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平成14年第二審第54号
件名

漁船第十二金比羅丸機関損傷事件[原審門司]

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年6月5日

審判庁区分
高等海難審判庁(山崎重勝、山本哲也、山田豊三郎、田邉行夫、佐和 明)

理事官
根岸秀幸

受審人
A 職名:第十二金比羅丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
クランク軸、ピストン、主軸受等を損傷、のち主機換装

原因
増速操作不適切

二審請求者
理事官中井 勤

主文

 本件機関損傷は、増速操作が不適切で、主機が過回転したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年9月25日18時40分
 五島列島北西方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十二金比羅丸
総トン数 19トン
登録長 19.18メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 478キロワット(計画出力)
回転数 毎分1,900(計画回転数)

3 事実の経過
 第十二金比羅丸(以下「金比羅丸」という。)は、平成元年に進水し、長崎県勝本港などを基地に東シナ海及び日本海西部において、いか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、昭和精機工業株式会社が製造した6LX-ET型と称するセルモーター始動式のディーゼル機関を装備し、操舵室に同機の遠隔操縦装置を備えていた。
 主機は、平成4年に新替されたもので、連続最大出力566キロワット同回転数2,000(毎分回転数、以下同じ。)の原機に、燃料制限装置を付設し、計画出力478キロワット同回転数1,900として登録され、動力取出軸で操舵機用油圧ポンプ、集魚灯用発電機等を駆動できるようになっており、各シリンダには船首側からの順番号が付されていた。
 操舵室の主機遠隔操縦装置は、ガバナハンドルとクラッチハンドルを備えた2本ハンドル式で、回転計や潤滑油圧力計などの計器類のほかセルモータースイッチや警報装置を組み込んだ計器盤が付設されていた。
 主機のガバナは、直結の油圧式で、箱形ケーシング側面から入力軸端及び出力軸端が突出していて、入力軸端にはスピード調整レバーが取り付けられ、コントロールワイヤーによって操舵室のガバナハンドルと連結され、出力軸端はリンク機構を介して燃料調整軸と接続されており、同リンク機構の一部に停止レバー(以下「機側停止レバー」という。)が取り付けられていた。
 そして、主機運転中、同ガバナは、操舵室のガバナハンドル位置が回転速度設定値として入力され、自身の回転重りの機構によって実速度を検知し、設定速度と実速度との偏差を出力軸の回転変位として取り出し、同変位をリンク機構を介して燃料調整軸に伝え、同軸に連結された各シリンダ燃料噴射ポンプのラック位置を一斉に制御するようになっていた。
 このように、主機は、運転中、ガバナによって常時設定速度と比較しながら回転速度を自動制御しており、停止する際は操舵室でガバナハンドルを最低回転数位置としたうえ、機関室で機側停止レバーを下方に押さえて燃料調整軸を直接停止位置に回転させるようになっていた。
 なお、機側には、主機操縦ハンドルやセルモータースイッチは備えられておらず、コントロールワイヤーが切断したときなどに備えてガバナケーシング上面にスピード調整ノブが設けられ、ロックナットを緩めれば主機回転数を増減できるようになっていたが、これはあくまで非常用で、主機の始動及び増減速、逆転減速機の正逆転・中立の切替など、停止以外の全ての運転操作は専ら操舵室で行うようになっていた。
 また、主機の潤滑油系統は、オイルパン内に入れられた約80リットルの潤滑油が直結ポンプによって吸引され、冷却器及びカートリッジ式こし器を経て入口主管に至り、各シリンダごとに分岐して主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受を順に潤滑し、一部が冷却油としてピストンに噴射され、クランクアームによるはねかけ方式でピストンとシリンダライナ間を潤滑するほか、カム軸受、動弁装置、ガバナ駆動装置、過給機などにも注油され、いずれもオイルパンに落下して循環するようになっていた。
 一方、逆転減速機の潤滑油系統は、ケーシング底部の油受けに入れられた約20リットルの潤滑油が、主機クランク軸直結の同減速機入力軸船尾端に取り付けられた直結ポンプによって吸引され、軸受などの潤滑油及びクラッチの作動油として各部に供給されるようになっていた。
