(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年12月27日10時05分
千葉県洲埼西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船だいこく丸 |
総トン数 |
2,962.80トン |
全長 |
98.57メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
回転数 |
毎分590 |
3 事実の経過
だいこく丸は、昭和48年9月に進水した、専ら産業廃棄物である液状赤泥を積載し、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行令で定める排出海域まで運搬して排出する業務に従事する2基2軸の鋼製貨物船で、左右各舷に主機としてダイハツディーゼル株式会社製造の6DSM-32F型と称するディーゼル機関をそれぞれ装備していた。
主機は、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、6番シリンダ船尾側の架構上に過給機を装備し、燃料油として、出入港時にはA重油が、航海中は専らA重油とC重油との混合割合が3対7のブレンド油がそれぞれ使用されていた。
主機の潤滑油系統は、容量4,200リットルの潤滑油サンプタンクにためられた同油が、主機直結の潤滑油ポンプまたは電動機駆動の予備潤滑油ポンプにより吸引加圧され、金網式潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て圧力調整弁に入り、軸受潤滑とピストン冷却とにそれぞれ圧力調整されて2系統に分かれ、軸受潤滑系統では、ノッチワイヤ式潤滑油こし器を経て主機入口主管に至り、主軸受注油枝管(以下「注油枝管」という。)によって分岐されて各主軸受及びクランクピン軸受の潤滑を行い、ピストン冷却系統では、主機入口主管からテレスコピック形伸縮管を経てピストンクラウンの冷却及びピストンピンの潤滑を行い、それぞれクランク室底部に落下して同サンプタンクに戻って循環するようになっていた。
主機の架構は、上方にシリンダライナが組み込まれ、下方が台板とともにクランク室を形成し、同室両舷側面には各シリンダに四角形の内部点検窓がそれぞれ設けられ、ねじの呼びM12のスタッドボルト及びナットで同窓に側蓋が取り付けられるようになっており、右舷側の側蓋にはクランク室安全弁が装備されていた。そして、各シリンダの間にある主軸受の点検では、1箇所の内部点検窓から目視するだけでは、死角が生じ、また、潤滑油が付着していると、目視で確認することが困難となるから、当該主軸受の前後のシリンダについて、左右両側の内部点検窓を開放して目視し、更に反射鏡を用いたり、あるいは触手するなどして点検する必要があった。
ところで、主機主軸受は、1番シリンダの船首側を1番として順番号が付され、主軸受キャップの頂部中央に上下方向に貫通する直径10ミリメートル(以下「ミリ」という。)の注油穴があけられ、注油枝管は、管の外径17.3ミリ同内径12.7ミリの圧力配管用炭素鋼鋼管製で、一方がねじ込み式管継手で主機入口主管に接続され、他方が長径75ミリ短径45ミリの小判型フランジ継手(以下「フランジ継手」という。)で、各主軸受キャップに注油穴の船首側及び船尾側に1個ずつあけられたボルト穴に、ねじの呼びM10の六角ボルトをねじ込んで取り付けるようになっており、フランジ継手部には、同継手と同じ形状で、中央部に直径18ミリの通油穴があけられた厚さ1ミリのガスケットを装着して油密を保つようになっていた。
だいこく丸は、平素、京浜港を15時に発航し、翌日12時に積荷の排出海域に至り、排出作業を行ったのち、15時同海域を発進し、翌々日09時京浜港に戻ると直ちに積荷を行い、再び15時に発航することを繰り返し、毎年9月に約10日間入渠して船体及び機関の整備を実施していた。
A受審人は、平成12年5月に機関長として乗り組み、機関の運転及び保守管理に当たり、両舷主機の金網式及びノッチワイヤ式各潤滑油こし器の掃除を4日ごとに、また、クランク室内の点検を毎月1回それぞれ実施していた。
B指定海難関係人は、昭和50年にM重工業株式会社横浜製作所に入社以来、一貫して同製作所修繕部の工事担当技師として勤務し、自社及び協力会社の各作業員が実施する工事の進捗状況(しんちょくじょうきょう)を自ら作業現場で確認するとともに、機器の開放後及び復旧の前後には、適宜船主側責任者の立会いの下で、機器の状態を検査するなど計画された工程表に従って工事を監督する立場にあった。
だいこく丸は、平成12年9月3日第一種中間検査工事のため、M重工業株式会社横浜製作所に入渠し、B指定海難関係人が工事を担当して両舷主機をはじめとして各種機器の開放整備が行われた。
B指定海難関係人は、作業員3人が右舷主機の2番及び6番主軸受の開放整備を行い、検査を終えて復旧に取り掛かり、同軸受の組立て作業が完了したところで、船主側責任者の立会いの下で同軸受の組立て後の確認を実施することとし、A受審人に連絡したところ、同人の都合がつかなかったことから、船主側責任者の立会いがないまま、自らその確認作業を行うことにした。そして、クランク室内に潤滑油が流れると、同油がフランジ継手部に付着してガスケットの取付状態を目視で確認することが困難となるから、ガスケットが確実に装着されているかどうかが分かるよう、潤滑油を通す前にクランク室内を十分に点検しておく必要があったものの、ガスケットの取付状態については、作業員がフランジ継手の六角ボルトをねじ込むときに当然確認しているものと思い、同室の左右両側の内部点検窓を開放して主軸受を目視し、更に反射鏡を用いたり、あるいは触手するなどして、ガスケットの取付状態の確認を十分に行わなかった。
このため、B指定海難関係人は、右舷主機の2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットが、船尾側のボルト穴を基点として右舷側に約25度ずれた状態で取り付けられ、ガスケットの中心にあけられた通油穴がフランジ継手部と合致せず、ガスケットによって潤滑油の通路が閉塞気味(へいそくぎみ)となり、このまま運転すれば、同主軸受への潤滑油の供給が阻害される状況となっていたことに気付かなかった。
