(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年12月25日03時10分
北海道白神岬南南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第38俊洋丸 |
総トン数 |
127トン |
全長 |
38.20メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
回転数 |
毎分390 |
3 事実の経過
第38俊洋丸(以下「俊洋丸」という。)は、昭和55年2月に進水した延縄(かにかご)漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社赤阪鉄工所が製造したDM28AR型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の遠隔操縦装置を操舵室に装備し、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機の冷却水系統は、海水吸入弁から電動式の冷却水ポンプに吸引された海水が、0.5ないし1.0キログラム毎平方センチメートルの圧力で潤滑油冷却器、空気冷却器を順に通過して冷却水主管に入り、同管から各シリンダの冷却水枝管に分岐してシリンダブロック、シリンダライナやシリンダヘッド等を直接冷却したのち冷却水出口集合管で合流し、一部が自動温度調節弁により同ポンプの吸引管に戻され、その他が船外吐出弁に導かれていた。そして、冷却水ポンプは、吸引管が同弁入口側の温水戻し弁と接続されていたほか、発電機原動機の冷却水系統の温水を吸引できる配管になっていた。
主機のシリンダライナは、長さ926ミリメートル(以下「ミリ」という。)内径280ミリの特殊鋳鉄製で、内面にクロムめっきが施され、外径385ミリ厚さ35ミリの上端部がフランジを成し、フランジ下面に銅製パッキンが、下側に冷却水通路の水密用Oリングがそれぞれ装着され、シリンダブロックに取り付けられていた。
また、主機は、寒冷水域における運転の注意事項として、温水戻し弁や冷却水ポンプ吐出弁の操作により冷却水温度を調節し、常用負荷でシリンダヘッド出口温度を適正値の摂氏40度ないし45度に保ち、過度の冷却を防ぐことが取扱説明書に記載されていた。
俊洋丸は、毎年4月1日から8月初旬まで北海道松前半島沖合漁場で、9月1日から翌年3月初旬まで鳥取県境港を基地にして日本海の大和堆漁場でべにずわいがに漁の操業を行い、年末年始及び操業の切上げ後、根拠地の北海道函館港に回航していた。
A受審人は、平成7年12月に俊洋丸の機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたっており、同11年8月に4番、5番シリンダのシリンダライナの取替え及び他シリンダライナのクロムめっき再処理等の工事後、寒冷水域において主機を運転する際、特に支障ないものと思い、温水戻し弁等を操作するなど、冷却水温度を適切に調節することなく、過度に冷却する状況を続けていた。
ところが、主機は、各シリンダのシリンダライナが冷却水側と燃焼室側との温度差で不同膨張によりひずみ、フランジ下面の隅肉部に応力が集中し、亀裂が生じて次第に進行するうち、同13年10月30日漁場から基地に向けて航行中、3番シリンダのシリンダライナの同亀裂が著しく進行し、冷却水が漏洩した。
しかし、A受審人は、主機の3番シリンダのシリンダライナを取り替える際、船長に申し入れるなど、他シリンダライナのフランジの点検措置をとらなかったので、1番シリンダのシリンダライナのフランジ下面に亀裂が生じ進行していることに気付かず、その取替え後、寒冷水域において過度に冷却する状況のまま運転を続けた。
こうして、俊洋丸は、A受審人ほか11人が乗り組み、回航の目的で、船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、12月22日11時30分境港を発し、北海道松前港に寄せたのち函館港に向け、主機を全速力前進の回転数毎分380で運転中、同月25日03時10分白神岬灯台から真方位209度1.0海里の地点において、1番シリンダのシリンダライナの前示亀裂が著しく進行し、フランジ下面とシリンダブロックとの接合部から冷却水が漏洩し、機関室当直中の同受審人が漏水を発見した。
当時、天候は曇で風力4の西北西風が吹き、海上には白波があった。
A受審人は、主機を停止し、1番シリンダのシリンダライナの冷却水出入口部を塞ぎ、同シリンダの燃料噴射を止めた後、低速力にかけて続航した。
俊洋丸は、函館港に到着した後、主機が業者により精査された結果、1番シリンダのほか、2番、4番及び5番シリンダのシリンダライナのフランジ下面に亀裂による損傷が判明し、各損傷部品を新替えした。
(原因)
本件機関損傷は、寒冷水域における主機の冷却水温度の調節が不適切で、シリンダライナの不同膨張によりフランジ下面に亀裂が生じたこと及びフランジの点検措置が不十分で、同亀裂が著しく進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、寒冷水域において主機を運転する場合、過度に冷却されることがあるから、海水冷却のシリンダライナが不同膨張によりひずまないよう、温水戻し弁等を操作するなど、冷却水温度を適切に調節すべき注意義務があった。しかし、同人は、特に支障ないものと思い、温水戻し弁等を操作するなど、冷却水温度を適切に調節しなかった職務上の過失により、シリンダライナのフランジ下面に亀裂が生じて著しく進行する事態を招き、シリンダライナを損傷させるに至った。