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平成14年横審第118号
件名

交通船第二さちかぜ乗客死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年3月6日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(小須田敏、原 清澄、花原敏朗)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:第二さちかぜ船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
指定海難関係人
Yポートサービス株式会社業務部 埠頭現業所 業種名:通船業

損害
乗客1人が海中に転落、遺体で収容

原因
波浪中における安全措置不十分、乗組員に対する教育不十分

主文

 本件乗客死亡は、波浪中における安全措置が不十分であったことによって発生したものである。
 通船業者が、波浪中における安全措置について、乗組員に対して十分な教育を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年1月1日11時25分
 三重県四日市港第2区

2 船舶の要目
船種船名 交通船第二さちかぜ
総トン数 19トン
全長 16.75メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 573キロワット

3 事実の経過
(1) 第二さちかぜ
 第二さちかぜ(以下「さちかぜ」という。)は、平水区域を航行区域とするFRP製旅客船兼作業船で、甲板上船首側から順に船首甲板、船体中央部船首寄りに客室と操舵室からなるキャビン、その船尾側に天井と高さ約0.8メートルの側壁を設けた客席及び曳航用フックを備えた船尾甲板を配置し、キャビン及び客席の外側には船首甲板に至る幅約0.6メートルの外部通路を設け、また、操舵室の右舷側に操縦席を、操舵室左舷船尾側に隣接して便所をそれぞれ配していたため、操縦席に座ると左舷正横付近から船尾方にかけて便所の囲壁による死角が生じていた。
 また、さちかぜは、船首甲板上に船首尾方長さ0.9メートル甲板上高さ1.1メートルの作業員用手すり並びに外部通路に沿って操舵室側壁外側及び客室屋根にそれぞれ手すりを設け、救命設備として、客席屋根に救命浮器、客室屋根中央と客席左舷側にそれぞれ1個の救命浮環及び客室前部に最大とう載人員分の救命胴衣を備え、客室屋根の両舷側に長さ1.9メートルのボートフックをそれぞれ1本置いていた。
(2) Yポートサービス株式会社
 Yポートサービス株式会社(以下「Yポートサービス」という。)は、昭和14年12月に四日市船舶給水株式会社として三重県四日市市千歳町に設立され、昭和50年5月に事業を拡大して通船業、船舶綱取放業及び沿海旅客運輸業等を加えるとともに、社名をYポートサービスに変更し、社内に総務部及び業務部の2部を設け、業務部の下に埠頭現業所を配置していた。
 Yポートサービスは、海上運送法に基づいて運送約款及び運航管理規程を定め、更に航海及び作業の安全を確保する目的とした運航基準及び作業基準などをそれぞれ策定し、交通船として第二さちかぜなど5隻、作業船及び警戒船として第一松風など11隻、給水船としてしすい丸及び観光船としていなば2の合計18隻を運航していた。
(3) 指定海難関係人Yポートサービス業務部埠頭現業所
 指定海難関係人Yポートサービス業務部埠頭現業所(以下「埠頭現業所」という。)は、その運航管理規程で船舶の運航管理に関する統轄責任者として運航管理者1人及びその職務を補佐する運航管理補助者若干人をそれぞれ選任し、運航管理者が運航に関する情報を把握し、航行の安全確保のために必要な事項などを船長に連絡し、必要に応じて船長と協議すること及び乗組員に対して輸送の安全を確保するための教育を実施することなどを定めていた。
 また、その運航基準で、四日市港において風速毎秒16メートル以上の北西風、波高1.0メートル以上及び視程1,000メートル以下と認めるときなどには、発航を中止することと定めていた。
(4) さちかぜ乗組員及び運航管理者
 A受審人は、沿海区域を航行区域とする油送船に甲板員として乗船したのち、昭和48年に入社し、翌49年一級小型船舶操縦士の免状を取得してさちかぜなどの船長職を歴任していた。
 機関長Oは、平成2年に入社し、その後五級海技士(機関)などの免状を取得してさちかぜなどの機関長職を歴任し、係留船に乗客を移乗させるときには、船首甲板上でボートフックを用いて交通船の船体を舷梯に止めるなどの作業に当たっていた。
 N責任者は、昭和41年に入社し、その後六級海技士(機関)及び一級小型船舶操縦士の免状を取得し、平成12年から実質的な運航管理者として船舶の運航管理に携わっていた。
(5) 運航管理体制
 N責任者は、テレビ放送の天気予報などから気象及び海象情報などの収集に努めるとともに、社屋屋上に設置した風車型風向風速計で風の状況を確認して四日市港東防波堤沖の波高などを判断する一方、2ないし3箇月に1回の割合で社内安全会議を開催し、乗組員に対して交通船を利用する乗客の安全を確保するための措置などを教育するようにしていたものの、乗客の多くが船員、代理店員及び数多く交通船を利用する船用品納入業者などであり、また経験豊富な乗組員であったことから、外部通路を移動したり同通路などで待機するときには、不測の動揺に備えて確実に手すりを掴む(つかむ)よう乗客に指示すること、また乗組員自らが実践(じっせん)することなど、波浪中における安全措置について、乗組員に対して十分な教育を行わなかった。
(6) 株式会社M
 株式会社M(以下「M」という。)は、横浜市に海上営業本部を置き、その支店を横浜、名古屋、神戸、北九州及び新潟の各市に配して船用品取扱業を営んでいた。
 M社員Wは、昭和32年に入社後、同49年から同社名古屋支店四日市駐在所に勤務し、主に船用品の受注納品業務を担当していたが、四日市港に入港する船舶から受注した船用品が少量の場合には段ボール製の箱などに入れ、納品のためにYポートサービスの交通船を利用していた。
