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平成14年第二審第37号
件名

プレジャーボート彩プレジャーボートサンケイダッククラブII衝突事件[原審横浜]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年6月19日

審判庁区分
高等海難審判庁(山崎重勝、東 晴二、山田豊三郎、佐和 明、吉澤和彦)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:彩船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:サンケイダッククラブII船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
彩・・・・・・船首部及び左舷後部船底外板に擦過傷
同乗者1人が右手関節打撲等
サンケイ・・・右舷側ブルワーク、操舵スタンド及び後部物入れを圧壊し、 転覆、のち廃船
船長の長男が溺死、船長と同乗者1人が右肋骨骨折

原因
彩・・・・・・見張り不十分、横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
サンケイ・・・注意喚起信号不履行、横切りの航法(協力動作)不遵守(一因)

二審請求者
補佐人田川俊一、同村上 誠

主文

  本件衝突は、彩が、見張り不十分で、前路を左方に横切るサンケイダッククラブIIの進路を避けなかったことによって発生したが、サンケイダッククラブIIが、有効な音響により注意を喚起する信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年4月15日06時15分
 京浜港川崎区 

2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボート彩 プレジャーボートサンケイ
    ダッククラブII
全長 8.17メートル 7.44メートル
2.86メートル 1.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 154キロワット 47キロワット

