(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月3日22時50分
瀬戸内海 宮ノ窪瀬戸
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船第三隆昌丸 |
総トン数 |
189トン |
全長 |
46.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
367キロワット |
回転数 |
毎分350 |
3 事実の経過
第三隆昌丸(以下「隆昌丸」という。)は、平成4年6月に進水した鋼製油送船で、A受審人ほか2人が乗り組み、専ら山口県岩国港から瀬戸内海一円へのA重油輸送に従事しており、主機として株式会社松井鉄工所が製造した6M26KGHS-D2型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置、計器盤及び警報盤を備えていた。
主機は、各シリンダに船首側から1番ないし6番の順番号が付され、シリンダブロックに挿入されたシリンダライナ下部に、冷却水をシールするOリングが3本装着され、過給機軸受には主機の潤滑油系統から給油されていた。
また、主機の冷却は、間接冷却方式によるもので、直結冷却清水ポンプにより加圧された冷却清水が入口主管で分岐し、各シリンダジャケットとシリンダヘッド及び過給機ケーシングをそれぞれ冷却して出口集合管で合流したのち、ワックス式の自動温度調整弁において清水冷却器を通るものと、同冷却器をバイパスするものとに分流して温度が調整されて同ポンプに還流しており、取扱説明書には運転中のシリンダヘッド出口冷却清水温度を70度前後として85度以上にならないよう明記され、出口集合管の同温度が90度を超えると温度上昇警報装置が作動し、操舵室及び機関室の警報盤で警報音を発し、警報ランプが点灯するようになっていた。
ところで、自動温度調整弁は、三方流路内にロータ、ワックスエレメント、ばね及びリンクなどを内蔵し、内部を流れる流体の温度変化による同エレメント内の特殊ワックスが膨張・収縮する変位で、ばね及びリンクを介してロータを回転させ、出口側流路の開度を変えて温度調整するもので、外部の手動レバーによってばねの張力を調整して温度設定ができるようになっており、内部にスケールや錆が付着するとロータやリンクなどの動きが阻害され、作動不良を起こすおそれがあった。
A受審人は、平成14年1月に機関員として乗船したのち、同年3月機関長に昇任して機関の運転管理に携わっており、航海中は3人で3時間交代の船橋当直に就くことから、当直交代の前後に機関室を見回り、主機の運転データ等を計測して機関日誌に記入するようにしていたものの、主機の圧力及び温度等の適正運転範囲や配管系統などを確認していなかった。
そして、A受審人は、乗船当初から80度程度であった主機各シリンダヘッドの出口冷却清水温度が、同年5月末から次第に上昇傾向を示し、7月に入って90度前後まで上昇するようになったことを認めたが、以前他の船で扱った、冷却清水タンクに冷却器を一体とした形式の主機で、同タンクの運転中の温度が80ないし90度であったことから、この程度の温度上昇なら問題ないものと思い、主機の取扱説明書の記載事項を確認のうえ、自動温度調整弁を点検するなどして異常箇所を調査しなかったので、同弁の内部にスケールなどが付着して可動部が固着気味になっていることに気付かないまま、運転を続けた。
こうして、隆昌丸は、A受審人のほか船長Tと甲板員1人が乗り組み、空倉のまま、船首0.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、同年8月3日11時10分大阪港堺泉北区を発し、主機を回転数毎分320の全速力にかけ岩国港に向かって航行中、自動温度調整弁の作動不良によって主機冷却清水温度が過度に上昇し、5番シリンダのシリンダライナOリングの熱損により冷却清水がクランク室に漏れ始め、22時50分六ツ瀬灯標から真方位230度1,400メートルの地点において、冷却清水温度上昇警報が作動した。
当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
航海当直に就いていたT船長は、警報を認めて直ちに主機を減速し、休息中のA受審人に連絡するとともに、付近の安全な海域に仮泊した。
機関室に急行したA受審人は、主機各シリンダヘッドの出口冷却清水温度が100度に達しているのを認め、T船長の指摘で自動温度調整弁の手動レバーが動かないことを知り内部を簡単に掃除しただけで、クランク室などの点検を行わないまま、冷却清水の温度低下を待って主機を再始動し、回転数を下げて航行したものの、2時間後に再び冷却清水温度上昇の警報が作動したため、主機を停止後クランク室を点検してシリンダライナから冷却清水が漏れ潤滑油が乳化していることに気付き、運転不能と判断した。
隆昌丸は、来援した引船によって広島県呉港に引き付けられ、主機を精査した結果、5番シリンダのピストンとシリンダライナが焼付きを起こし、過給機軸受が損傷していることなどが判明し、のち損傷した5番シリンダライナ、全シリンダライナ及びシリンダヘッドのOリング類及び過給機軸受などを取り替え、また潤滑油をすべて新替えして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理に当たり、冷却清水温度が上昇するようになった際、異常箇所の調査が不十分で、自動温度調整弁の作動不良によって同温度が過度に上昇するまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たり、冷却清水温度が次第に上昇するようになったことを認めた場合、過度な温度上昇によって主機を過熱させることのないよう、取扱説明書を確認のうえ、自動温度調整弁を点検するなどして異常箇所を調査すべき注意義務があった。ところが、同人は、以前に他船で扱った主機で冷却水タンクの温度が80ないし90度であったことから、90度前後までの温度上昇なら問題ないものと思い、異常箇所を調査しなかった職務上の過失により、自動温度調整弁の作動不良によって同温度が過度に上昇するまま運転を続け、シリンダライナOリングの熱損による水密不良を招き、クランク室に冷却清水が漏洩して潤滑油が乳化し、シリンダライナ及び過給機軸受などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。