B指定海難関係人は、右舷主機の組立てを終えたのち、A受審人立会いの下、クランク室内の点検に引き続き、予備潤滑油ポンプを運転して潤滑油の通油試験を行うための準備を進めた。
A受審人は、B指定海難関係人から右舷主機の潤滑油の通油試験を行う旨の連絡を受け、主軸受の組立て後の確認に立ち会わなかったにもかかわらず、ガスケットの取付状態については、整備業者が確認しているものと思い、潤滑油を通す前にガスケットの取付状態を左右両側の内部点検窓を開放して目視し、更に反射鏡を用いたり、あるいは触手するなどして、クランク室内の点検を十分に行うことなく、2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットがずれた状態にあったことに気付かないまま、潤滑油の通油試験を行わせ、その後の試運転の実施に備えた。
A受審人は、完工前の両舷主機の試運転を実施したところ、運転後のクランク室内の点検で右舷主機の2番主軸受を触手すると、他の主軸受に比べてわずかに温度が高いことを認めたものの、今回開放していなかった左舷主機の5番主軸受にも同様の発熱があり、いずれも軽微な発熱の状況であったことから、このまましばらく様子を見ることとした。
A受審人は、同年9月14日完工後、右舷主機の2番主軸受の発熱の状況を確認するため、同日、同月16日及び同月24日にそれぞれ同主軸受を点検したところ、依然としてわずかな温度差が確認できたものの、その後、ほとんど温度差に違いが認められなくなったことから、その旨を後任の機関長に引き継いで翌10月12日下船した。
だいこく丸は、同年12月6日に再び機関長が交代することになったが、この間、主機の運転に支障がなかったことから、A受審人からの右舷主機の2番主軸受に関する引継ぎの内容が伝えられず、依然として同主軸受への潤滑油の供給が阻害されたまま右舷主機の運転が繰り返されるうち、同主軸受メタルの摩耗が進行するようになった。
こうして、だいこく丸は、乗組員10人が乗り組み、液状赤泥4,500トンを積載し、船首6.33メートル船尾7.08メートルの喫水をもって、同月27日07時40分京浜港を発し、東京都八丈島東方の排出海域に向け、両舷主機をそれぞれ回転数毎分490の全速力前進にかけて航行中、右舷主機2番主軸受メタルに生じていた摩耗が著しく進行し、同主軸受とクランク軸とが焼き付き、10時05分洲埼灯台から真方位289度3.0海里の地点において、クランク室内のオイルミストが発火して爆発し、同室安全弁が作動して大音を発すると同時に、白煙が機関室に充満した。
当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
機関当直中の機関長は、両舷主機を非常停止して状況を確認し、右舷主機のターニングができないことから、クランク室内を点検したところ、2番主軸受の焼損を認めて同主機の運転を断念し、左舷主機のみを運転して京浜港に戻った。
だいこく丸は、右舷主機を精査した結果、クランク軸の損傷がひどく、同軸を新替えすることとしたが、部品の供給に時間を要することから、応急修理を施工し、のち同軸及び台板等が新替えされた。
M重工業株式会社横浜製作所修繕部は、本件発生後、主軸受組立の作業工程を見直し、従来からあった作業実施に関するチェックリストに、ガスケットの取付状態の確認項目を加えるなどの改善を行い、同リストに基づいて作業の確認が実施できるよう措置し、また、本件の事例を具体的に取り上げて品質管理の向上に関する教育を自社及び協力会社の作業員に対して実施するとともに、作業員間で品質管理向上に関する改善策を具体的に検討する場を定期的に設けるなど、品質管理に対する意識の向上を図り、同種事故の再発防止対策を取った。
B指定海難関係人は、前示再発防止対策を遵守し、作業実施に関するチェックリストに基づいて自ら工事の進捗状況を十分に確認するよう心掛けるとともに、同リストによる作業実施後の確認を作業員に励行させるなど、同種事故の再発防止に努めた。
(原因)
本件機関損傷は、右舷主機の開放整備を終えて復旧する際、クランク室内の点検が不十分で、2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットがずれた状態で取り付けられ、同主軸受への潤滑油の供給が阻害されたことによって発生したものである。
整備業者が、右舷主機主軸受の組立てを終えた際、2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットの取付状態の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、右舷主機の開放整備を終えて復旧する場合、潤滑油の通油試験を行ってクランク室内に潤滑油が流れると、同油がフランジ継手部に付着してガスケットの取付状態を目視で確認することが困難となるから、ガスケットが確実に装着されたかどうかが分かるよう、同油を通す前にガスケットの取付状態を左右両側の内部点検窓を開放して目視し、更に反射鏡を用いたり、あるいは触手するなどして、クランク室内の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、ガスケットの取付状態については、整備業者が確認しているものと思い、クランク室内の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットがずれた状態で取り付けられていたことに気付かず、同主軸受への潤滑油の供給が阻害される事態を招き、同主軸受及びクランク軸を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、右舷主機主軸受の組立てを終えた際、2番主軸受と注油枝管との間に装着されたガスケットの取付状態の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、作業実施に関するチェックリストに基づいて自ら工事の進捗状況を十分に確認するよう心掛けるとともに、同リストによる作業実施後の確認を作業員に励行させるなど、同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。