3 事実の経過
(1)彩
 彩は、平成2年11月に進水したFRP製プレジャーボートで、船内外機2機を備え、船体中央部に操舵室を有していた。
 操舵室は、長さ3.33メートル、幅2.18メートル及び床面からの高さ1.90メートルで、船室を兼ね、右舷側に操舵スタンドと操縦席、左舷側にソファー、洗面台、テーブルなどがあり、水面上の高さ約3メートルの操舵室上の暴露甲板が、操舵スタンドと操縦席を備えたフライングブリッジとなっていた。
 操舵室の周壁は、後壁を除いた上半部が、窓枠によって前壁の窓が2分割、両舷側の窓がそれぞれ3分割されたガラス窓となっており、後壁の右舷側に引戸式の出入口、左舷側にフライングブリッジに上るための垂直はしごが備えられていた。
 また、前部甲板には、舷側に沿ってハンドレールが設けられ、船首端から後方約2メートルの右舷側に、長さ59センチメートル直径19センチメートルの円筒型防舷物(以下「フェンダー」という。)を縦に2個格納できる、パイプ製の格納台がそれぞれ備えられていた。
 ところで、操舵室における前方見通しは、操縦席に座った姿勢で、発進直後の増速中には船首が浮上して前方の水平線が見えず、約17ノットの滑走状態になると水平線を見ることができるものの、右舷側にフェンダーが格納された状態では、同室前壁右舷端の窓枠と同フェンダーとにより、正船首の右舷側約15度から35度までの範囲に死角が生じ、この死角は操縦席から立ち上がって上体を左右に移動しても解消されない状況であった。
(2)サンケイダッククラブII
 サンケイダッククラブII(以下「サンケイ」という。)は、和船型FRP製プレジャーボートで、操舵室がなく、船首部甲板下に物入れ、船体中央に操舵スタンドが設けられ、船尾端に船外機が装備されており、同スタンドの後方に立った姿勢では全周に死角を生じることはなかった。
(3)受審人A
 A受審人は、会社経営者で、平成11年4月四級小型船舶操縦士の免状を取得すると、プレジャーボートを購入してダム湖などで使用し、平成12年9月一級小型船舶操縦士の免状を取得した後、ボートの買い換えを行って東京湾での海釣りを行うようになり、同13年3月20日3隻目にあたる彩を購入し、本件発生まで2回の航海を行い、いずれの航海もフライングブリッジで操縦にあたっていた。
(4)受審人B
 B受審人は、会社経営者で、昭和63年3月一級小型船舶操縦士の免状を取得してからプレジャーボートを所有するようになり、平成4年釣り愛好家の集まりであるサンケイダッククラブに入会し、同9年サンケイを購入して主に東京湾における海釣りに使用していた。
(5)衝突地点付近の海域
 衝突地点付近は、川崎航路の東方で、東側の東京湾アクアラインの風の塔と西側の東扇島及び浮島とに挟まれた西水路にあたり、時間帯によっては、同水路の航行船や川崎航路の出入航船などで輻輳する海域であったが、本件当時は輻輳する状況ではなかった。
(6)本件発生に至る経緯
 彩は、A受審人が1人で乗り組み、友人4人を乗船させ、キス等を釣る目的で、船首0.15メートル船尾0.60メートルの喫水をもって、平成13年4月15日04時50分東京都葛飾区奥戸の新中川左岸の係留場所を発し、離岸後フェンダー2個を右舷側の格納台に収納し、旧江戸川河口から東京湾に出て、八景島東方沖合の釣り場に向かった。
 発航後、A受審人は、フライングブリッジで操縦にあたり、06時03分東京国際空港南東沖合に達したころ寒気を感じるようになり、周囲を一瞥したところ他船を認めなかったので、それまでの航海では操縦したことがなかった操舵室内で操縦することとし、機関を中立としてフライングブリッジから降橋した。
 06時05分A受審人は、操縦席に座って手動操舵により操縦にあたり、東京湾アクアライン風の塔灯(以下「風の塔灯」という。)から001度(真方位、以下同じ。)2.5海里の地点で、針路を200度に定めて機関を航海速力に増速し、17.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。同受審人は、進行中、右舷前方にフェンダー等による死角があることに初めて気付き、これが気になり、同時11分少し過ぎ機関を中立として惰力で続航し、操縦席から立ち上がってフェンダーの方を向いて上体を左右に移動したりしてみたが、他船を認めなかったので、同時13分着座して再び機関を航海速力に増速しながら、原針路のまま進行した。
 06時13分15秒A受審人は、風の塔灯から314度1,620メートルの地点で、速力が17.0ノットに達して船首方の水平線が見える滑走状態となったとき、フェンダー等の死角に入ったサンケイが右舷船首24度1,430メートルに存在し、その後前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で互いに接近する状況であったが、フライングブリッジを降りる際に周囲に船舶を認めなかった状況は変わっていないものと思い、フェンダーを取り外すなり、船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを行わなかったので、このことに気付かず、速やかに右転するなどして同船の進路を避けることなく続航した。
 06時14分57秒A受審人は、彩の船首のわずかな振れにより、フェンダーの陰から現れたサンケイの船首部を約30メートル前方に認め、驚いて咄嗟に右舵一杯をとったが及ばず、06時15分風の塔灯から280度1,500メートルの地点において、彩は、右回頭中の船首が260度を向き、ほぼ原速力のまま、その船首が、サンケイの右舷前部に前方から60度の角度で衝突して乗り切り、同船を転覆させた。
 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は上げ潮の末期にあたり、視界は良好であった。
 また、サンケイは、B受審人が1人で乗り組み、同人の長男と知人1人を乗船させ、スズキ釣りの目的で、船首0.12メートル船尾0.70メートルの喫水をもって、同日05時20分京浜港川崎区末広運河奥の係留場所を発し、大師運河、川崎航路を経て東燃扇島シーバース付近の釣り場に向かい、同時40分目的地に至って漂泊しながら釣りを試みたが、釣果がなかったので、東京湾アクアラインの風の塔北側付近に移動することとした。
 06時06分半B受審人は、東燃扇島シーバース東端付近の漂泊地点を発進し、同時07分半風の塔灯から264度2.4海里の地点で、針路を東京湾アクアラインの風の塔の少し北側に向く076度に定め、機関を全速力前進にかけ、12.9ノットの速力で、操舵スタンドの後方に立って手動操舵により進行した。
 06時12分B受審人は、左舷船首29度1.2海里に、前路を右方に横切る態勢の彩を初めて認め、その動静を見守っていたところ、同時13分15秒風の塔灯から273度2,150メートルの地点で、同船を左舷船首32度1,430メートルに見るようになり、その後方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたが、前路を右方に横切る彩がいずれ自船の進路を避けてくれるものと思い、笛などによる有効な音響により注意を喚起する信号を行わないまま続航した。
 B受審人は、06時14分45秒彩との船間距離が約200メートルに接近するに及んでも、同船に避航の気配がなく、同船の動作のみでは、衝突を避けることができない状況となったが、依然彩が避航動作をとってくれることに期待し、機関を後進にかけるなど衝突を避けるための協力動作をとることなく進行した。
 06時14分57秒B受審人は、彩が至近に迫ってようやく衝突の危険を感じ、笛を吹鳴するとともに左舵一杯をとり、続いて右当舵をとり、彩の針路と反方位の020度の針路となって機関を全速力後進に操作したが、サンケイは、速力が約4ノットとなったとき、前示のとおり衝突して転覆した。
 衝突の結果、彩は、船首部及び左舷後部船底外板にそれぞれ擦過傷を生じたほか、両舷ドライブユニットを破損したが、のち修理され、サンケイは、右舷側ブルワーク及び船首から船体中央部までの左舷外板を破損したほか、操舵スタンドなどを圧壊して転覆し、のち巡視艇により造船所に引き付けられたが廃船とされた。
 また、彩の同乗者1人が打撲傷を負い、サンケイの乗船者全員が海上に投げ出され、付近を航行中の遊漁船に救助されて病院に搬送されたが、B受審人の長男C(昭和43年7月9日生)が溺死し、同受審人が5日間、他の乗船者が8週間の入院加療を要する骨折等をそれぞれ負った。