(7) 気象及び海象
 平成12年12月31日の本州周辺は、冬型の気圧配置となっており、本州東方海上を北東進する発達中の低気圧と大陸に張り出した高気圧とにより、四日市港周辺では北西の季節風が連吹し、同日の夕刻には三重県北部に波浪注意報が発表されていた。
 翌13年1月1日の四日市港港界付近では、朝から突風を伴う風力4の北西風が吹き、波高0.5メートルを越える風浪が生じる状況となっていた。
(8) 本件発生に至る経緯
 さちかぜは、A受審人がO機関長と2人で乗り組み、乗客としてW社員(以下「W乗客」という。)ほか4人を乗せ、船首0.8メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、平成13年1月1日11時00分四日市港第1区港奥にある四日市ポートサービス専用桟橋を発し、同港第2区内の港界付近に位置する昭和四日市シーバースNo.1(以下「四日市シーバース」という。)に係留中の巨大船ナビックス セイブ(以下「ナ号」という。)に向かった。
 これより先、N責任者は、06時30分に出社し、風向風速計を見て風速毎秒7メートル前後の北西風が吹いていることを知り、港界付近では波高0.6メートルないし0.7メートルの交通船にとってやや高い波浪が生じているものと判断し、風が強いので注意して運航するように指示して当日の交通船第1便を見送り、その後待機中の乗組員とともに係留中の交通船などに赴いて正月恒例の運航の安全を祈願したのち、A受審人に第2便の運航を指示したものであった。
 A受審人は、テレビ放送の天気予報や風の状況を確認するなどして待機中、N責任者の命を受けてナ号向けの交通船を運航することとし、10時40分O機関長とともにさちかぜに乗り込んで発航準備に取り掛かった。
 W乗客は、ナ号から受注した野菜など総重量約7.5キログラムの食料品を、縦横ともに約0.4メートル高さ約0.25メートルの発泡スチロール製の箱と縦横ともに約0.3メートル高さ約0.2メートルの段ボール製の箱に分けて入れ、09時45分、これらの箱と書類などを入れた鞄を持ってさちかぜに乗り込み、それらを客席に置いて発航を待った。
 発航後A受審人は、操縦席に腰をかけて操船に当たり、11時17分四日市港防波堤灯台から085度(真方位、以下同じ。)850メートルの四日市港第1航路第1号灯浮標の南側で、針路を四日市シーバースに向かう120度に定め、機関を全速力前進にかけて19.0ノットの対地速力にしたところ、北西の季節風による風浪を左舷船尾方から受け、その後船体が動揺を繰り返す状況となった。
 11時23分A受審人は、風に船首を立てて四日市シーバースに係留しているナ号の右舷正横150メートルにあたる、四日市港防波堤灯台から113.5度2.3海里の地点で、機関を微速力前進に減じ、その後同船の右舷側中央部付近に降ろされた舷梯(げんてい)に自船の左舷側を着けるつもりで、右舵をとってゆっくり右転しながら接近を始めた。
 このころA受審人は、波高0.5メートルを越える風浪を右舷船首方から受ける状況となり、船体動揺が増大したことを知ったが、乗客が船員、代理店員及び交通船を数多く利用していた船用品納入業者であったこと及び船首甲板に赴くO機関長が舷梯に着ける作業の経験が豊富であったことから、改めて注意するまでもないものと思い、外部通路を移動したり、同通路などで待機するときには、不測の動揺に備えて確実に手すりを掴むよう指示するなど、波浪中における安全措置をとることなくナ号への接近を続けた。
 O機関長は、さちかぜがナ号の舷梯付近に向首したころ、手すりに掴まりながら左舷側の外部通路を歩いて船首甲板に赴き、いつものようにボートフックを右手に持ち、左手で作業員用手すりを掴んでナ号の舷梯に着ける作業に備えた。
 A受審人は、O機関長が船首甲板に赴くとともに乗客がナ号への移乗に備えて左舷側の外部通路に歩み出たことを知っていたものの、W乗客が操縦席から死角となっている操舵室左舷正横付近の外部通路に立ち、両手で荷物を抱え、手すりを掴むことができない状態で待ち構えていたことに気付かないまま、ナ号の舷梯までの距離や船首方から寄せる風浪の状況を見極めながら機関を適宜使用して接近を続けた。
 A受審人は、さちかぜの左舷船首部をナ号の舷梯に着けたところ、外部通路で待機していた先頭の乗客が移乗したのを認めたものの、自船の左舷船首部舷側に取り付けていた防舷材が舷梯の手すり支柱に強く接触する状況であったため、さちかぜを一旦舷梯から離したのち着け直すこととし、機関を後進にかけ、その船首が舷梯から約2メートル後方に離れたところで後進行きあしを止めた。
 そのときA受審人は、船首至近に迫ったやや高い風浪を認めるとともに、両手で荷物を抱えて船首甲板近くの左舷側外部通路に立っているW乗客の姿と作業員用手すりに臀部付近を押し付けて左舷方を向き、舷梯への再接近に備えている女瀧機関長の姿をそれぞれ認めたが、注意を促す間もなく、11時25分さちかぜは、四日市港防波堤灯台から115.5度2.3海里の地点において、船首が風浪により大きく持ち上がられたのち急速に落下して船首船底が海面にたたきつけられ、その動揺でW乗客及びO機関長が転倒し、海中に落下した。
 当時、天候は晴で風力5の北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期で波高は約1.0メートルであった。
 A受審人は、直ちに他の乗客に救命浮環を投じさせるなどして救助作業を開始した。
 O機関長は、持っていたボートフックを用いてナ号の舷梯に取り付いて救助されたが、W乗客(昭和16年7月2日生)は、しばらくの間、発泡スチロール製の箱に掴まりながら救助を待っていたものの、やがて力尽きて海中に没して行方不明となり、同年3月19日三重県答志(とうし)島北西方沖合において遺体で収容された。
(9) 事後の措置
 埠頭現業所は、社内安全会議を開催して事故原因の調査と同種事故の再発防止策についての検討を行い、運航管理規程、運航基準及び作業基準に定めた安全を確保するために必要な事項について、乗組員に対する教育の強化を図るとともに、平成13年4月1日付でライフジャケット運用基準を定め、乗客にライフジャケット着用を指示するなどの措置を講じることとした。