 A受審人は、平成11年4月交付の一級小型船舶操縦士免状を有し、進水時から船長として乗り組み、機関の運転管理も自ら行っており、主機については、航行中及び集魚灯を点灯しての漁ろう中の回転数をそれぞれ1,500及び1,850として月間平均400時間ばかり運転し、平成8年2月及び同12年2月に全ピストン抜出しなどの開放整備を施行していたほか、約1箇月毎に潤滑油を、また、約2箇月毎に同油こし器を新替するなどの定期的な保守作業を行っていた。
 金比羅丸は、同12年9月24日早朝東シナ海から勝本港に帰港し、水揚げを終えたのち主機を停止して同港に係留された。
 A受審人は、翌日の出漁準備のため同日正午過ぎ本船に赴き、操業中に逆転減速機の潤滑油管から同油漏洩の形跡を認めていたので、漏油状況を点検することとし、いつもどおり操舵室で主機を始動したうえ、クラッチを切ったままガバナハンドル位置を停止回転数の650に定めて機関室に入り、点検しようとしたものの、漏油個所や同状況がはっきりしなかったので、同油圧力を上げる目的で主機回転数を上昇させることとした。
 主機を増速させるに際し、A受審人は、短時間回転を上げるだけだから大丈夫と思い、操舵室に戻ってガバナハンドルで徐々に増速するなど、適切な増速操作を行うことなく、長さ約10センチメートルの機側停止ハンドルの柄に長さ約50センチメートルの鉄パイプを差し込み、ガバナ出力軸の燃料減方向への動きに抗して同ハンドルを一気に増方向に操作した。このため、主機は、回転数が急激に上昇して過回転し、各軸受やピストンとシリンダライナ間の各所で潤滑油膜がとぎれてかき傷が発生した。
 A受審人は、急激な主機回転数の上昇に驚き、機側停止ハンドル位置を自然位置に戻し、再度漏油箇所を点検した結果、逆転減速機カバーの潤滑油管取付部からわずかに漏油していることを確認して直ちに修理しなくても差し支えないと判断し、主機各部の擦過傷には思い及ばないまま停止して翌日の出漁に備えた。
 こうして金比羅丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、翌25日14時00分勝本港を発し、18時00分五島列島北西方沖合の漁場に至り、主機回転数を1,850として操業を開始したところ、クランクピン軸受及び主軸受の擦過傷が進行し、18時40分五島白瀬灯台から真方位318度25.8海里の地点において、主機5番シリンダのクランクピン軸受メタルが焼き付いて連回りし、同シリンダのピストンとシリンダライナも焼付き気味となって異音を発した。
 当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、海上はやや波があった。
 操舵室で操業を監視していたA受審人は、異音に気付いて主機回転数を650に下げ、機関室に入って主機を停止し、周囲を点検したうえ操舵室に戻り、再始動したが同様の異音が発生するので運転を断念し、僚船に救助を依頼した。
 金比羅丸は、僚船に曳航されて勝本港に帰港し、鉄工所の手により主機を開放して各部を点検したところ、全主軸受及びクランクピン軸受に焼付き兆候が認められ、5番シリンダのピストンとシリンダライナにかじり傷が発生し、クランクピンの焼損が著しく修復不能なことなどが判明し、のち主機は工期と修理費の関係で換装された。

(原因)
 本件機関損傷は、逆転減速機潤滑油管からの漏油状況を点検するため主機を始動し、同油圧力を上げる目的で主機回転数を上昇させる際、増速操作が不適切で、主機が過回転して各部の潤滑が阻害され、生じた擦過傷がその後の運転中に進行したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、逆転減速機潤滑油管からの漏油状況を点検するため主機を始動し、同油圧力を上げる目的で主機回転数を上昇させる場合、主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、操舵室のガバナハンドルを使用し、ガバナを介して徐々に増速するなど、適切な増速操作を行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、短時間回転を上げるだけだから大丈夫と思い、適切な増速操作を行わなかった職務上の過失により、主機が過回転して各部の潤滑が阻害される事態を招き、その際生じた擦過傷がその後の運転中に進行して各部が焼損するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年11月25日門審言渡
 本件機関損傷は、暖機運転が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図





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