(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年12月27日08時13分
新潟県新潟港
2 船舶の要目
船種船名 |
ケミカルタンカー昭利丸 |
総トン数 |
749トン |
全長 |
67.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
3 事実の経過
(1) 昭利丸
昭利丸は、平成6年11月に進水した船尾船橋型鋼製アスファルトタンカーで、ケミカルタンカーの範疇(はんちゅう)に入り、アスファルトを液状で揚げ積みし、運搬するため、防熱措置を施された独立タンク及びカーゴヒーティングパイプが設置されていた。
(2) アスファルト
昭利丸が本件当時輸送していたものは、60-80ストレートアスファルトと称するもので、道路舗装等に利用されるものであった。輸送温度は170-180℃とされており、高温輸送に適する専用のタンカーが必要であった。
(3) アスファルトタンク配置
船体中央部に横隔壁が設けられ、前部区画及び後部区画にそれぞれ一体型の独立タンクが設置され、各一体型独立タンクは前後左右に仕切られて4個のタンク区画に分けられ、前部区画のタンクは船首方から順にNo.1(P,S)Tank、No.2(P,S)Tank、後部区画はNo.3(P,S)Tank、No.4(P,S)Tankと称せられていた。
(4) ホールドスペース
一体型独立タンクと船殻との間の空間はホールドスペースと称され、本船では、前部区画のホールドスペース(以下「No.1ホールドスペース」という。)及び後部区画のホールドスペースの2箇所があった。一般にホールドスペースは閉鎖区画であり、乗組員が日常的に入る区画ではなかった。
(5) ホールドスペース内パイプ配置
横隔壁との間のホールドスペースには、エクスパンジョンジョイント付きのカーゴパイプ、カーゴヒーティングパイプが通って各タンクに貫通しており、前部区画の同スペースには、No.1(P,S)Tank、No.2(P,S)Tank用カーゴサプライパイプ(200,250φ)4本が中段部分を、カーゴサクションパイプ(250φ、ラギング施工)4本及びカーゴヒーティングパイプ(サプライ及びエクゾウスト)8本が底部付近を通っていた。同カーゴヒーティングパイプは、各カーゴタンク底部全面に設置されたヒーティングコイルにそれぞれ直結し、アスファルトを170-180℃に加熱保持するもので少なくとも同温度以上の高温状態であった。また後部区画のホールドスペースも同様に各パイプが設置されていた。
(6) No.1ホールドスペースへのアスファルト漏洩(ろうえい)
通常ホールドスペースにアスファルトが漏洩することはなかったが、荒天のためNo.1ホールドスペース内のNo.2(S)Tankカーゴサクションパイプエクスパンジョンジョイントに亀裂が生じ、そこからアスファルトが漏洩しているのが平成11年11月15日に発見され、No.2(S)Tank検尺の結果12キロリットルが漏洩したと計量された。漏洩したアスファルトはカーゴサクションパイプ、カーゴヒーティングパイプに付着したほか、底部にも溜まり、除去は困難でそのまま残されていた。
(7) 亀裂が生じたエクスパンジョンジョイントの新替
指定海難関係人Y海運株式会社(以下「Y海運」という。)は、平成12年2月2日から11日にかけての期間で、No.2(S)Tankカーゴサクションパイプエクスパンジョンジョイントの新替を実施し、同時にホールドスペース内の定期点検の実施を船長に指示した。同指示は口頭及び閉鎖区画立入許可書の文書で行われ、換気、ガス検知等の励行が明示されていた。
(8) ホールドスペース内点検の実施
点検は、カーゴサプライパイプ系統については積荷中に、カーゴサクションパイプ系統については揚荷中に行う必要があり、平成12年は合計28回、平成13年は10月7日までに合計14回実施された。そして長期航海等でしばらく点検がなされず、12月27日に15回目の点検が実施され、このときに本件が発生した。
(9) No.1ホールドスペースへのアクセス
