(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月8日05時45分
択捉島南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十一恵久丸 |
総トン数 |
160トン |
全長 |
38.2メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
第五十一恵久丸(以下「恵久丸」という。)は、昭和58年11月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラを有し、主機として株式会社新潟鐵工所(以下「新潟鐵工所」という。)製造の6MG28BXF型機関を備え、主機架構の船尾側上部に排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備し、船橋から主機とプロペラ翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操作を行うようになっていた。
主機は、負荷制限装置の付設により計画出力1,029キロワット同回転数毎分640(以下、回転数は毎分のものを示す。)として登録された後、同装置の設定が解除されていた。
過給機は、新潟鐵工所が製造した軸流式タービンと遠心式ブロワからなるNHP30BH型と呼称するもので、タービン入口ケーシング及びブロワケーシングの弾性支持装置の玉軸受がロータ軸を支えていた。タービン入口ケーシングは、容量0.9リットルの潤滑油の油だめ(以下「油だめ」という。)から油がロータ軸端の注油装置(以下「注油装置」という。)の円板ポンプに吸引された後、同ポンプの2箇所を貫通している長さ33ミリメートル(以下「ミリ」という。)直径3ミリの注油孔を経て玉軸受を潤滑しており、側面カバーには、中央部下方寄りに円形油面計のほか、給油用プラグ及び排油用プラグが取り付けられ、また、ブロワで圧縮された空気が通気孔(以下「シールエア通路」という。)を経てロータ軸の密封部に導かれ、タービン側から高温の排気の侵入による油だめの油の劣化等を防止する構造になっていた。
恵久丸は、北海道釧路港を基地とし、毎年9月初旬から翌年5月末まで同港沖合及び択捉島沖合等の漁場でかけ回し式沖合底びき網の操業を続け、6月から8月の休漁期間に船体や主機の定期整備を行っていた。
ところで、過給機は、運転が続けられているうち、シールエア通路が汚れて排気がタービン入口ケーシングの油だめに侵入し、燃焼生成物のカーボン等が潤滑油に混入することや潤滑油添加剤が析出することがあり、取扱説明書には、開放の際に同通路の整備を行い、500時間の運転を経過するごと油だめを掃除のうえ同油を取り替えるよう記載されていた。
A受審人は、平成7年7月恵久丸の機関長として乗り組み、過給機タービン入口ケーシングの油だめに生じていたカーボン等のスラッジを見て潤滑油を定期的に取り替え、同12年7月定期検査受検の際、過給機の開放を業者に依頼して玉軸受等を交換したものの、シールエア通路を掃除させるなどの適切な整備措置をとらず、操業再開後に毎月400時間ばかり運転していた。
そして、過給機は、シールエア通路の汚れにより排気がタービン入口ケーシングの油だめに少しずつ侵入していたところ、越えて12月下旬油だめの潤滑油が温度の上昇とともに変色し、スラッジが注油装置に次第に付着する状況になった。
しかし、A受審人は、12月28日操業の合間に過給機タービン入口ケーシングの油だめの潤滑油を取り替える際、同油を定期的に取り替えているから大丈夫と思い、側面カバーを取り外して油だめを掃除のうえ注油装置を点検しなかったので、同装置に付着したスラッジに気付かず、そのまま取り替えて運転を続けた。
こうして、恵久丸は、A受審人ほか16人が乗り組み、操業の目的で、船首2.3メートル船尾5.1メートルの喫水をもって、同13年3月7日06時00分釧路港を発し、主機を全速力前進の回転数700にかけ翼角17度として航行し、翌8日03時00分択捉島南方沖合の漁場に至って漂泊した後、操業開始のため、主機の回転数660翼角8度の状態から全速力前進に増速中、過給機タービン入口ケーシングの注油装置に付着するスラッジが増加していて円板ポンプの注油孔が閉塞し始め、05時45分北緯44度31分東経147度34分の地点において、玉軸受の潤滑が阻害され、同軸受の損傷によりロータ軸の軸心が偏移してタービン等の回転体が固定部と接触し、過給機が異音を発した。
当時、天候は曇で風力6の北東風が吹き、海上は波が高かった。
A受審人は、機関当直中に異音を聞いて主機を停止した後、シリンダヘッドカバーを取り外したものの異状が見当たらないままに始動を試みたところ、過給機の回転計により回転していないことに気付き、ロータ軸を点検して同軸の回らない状態を認め、その旨を船長に報告した。
恵久丸は、過給機のロータ軸を固定する措置をとり、操業を打ち切って主機を低速で運転し、翌9日釧路港に帰港した後、過給機が精査された結果、タービン入口ケーシングの玉軸受のほか弾性支持装置、タービン翼、ブロワ翼及び同軸等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、過給機の整備措置が不適切で、シールエア通路の汚れにより排気がタービン入口ケーシングの油だめに侵入したこと及び注油装置の点検が不十分で、スラッジが同装置に付着するまま運転が続けられ、玉軸受の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操業の合間に過給機タービン入口ケーシングの油だめの潤滑油を取り替える場合、同油が温度の上昇とともに変色していたから、注油装置に付着するスラッジを見落とさないよう、側面カバーを取り外して油だめを掃除のうえ同装置を点検すべき注意義務があった。しかし、同人は、油だめの潤滑油を定期的に取り替えているから大丈夫と思い、側面カバーを取り外して油だめを掃除のうえ注油装置を点検しなかった職務上の過失により、同装置に付着したスラッジに気付かず、そのまま運転を続け、漁場で玉軸受の潤滑が阻害される事態を招き、同軸受のほか弾性支持装置、タービン翼、ブロワ翼及びロータ軸等の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。