(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月8日10時10分
沖縄県多良間島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第一大恵丸 |
総トン数 |
16トン |
登録長 |
11.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
514キロワット |
3 事実の経過
第一大恵丸(以下「大恵丸」という。)は、昭和58年10月に進水した鋼製引船で、主機として株式会社新潟鐵工所が製造した6MG20AX型と称する海水冷却方式のディーゼル機関を備えていた。
主機は、始動空気で始動され、始動及び停止は機関室だけで行われるようになっていた。
冷却海水系統は、船底弁から主機冷却海水ポンプで吸引加圧された海水が、潤滑油冷却器、シリンダブロック、過給機などを冷却したのち、船外に排出されるようになっており、同海水圧力は、操舵室及び機関室内に設けられた圧力計で確認できるようになっていた。
主機冷却海水ポンプは、全揚程15メートルにおける吐出量毎時26.5立方メートル、回転数毎分1,859の自吸式渦巻ポンプで、ポンプ軸が主機の出力軸にローラチェーン軸継手(以下「軸継手」という。)を介して連結されるようになっていた。
軸継手は、ローラ、ピン、ローラリンクプレート、ピンリンクプレートで構成されるローラチェーン(以下「チェーン」という。)2列を強固に一体となるように組み立て、両端を継手クリップなどで連結して環状とし、主機出力軸及びポンプ軸の先端に取り付けられたそれぞれのスプロケットにチェーンをかみ合わせ、主機の回転力をポンプ軸に伝達するようになっており、チェーンの全周がアルミニウム合金製のケースで覆われるようになっていた。
ケースは、両端面に軸が貫通する穴が加工された円筒形で、中心線で2分割され、4隅を止めねじで締め付けることで一体とし、分割面にはパッキンを、両端面の内径部分と主機出力軸及びポンプ軸の表面とが接触する部分にはOリングなどを取り付けてケース内の密封性を保持するようになっていた。
チェーンとスプロケットとの潤滑は、ケース内にグリースを充填することによって行われていた。
ところで、軸継手は、定期的にケースを開放してグリースの充填量及び劣化状況を確認するとともに、チェーンを取り外してローラやスプロケットの歯の摩耗状況及び発錆状況など、同継手の点検を十分に行わないと、ローラやスプロケットの歯の摩耗などに気付かず、回転力の伝達が円滑に行われなくなるおそれがあった。
大恵丸は、平成13年10月定期検査で入渠したとき、主機冷却海水ポンプの開放整備を行い、ポンプ軸、軸受ベアリング、メカニカルシール及びオイルシールの新替えなどが行われたが、軸継手の部品は取り替えを要するほどの不具合がなかったことから、同継手はそのまま復旧された。
A受審人は、平成12年4月船長として大恵丸に乗り組み、操船のほか機関の保守管理にあたり、乗り組み後約1箇月間前任船長と同乗し、主機冷却海水ポンプの軸継手にグリースを絶やさないことなどの引継ぎを受けたことから、2箇月ごとにケースを開放してチェーン周りにグリースを塗布していたが、定期検査後の同13年12月グリースの補給を行った際、チェーンを取り外さないままグリースの塗布のみを行い、各部の摩耗状況など、軸継手の点検を十分に行わないまま、グリースの量が少なかったものか各リンクプレートに赤錆が発生し、チェーンのローラ及びスプロケットの歯などの摩耗が進行していることに気付かないまま復旧し、1箇月に約80時間主機の運転を続けていた。
こうして、大恵丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、平成14年1月8日08時00分沖縄県多良間島普天間港を発し、台船を曳航して同県平良港に向け航行中、主機冷却海水ポンプの軸継手のチェーンのローラ及びスプロケットの歯の摩耗が進行する過程で生じた異物をチェーンに噛み込むなどするかして加速度的に摩耗が進行し、回転力の伝達が円滑に行われなくなったことから軸継手に異常な振動を生ずるようになり、ケースを締付けていた4本のボルトの内3本が緩んで脱落し、ケース内のグリースが遠心力で外部に散逸したことから金属接触でチェーンのローラ及びスプロケットの歯の摩耗が急激に進行するとともに、ケースに残った1本のボルトに過大な応力がかかったことで同ボルトが折損してケースが脱落した。
軸継手は、回転力の伝達が円滑に行われなくなったことから、チェーンに異常な応力がかかり、10時10分普天間港防波堤突端から真方位079度9.5海里の地点において、継手クリップなどが外れてスプロケットからチェーンが脱落し、回転力が伝達されなくなった主機冷却海水ポンプが主機に冷却海水を供給できない状況となった。
当時、天候は曇で風力6の北東風が吹き、海上には白波があった。
操舵室で見張りなどを行っていたA受審人は、同室内の冷却海水圧力計の指針が下がってきたことに気付き、右舷側の冷却海水排出口を見て、同海水が排出されていないことを認めたことから、クラッチを中立として主機を停止回転とし、主機の損傷の発生を防止するために停止しようと機関室に向った。
A受審人は、機関室で主機を停止したのち、軸継手のケース及びチェーンが脱落していることを認め、軸継手の修理ができないことから、主機の継続運転を断念して会社に救援を求めた。
その結果、大恵丸は、会社の手配で来援した引船に曳航されて20時00分平良港に引き付けられ、のち軸継手が修理された。
(原因)
本件運航阻害は、主機冷却海水ポンプの軸継手のグリースを補給する際、各部の摩耗状況など、軸継手の点検が不十分で、スプロケットなどの摩耗が進行してチェーンが脱落し、主機冷却海水が供給されなくなったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、主機冷却海水ポンプの軸継手のグリースを補給する場合、各部の摩耗状況など、軸継手の点検を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、A受審人の所為は、定期検査で入渠して同ポンプの開放整備を行ったとき、軸継手の部品は取り替えを要するほどの不具合がなく、そののち短期間で摩耗が進行した点及び冷却海水圧力の低下に自ら気付き、主機の損傷の発生を防止した点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。