(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年10月13日04時00分
北海道千走漁港北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十一萬漁丸 |
船舶所有者 |
A |
総トン数 |
17トン |
登録長 |
16.70メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
回転数 |
毎分1,900 |
3 事実の経過
第五十一萬漁丸(以下「萬漁丸」という。)は、平成2年7月に進水した、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、同5年12月に昭和精機工業株式会社が製造した6LX-ET型機関の逆転減速機付主機を備え、操舵室に主機の遠隔操縦装置及び計器盤を装備していた。
逆転減速機は、YX240型と呼称するもので、入力軸が主機、出力軸がプロペラ軸に連結され、入力軸と出力軸との間に前進用及び後進用の油圧作動湿式多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)、歯車装置、軸受及び直結の油圧ポンプ等が組み込まれていた。逆転減速機の潤滑油系統は、ケーシング底部に位置する容量25リットルの油だめから60メッシュの潤滑油こし器を介して油圧ポンプに吸引された油が、作動油圧力調整弁により20キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)の圧力に調圧され、作動油として100メッシュの潤滑油こし器、低速弁、前後進切替弁等を経てクラッチに供給されるほか、作動油圧力調整弁から潤滑油冷却器及び200メッシュの潤滑油こし器を経た後、潤滑油圧力調整弁により2.5キロの圧力に減圧され、歯車装置や軸受等を潤滑して油だめに落下し、同圧力が0.2キロ以下に低下するとクラッチ潤滑油圧力低下警報装置が作動し、操舵室の計器盤の警報灯が点灯して警報ブザーが鳴るようになっており、主機から分岐した冷却海水が同冷却器に導かれていた。また、取扱説明書には、6箇月ごとに潤滑油冷却器の冷却海水側の掃除を必要とするほか、運転の都度ケーシングに差し込まれている検油棒で油だめの潤滑油量を点検するように記載されていた。
A受審人は、平成12年4月萬漁丸を購入後、船長として乗り組んで操船のほか機関の運転保守にあたり、逆転減速機の整備来歴が不明のまま、業者に依頼して潤滑油冷却器の冷却海水側を掃除するなどの整備措置をとらず、周年の操業を行っていた。
そして、A受審人は、購入当初には逆転減速機の油だめの潤滑油量を点検していたものの、翌13年4月以降、同油量を点検しないで運転を繰り返していた。
ところが、逆転減速機は、潤滑油冷却器の冷却海水側の汚れにより熱交換が阻害されて潤滑油温度が過度に上昇したことから、ケーシングの出力軸貫通部及び同冷却器の潤滑油管継手部に装着されている合成ゴム製オイルシール及びOリングの材料の劣化が進行し、オイルシール等が油密不良になって潤滑油が漏洩し始め、越えて10月上旬油だめの潤滑油量が次第に減少する状況になった。
しかし、A受審人は、10月12日09時30分出航前に主機を始動する際、無難に運転しているから大丈夫と思い、逆転減速機の油だめの潤滑油量を点検しなかったので、これが減少したことに気付かず、潤滑油を補給しないまま運転を続けた。
こうして、萬漁丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首0.8メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、10時00分北海道千走漁港を発し、同漁港北西方沖合の漁場に至ってシーアンカーを投入したのち操業を行い、翌13日03時30分帰港の途に就き、主機を回転数毎分1,500にかけて航行中、前示潤滑油の漏洩により逆転減速機の油だめの潤滑油量が著しく不足して油圧ポンプが空気を吸い込み、04時00分北緯43度12分東経139度05分の地点において、クラッチ潤滑油圧力低下警報装置が作動し、クラッチが滑って異音を発した。
当時、天候は曇で風力3の西風が吹き、海上にはうねりがあった。
A受審人は、操舵室で航海当直中に警報ブザー音を聞いた後、主機を減速のうえ遠隔操縦装置を操作して逆転減速機のクラッチを前進から中立に切り替えようとしたが、クラッチが焼き付き始めて切り替わらないまま、繰り返し操作してようやく中立とし、機関室に赴いたところ、油だめの検油棒に油が付着しないことを認め、潤滑油を補給して前進に切り替え、主機を低速にかけて千走漁港に帰港した。
萬漁丸は、業者により逆転減速機が精査された結果、クラッチ、歯車装置及び軸受等の損傷のほか、前示油密不良箇所及び潤滑油冷却器の冷却海水側の汚れ等が判明し、各損傷部品等が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、逆転減速機の潤滑油冷却器の整備措置が不十分で、冷却海水側の汚れにより熱交換が阻害されて潤滑油温度が過度に上昇し、オイルシール等が油密不良になって潤滑油が漏洩したこと及び油だめの潤滑油量の点検が不十分で、潤滑油が補給されないまま運転が続けられ、同油量が著しく不足したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか機関の運転保守にあたり、出航前に主機を始動する場合、逆転減速機の潤滑油が漏洩することがあるから、油だめの潤滑油量が不足しないよう、同油量を点検すべき注意義務があった。しかし、同人は、無難に運転しているから大丈夫と思い、逆転減速機の油だめの潤滑油量を点検しなかった職務上の過失により、これが減少したことに気付かず、潤滑油を補給しないまま運転を続けて漁場から帰航中、同油量が著しく不足して油圧ポンプが空気を吸い込む事態を招き、クラッチ、歯車装置及び軸受等を損傷させるに至った。