上甲板ほぼ中央部に横隔壁を跨ぐ(またぐ)形でバルブストアーと称する甲板室が設けられ、同室左舷前部に横隔壁に接するようにマンホールが開口し、横隔壁に沿ってバーティカルラダーが設置されていた。同マンホールは長径458ミリメートル、短径358ミリメートルで、長径を船横方向にして設置されていた。
(10) No.1ホールドスペース換気装置
外気取り入れ用自然通風口がホールドスペース左舷前部上甲板に設けられ、電動排気通風機がホールドスペース左舷後部に設置され、同スイッチはバルブストアー左舷入口付近にあった。通常、ホールドスペース内の点検時には前もって作動され、同点検中も通風がなされていた。
(11) 受審人A
昭和43年から内航石油タンカーに航海士、船長として乗船、平成8年定年退職後は、主としてアスファルトタンカーに乗船するようになった。昭利丸には同船船長が休暇のときのみ臨時に1ヶ月程度乗船しており、同13年7月に初乗船し、本件当時が2度目の乗船であった。
(12) Y海運代表者B
四級海技士(航海)免状を受有しており、昭利丸船長が休暇の時は、臨時に船長として乗船していたが、平成13年1月同船の航行区域が沿海から限定近海に変更になったため、受有免状では船長職が執れず、以後は乗船していなかった。
(13) 一等航海士C
四級海技士(航海)免状を受有し、平成7年Y海運に入社、同年3月に次席一等航海士として昭利丸に乗船、翌8年11月B代表者に認められて安全担当者に任命され、以後一等航海士として乗船するようになった。
(14) 事故当時のNo.1ホールドスペース内雰囲気
事故当日、消防署の救助隊が救助時に測定した中段付近ガス濃度
酸素 |
:16.4% |
可燃性ガス |
:23 % |
硫化水素 |
:測定器の測定上限値125ppmを越えており測定不能 |
一酸化炭素 |
:測定器の測定上限値250ppmを越えており測定不能 |
(15) 通常揚荷時のNo.1ホールドスペース内雰囲気
平成14年10月19日揚荷定常状態になったとき、換気を行わず本件当時と同じような状態で本船で計測した中段付近ガス濃度
酸素 |
:17.8% |
可燃性ガス |
: 2 % |
硫化水素 |
:100ppm |
一酸化炭素 |
:500ppm |
(16) No.1ホールドスペース内における一酸化炭素の発生
通常、アスファルトから一酸化炭素が発生することは考えられないが、昭利丸ではカーゴヒーティングパイプに漏洩したアスファルトが付着しており、また底部にも滞留していたので、高熱によってアスファルト及びそのガスが不完全燃焼し、一酸化炭素が発生していた。
(17) 任意ISM認定書
B代表者は、同業他3社と共同して任意ISM認定書を取得することとし、平成10年から準備作業に入り、同14年2月26日交付されるに至った。
(18) 事故に至る経過
昭利丸は、A受審人及びC一等航海士ほか5人が乗り組み、アスファルト1,038トンを積載し、船首3.6メートル船尾4.7メートルの喫水をもって、平成13年12月27日07時05分新潟港西区臨港E1岸壁に着岸した。
A受審人は、C一等航海士等の本船側及び陸上側作業員といつものように揚荷作業の打ち合わせを行ったのち、全乗組員を定められた配置につけ、07時20分揚荷を開始した。
A受審人は、アスファルトタンカーにはホールドスペースという閉鎖区画があることを知っており、また、船内に閉鎖区画立入許可書が備えられ、それには換気、ガス検知、連絡員の配置など閉鎖区画に立ち入る際の安全基準が定められていることも知っていた。そして、同人は船長として平素から乗組員に対し、閉鎖区画に立ち入る際には、同安全基準を遵守し、励行するよう指示、徹底させる立場にあったが、他の乗組員は自分よりアスファルトタンカーの乗船経験が豊富であるので改めて指示することもあるまいと思い、換気措置等の必要性について指示、徹底するなどの安全管理を十分に行っていなかった。
Y海運は、任意ISM認定書を取得するため、平成10年から様々な安全作業基準を定めるなどその準備作業を始め、その一環として閉鎖区画立入許可書を作成し、換気、ガス検知、人員配置等の安全基準を定め、船内に備えるとともにB代表者が何度も訪船して口頭でも乗組員に対し、安全作業についての啓蒙、教育を行っていた。更に同人は、同12年2月にホールドスペース内の点検を指示したとき、同スペースを閉鎖区画と指定し安全基準を遵守、励行するよう指示、教育し、点検記録簿の作成、会社への報告を命じた。
