(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年3月20日09時00分
有明海北部海苔養殖漁場
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船翔洋丸 |
総トン数 |
4.9トン |
登録長 |
12.24メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
50 |
3 事実の経過
翔洋丸は、海苔養殖業に従事するFRP製漁船で、A受審人と同人の妻T及び甥が乗り組み、海苔網用支柱竹(以下「支柱竹」という。)抜き取りの目的で、船首0.35メートル船尾0.42メートルの喫水をもって、平成14年3月20日06時30分、佐賀県住ノ江港の係留地を発し、六角川の河口から南方に広がる海苔養殖漁場区画に向かった。
有明海北部の海苔養殖業は、格子状に区画整理された漁場に海苔網を設置して行うもので、各区画を構成する最小単位として横18メートル縦50メートルの小間に10枚の海苔網を縦方向に2枚つないだものを5列並べ、網1列は幅1.5メートル長さ36メートルばかりで、周囲を長さ12ないし13メートル直径約18センチメートル(以下「センチ」という。)の支柱竹24本で支えられ、またほとんどの区画には角部に1本ないし複数の区画標識として鋼管(以下「標識鋼管」という。)が打設されていた。なお、操業者が所有する小間は、例年漁期の開始ごとに抽選によって定められ、毎年その場所は変わることとなっていた。
A受審人は、例年9月末の干潮時を見計らって、当年度所有することとなった小間に、支柱竹を人力で海底に1.5ないし2メートルの深さに立て、翌年3月養殖海苔の収穫を終えると同竹の抜き取り作業を行い、同作業は、海象の平穏なときに極微速力で支柱竹に接近し、行きあしを止めた状態で、海面から高さ1.5メートルばかりの船首部タツの舷外に30センチ突き出た部分に同竹を当て、鎖を巻き付けて固縛し、船体をゆっくり後進させて同竹を抜き取るものであった。
標識鋼管は、長さ22メートル外径35.56センチ厚さ6.4ミリメートルで、全長の半分を海底に埋め込んで平均水面上高さが約7メートルとなり、頂部近くの側面に標識を示す番号が記されており、昭和42年から同60年までに580本が打設され、その後同管に代わってPHCと呼ばれるコンクリート製杭が区画標識として使用されるようになった。
指定海難関係人S県I海漁業協同組合連合会(以下「I漁連」という。)は、標識鋼管について、昭和44年佐賀県から譲与を受け、耐用年数として15年間を目安とし、同53年以降更新整備を行っていたところ、腐食が著しく進行するものが出始め、平成11年12月現状把握の必要から全鋼管の一斉調査を行い、古い標識鋼管の一部に上部が傾斜したり腐食や破口及び発錆が著しいものが目立つようになっていたが、同管を撤去するなどの措置を講じず、平成14年3月時点で190本が残存することとなり、なかには倒壊のおそれのあるものがあったものの、近くで作業を行うに当たっては十分にその状況を確認したうえで安全に配慮して行うよう注意喚起を周知徹底していなかった。
A受審人は、07時10分1188番区画に至って前日の作業で残った支柱竹数本を抜き取り、08時00分北隣の1187番区画内の小間に移動し、同小間の南西角部には昭和43年に打設されたまま管内部が著しく腐食していた319番の標識鋼管があったが、前年9月同管の直近に支柱竹を埋め込んだ際やその後も幾らか腐食の様相を帯びていると感じていたものの、同管がわずかな接触でも折損して倒壊のおそれのある状態となっていること気付かないまま、同小間分全ての支柱竹の抜き取りにかかり、風がほとんどなかったことから北流の潮に抗して最北東側角の支柱竹から始めて1本ずつ順次西寄りに作業を進め、最北列の撤去が終わったのちには南に1列分移動し、同列の東端側から再開して同じ作業を繰り返した。
こうしてA受審人は、09時00分少し前小間の南西角部の支柱竹1本を残すのみとなり、同竹の西側10センチのところに、前示319番の標識鋼管があったのでより慎重に接近することとし、同管の15メートル北寄りの位置から針路を185度(真方位、以下同じ。)に定め、機関を極微速力前進にかけ約1ノットの北潮流に抗して1.0ノットの速力で進行し、支柱竹に1ないし2メートルとなったとき行きあしを完全に止めるべく機関を極微速力後進にかけたものの、翔洋丸は、09時00分住ノ江港導灯(前灯)から181度2.8海里の地点において、ごく小さな前進行きあしを残したまま船首右舷のタツの先端が標識鋼管に接触して行きあしがなくなったとき、同管が海面上約3.5メートルの位置で折損して長さ4メートルの鋼管上部が倒壊し、T乗組員が、右舷船首付近で少し前かがみとなって鎖を手にしてタツと支柱竹の固縛の用意に取りかかっていたところ、頭上から折損した鋼管の直撃を後頭部に受けた。
当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で約1ノットの北潮流があった。
その結果、T乗組員は、下顎骨骨折、左第3肋骨骨折及び外傷性気胸により長期の入院加療を要する重傷を負った。
事故の報告を受けたI漁連は、2日後、傘下の組合にてんまつを配信し、併せて昭和40年代に打設された標識鋼管が外見以上に腐食が進行していること、同管の番号、設置場所、関係漁協及び打設年度を明示した一覧表を添付し、接触などによる倒壊の危険性を注意喚起した。
その後I漁連は、翌々5月、標識鋼管の一斉調査を行い、その結果をもとに再発の防止策を検討し、鋼管製の標識については全てを早期に撤去することを決定した。
(原因)
本件乗組員負傷は、翔洋丸が、海上に打設された海苔養殖用支柱竹の抜き取り作業において、行きあしをわずかに残したまま同支柱竹に近接する標識鋼管に接触し、腐食が著しかった同管が折損して船上の乗組員の頭上に倒壊したことによって発生したものである。
管理責任者が、著しく腐食していた標識鋼管の管理を十分に行っていなかったばかりか、折損して倒壊するおそれについての注意喚起を十分に周知徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人が、海上に打設された海苔養殖用支柱竹の抜き取り作業にあたり、行きあしをわずかに残したまま同支柱竹に接近し、船体が、著しく腐食した標識鋼管に接触したことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、A受審人は、船体の接触によって標識鋼管が倒壊するおそれを予見できない状況であったことに徴し、A受審人の職務上の過失とするまでもない。
I漁連が、標識鋼管の管理責任者として、折損して倒壊のおそれのある同管について、管理を十分に行っていなかったばかりか、注意喚起を十分に周知徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
I漁連に対しては、本件後、標識鋼管の全てを調査し、年代の古い全ての標識鋼管の来歴と同管の設置場所を一覧表にするなどして傘下の組合に明示し、注意喚起を促す文書を配信するとともに、打設の時期及び設置海域などから危険性の高い同管40本を直ちに撤去し、また折損して倒壊のおそれのある残り150本についても早期の撤去を計画するなど、同管の管理を十分に行うことを決定したことに徴し、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。