖合を北上中、航海当直に当たり、右舷船首方にむさし丸を認めた際、衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう、その後同船の動静監視を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。