(主張に対する判断)
1 適用航法について
 本件に適用する航法について、彩側補佐人は、サンケイが、針路、速力を保持しておれば、彩の前路を無難に航過する態勢であったところ、至近に接近したとき左転したことによって本件が発生したのであるから、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の横切り船の航法は適用されず、船員の常務が適用される旨主張するので、この点について判断する。
 本件は、京浜港内で発生しており、港則法の航法が予防法に優先して適用されるが、港則法には本件に適用する航法がないので、予防法の航法が適用される。
 彩及びサンケイの両船は、事実の経過に認定したとおり、衝突の1分45秒前にあたる06時13分15秒に、両船の距離が1,430メートルに接近し、彩がサンケイを右舷船首24度に、サンケイが彩を左舷船首32度にそれぞれ見る態勢にあり、このときから衝突のわずか前まで、両船とも一定の針路、速力で、互いに進路を横切り、方位の変化がないまま接近しており、同時刻に衝突のおそれが発生している。
 衝突のおそれが発生してから衝突のわずか前に両船が転針するまでの経過時間及び両船の航行距離は、両船の船長が、航法を判断して衝突を回避する動作をとるのに十分な時間と距離であったと判断する。
 したがって、本件は予防法第15条の横切り船の航法によって律するのが相当であり、彩側補佐人の主張は採ることができない。
2 サンケイの協力動作の時機について
 サンケイ側補佐人は、両船は互いに進路を横切り、衝突のおそれがある態勢で接近していたから、予防法の横切り船の航法が適用され、サンケイは、針路、速力を保持して進行し、衝突の15秒ないし10秒前に衝突を避けるための協力動作をとった旨主張するので、この点について判断する。
 サンケイ側のB受審人は、同人に対する質問調書中及び当廷において、「サンケイの旋回直径は船の長さの2.5倍すなわち約18.6メートルである。激左転をとった後彩との航過距離が10ないし15メートルとなるよう右舵の当て舵を取って彩と反方位の針路となる態勢としたところに彩が激右転して衝突した。」旨供述し、一方彩側のA受審人は、当廷において、「衝突の3ないし4秒前にサンケイに気付き咄嗟に激右転した。」旨供述している。
 サンケイ側補佐人は、衝突の15秒ないし10秒前に左転して020度の針路で進行したと主張するので、サンケイが、12.9ノットで進行中、衝突の10秒前に激左転したとすると、同船は、両船の針路が交差する地点の約60メートル手前、彩までの距離が約130メートルの地点で激左転を始めたこととなる。そうすると同船は、2秒後には原針路から56度回頭し、その後020度の針路で進行したことになり、彩が200度の針路で進行しているから、両船の航過距離は、サンケイの旋回直径及び両船の船幅を考慮すると、約50メートルとなる。
 一方、彩が激右転したときの旋回直径は、高橋海上保安官作成の実況見分調書中、16メートルである旨の記載があり、同船が激右転して原針路線から旋回直径分サンケイ側に移動した場合、両船の航過距離は、それぞれの船幅を考慮しても、約30メートルとなり、両船は、衝突しないことになる。
 そこで、サンケイが、衝突の3秒前、両船の針路線が交差する地点の20メートル手前、彩と約30メートルに接近したとき、激左転をして針路を020度にしたとすると、両船の航過距離は約10メートルとなり、この航過距離は、両船の旋回性能、針路、速力、衝突角度、衝突時の両船の船首方向及び両受審人の衝突直前の転舵についての各供述ともほぼ一致する。
 したがって、サンケイは衝突の3秒前に激左転したものと認定し、この激左転は、彩の旋回圏内に入ったのちに行われており、衝突を回避する措置としてはその時機を失しているから、予防法第17条第3項の協力動作としては認められず、サンケイ側補佐人の主張は、採ることができない。

(原因)
 本件衝突は、京浜港川崎区において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、南下中の彩が、見張り不十分で、前路を左方に横切るサンケイの進路を避けなかったことによって発生したが、東行中のサンケイが、有効な音響により注意を喚起する信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、京浜港川崎区において、フライングブリッジから操舵室内に移動して単独で操縦にあたり、八景島沖合の釣り場に向け南下する場合、右舷船首方にフェンダー等による死角が生じていたのであるから、右舷船首方から接近するサンケイを見落とすことのないよう、フェンダーを取り外すなり、船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、フライングブリッジを降りる際に周囲に船舶を認めなかった状況は変わっていないものと思い、死角を補う見張りを行わなかった職務上の過失により、サンケイが前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、彩の船底外板の擦過傷とドライブユニットの損傷を、サンケイの右舷ブルワーク、左舷外板等に破損をそれぞれ生じさせて、同船を転覆させ、サンケイの同乗者1名を死亡させ、両船の同乗者3名を負傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は、京浜港川崎区において、単独で操縦にあたり、東京湾アクアラインの風の塔北側の釣り場に向け東行中、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する彩を認めた場合、機関を後進にかけるなど衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、いずれ相手船が自船の進路を避けてくれるものと思い、機関を後進にかけるなど衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、彩との衝突を招き、両船に前示の損傷と同乗者を死傷させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年8月29日横審言渡
 本件衝突は、彩が、見張り不十分で、前路を左方に横切るサンケイダッククラブIIの進路を避けなかったことによって発生したが、サンケイダッククラブIIが、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
 受審人Bの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。


参考図





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