C一等航海士及び他の乗組員は、ホールドスペース内の点検実施に当たり、当初はガス検知、換気、連絡員の配置等閉鎖区画立入許可書に定める安全基準を遵守、励行していたが、回数を重ねるにつれ、酸素濃度、可燃性ガス濃度等については換気をすれば問題ないことがわかってきて、いつしかガス検知を省略するようになり、マンネリとなっていた。
A受審人は、揚荷作業が順調に進み、当直者2人の定常当直状態となったので、以前自分が乗船し隣のバースに着岸している船を訪船するため、08時00分自船を離れた。
定常当直状態になったのちC一等航海士は、No.1ホールドスペース内の点検を思い立ち、平素は換気を行い、連絡員を配置したのち同点検していたのに、このときはどうしたわけかそれらの措置をとらないまま、08時10分同ホールドスペースに入った。
C一等航海士は、バルブストアー内マンホールからNo.1ホールドスペース内に入り、バーティカルラダーを降りて中段付近に達したとき、滞留していた一酸化炭素や硫化水素等の有害ガスを吸引して意識が朦朧(もうろう)となり、No.2(P)Tankカーゴサプライパイプエクスパンジョンジョイント上に倒れた。
次席一等航海士は、08時10分C一等航海士がNo.1ホールドスペース内に入っていくのを見かけ、平素は1分程度で出てくるのになかなか出てこないので不審に思い、08時13分マンホールから中を覗き、C一等航海士がエクスパンジョンジョイント上で仰向きに倒れているのを発見した。
当時、天候は曇で風力2の南南西風が吹き、港内は静穏であった。
次席一等航海士は、急いでホールドスペース内に入り、中段付近に達してC一等航海士に呼びかけたが反応が無く、自分も息苦しくて耐え難くなり、急遽(きゅうきょ)外に出て救援を求めた。
08時17分消防署は昭利丸から救助要請を受け、同時35分救助隊が本船に到着し、08時55分C一等航海士はホールドスペース内から搬出され、直ちに病院に搬送された。
A受審人は、08時35分帰船して事故の発生を知り、事後の措置に当たった。
その結果、C一等航海士(昭和19年6月2日生)は病院においてまもなく意識を回復したが、背中と臀部の重度熱傷、一酸化炭素その他のガス中毒と診断されて入院加療中、9日後に様態が急変して死亡し、一酸化炭素中毒と検案された。
(原因)
本件乗組員死亡は、アスファルトタンカーの揚荷作業中、閉鎖区画であるホールドスペースに立ち入る際、換気措置が不十分で、換気、ガス及び酸素濃度の測定、監視員の配置等の措置がとられないまま、乗組員が、単独で同閉鎖区画に立ち入ったことによって発生したものである。
換気措置が十分でなかったのは、船長が、平素から乗組員に対して換気措置の重要性について十分に教育し、認識させなかったことと、乗組員が、同点検作業が長年定常的に行われていたことから、同作業の危険性に対しマンネリになっていたこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、アスファルトタンカーに船長として乗船する場合、同タンカーには船体構造上閉鎖区画であるホールドスペースがあったのであるから、閉鎖区画に立ち入る一般的な注意事項として、換気措置等の必要性を指示、徹底するなどの安全管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、乗組員はアスファルトタンカーの乗船経験が長いので改めて指示することもあるまいと思い、換気措置等の必要性について指示、徹底するなどの安全管理を十分に行わなかった職務上の過失により、閉鎖区画への乗組員の無防備な立入を招き、同人を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
Y海運株式会社の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。