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平成14年那審第59号
件名

漁船第八若義丸運航阻害事件(簡易)

事件区分
運航阻害事件
言渡年月日
平成15年3月18日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(平井 透)

理事官
濱本 宏

受審人
A 職名:第八若義丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
セルモータのブラシとスリップリングとが接触不良、主機が始動不能

原因
主機始動用セルモーターの整備不十分

裁決主文

 本件運航阻害は、主機始動用セルモータの整備が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
適条

海難審判法第4条第2項、同法第5条第1項第3号
 
裁決理由の要旨

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年9月15日16時40分
 沖縄県池間島北方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第八若義丸
総トン数 14.89トン
登録長 11.98メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 77キロワット

3 事実の経過
 第八若義丸(以下「若義丸」という。)は、昭和57年5月に進水した、1航海約10日間のまぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機として三菱重工業株式会社が製造した6LAC-1型と称するディーゼル機関を備え、同機をセルモータで始動するようになっていた。
 主機始動用セルモータは、直流24ボルトの電源で駆動される押し込み形始動電動機で、磁界を作る固定子、回転する電機子、電機子に給電するブラシ及びスリップリング、電機子軸によって歯車を介して駆動されるピニオン軸、同軸に取り付けられた子歯車及びオーバーランニングクラッチ、ピニオン軸をシフトレバーを介して軸方向に動かす電磁スイッチなどで構成されていた。
 主機の始動は、始動キーを右に一杯回したとき、電磁スイッチの電磁コイルが励磁されて同スイッチの軸が飛び出し、シフトレバーを介してピニオン軸を飛び出させ、同軸に取り付けられた子歯車を主機のはずみ車に加工された歯車にかみ合わせたのち、電動機が回転することで行われるようになっていた。
 ブラシは、カーボン製で標準高さ22.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)の方形で鞘状(さやじょう)のブラシホルダに収められ、頂部がばねを介したブラシ押さえで押しつけられ、電機子に備えられたスリップリングに接触することで電機子に給電するようになっていた。
 スリップリングは、導体である金属片と絶縁体である雲母片とを交互に積層して円柱形としたもので、表面高さが雲母層の方が0.4ないし0.6ミリメートル低くなるように成型されることから、同リングの表面には多数の軸方向の溝ができるようになっていた。
 主機のメーカーは、セルモータが秒単位で運転される機器で運転時間が短いものの、軸方向の溝があるスリップリングの表面をカーボン製のブラシが滑ることから、ブラシの摩耗が進行するので高さが摩耗限界となる11ミリ以下に摩耗した場合にはブラシを新替えすること、主機の運転時間が500時間毎にブラシ及びスリップリングを点検し、必要なときにはカーボン粉末を取り除くことなど、セルモータの整備を行うよう取扱説明書に記載し、取扱者に注意を促していた。
 ところで、若義丸は、平成6年8月に中古船として購入されて以来、業者に依頼するなどしてセルモータの整備を行っていなかったことから、摩耗で生じたカーボン粉末がブラシとブラシホルダとの隙間に侵入し、ブラシが同ホルダ内で固着するなどしてブラシとスリップリングとの接触不良が生じるおそれのある状況となっていた。
 A受審人は、若義丸に船長として乗り組み、操船のほか機関の運転及び保守管理にあたり、発航前点検として潤滑油量及び冷却清水量の確認、燃料油こし器のドレン抜きなどを行い、航海中は甲板員に指示して2ないし3日毎に潤滑油量及び冷却清水量の確認を行わせていたものの、セルモータについては、主機の始動に不具合を生じたとき業者に修理を依頼すれば大丈夫と思い、業者に依頼するなどして同モータの整備を十分に行うことなく、操業を繰り返していた。
 こうして、若義丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、平成14年9月9日11時00分沖縄県糸満漁港を発し、同県北方の漁場に向い、翌10日05時00分漁場に到着したのち操業を繰り返していたが、同月15日09時00分はえ縄の投入を終了して主機を停止し、乗組員が仮眠を取ったのち、12時30分はえ縄の揚収の目的で主機を始動しようとしたとき、セルモータのブラシとスリップリングとが接触不良となり、主機が始動不能となった。
 若義丸は、A受審人がセルモータの修理を試みるよう甲板員に指示し、同員が同モータの分解及び組立を3回行ったものの、ブラシとスリップリングとの接触不良に思い至らず、ピニオン軸は飛び出るが同モータが回転しない状況が改善されないことから同モータの修理を断念し、16時40分池間島灯台から真方位341度40.0海里の地点において、主機の始動ができなくなって航行不能となった。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
 その結果、若義丸は、海の緊急電話に救助を求め、来援した巡視船に曳航され翌16日08時30分沖縄県平良港に引き付けられ、のちセルモータの整備が行われ、4個のブラシが新替えされるなどした。

(原因)
 本件運航阻害は、機関の運転及び保守管理にあたる際、主機始動用セルモータの整備が不十分で、ブラシとスリップリングとの接触が不良となり、主機が始動不能となったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、機関の運転及び保守管理にあたる場合、主機始動用セルモータのブラシがカーボン製であったのだから、摩耗で生じたカーボン粉末がブラシとブラシホルダとの隙間に侵入し、ブラシが同ホルダ内で固着するなどしてブラシとスリップリングとの接触不良が生じないよう、業者に依頼するなどして同モータの整備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、セルモータについては、主機の始動に不具合を生じたとき業者に修理を依頼すれば大丈夫と思い、同モータの整備を十分に行わなかった職務上の過失により、ブラシとスリップリングとの接触不良を生じさせ、主機が始動不能となって航行不能となる事態を招き、来援した巡視船に救助されるに至った。





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