(原因)
 本件乗客死亡は、季節風の連吹によりやや高い波浪が生じていた四日市港港界付近の四日市シーバースにおいて、交通船から係留中の巨大船に乗客を移乗させる際、波浪中における安全措置が不十分で、両手で荷物を抱えていた乗客が動揺で転倒し、海中に転落したことによって発生したものである。
 通船業者が、波浪中の安全措置について、乗組員に対して十分な教育を行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、季節風の連吹によりやや高い波浪が生じていた四日市港港界付近の四日市シーバースにおいて、交通船から係留中の巨大船に乗客を移乗させる場合、不測の動揺を生じるおそれがあったから、乗客及び乗組員が転倒して海中に転落することがないよう、外部通路を移動したり、同通路などで待機するときには、不測の動揺に備えて確実に手すりを掴むよう指示するなど、波浪中における安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、乗客が交通船を数多く利用していた船用品納入業者などであったこと及び乗組員の経験が豊富であったことから、改めて注意するまでもないものと思い、波浪中における安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、両手で荷物を抱えた状態で外部通路に立っていた乗客及び手すりを掴まずに船首甲板で作業に当たっていた乗組員を動揺により転倒させて海中に転落させ、乗組員は係留船の舷梯に取り付いて救助されたものの、乗客が死亡するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 埠頭現業所が、波浪中における安全措置について、乗組員に対して十分な教育を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 埠頭現業所に対しては、本件後、運航管理規程、運航基準及び作業基準に定めた安全を確保するために必要な事項について、乗組員に対する教育の強化を図るとともに、新たにライフジャケット運用基準を定め、乗客にライフジャケット着用を指示するなどの措置を講じたことに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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