(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年7月14日04時30分
北海道熊石漁港南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十二龍徳丸 |
総トン数 |
19.80トン |
全長 |
16.42メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
367キロワット |
回転数 |
毎分1,450 |
3 事実の経過
第五十二龍徳丸(以下「龍徳丸」という。)は、昭和55年4月に進水した、いか一本釣り漁業及び刺網漁業に従事するFRP製漁船で、主機として株式会社新潟鐵工所が製造した6MG155AX型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の警報装置が組み込まれている計器盤及び遠隔操縦装置を操舵室に装備し、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機は、燃料にA重油が使用され、動力取出軸を介して集魚灯用交流発電機及び操舵機用油圧ポンプを駆動し、また、クランク室底部に位置する標準油量137リットルの油受から直結式潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が、潤滑油冷却器、ノッチワイヤ式潤滑油こし器を通過して潤滑油主管に入り、主軸受を経てクランクピン軸受やピストンピン、シリンダライナ下方のピストン噴油ノズル、カム軸、弁腕及び調時歯車装置等の系統に分岐し、各部を潤滑あるいは冷却したのち油受に戻って循環していた。そして、主機は、潤滑油を清浄する遠心式濾過器(ろかき)が装備され、クランク室のミスト管(以下「ミスト管」という。)の上端が操舵室船尾側の甲板上に導かれていた。
ところで、主機のピストンは、アルミニウム合金製の一体型で、ピストンヘッド内部がピストン噴油ノズルからの潤滑油により冷却され、リング溝には、圧力リング3本及び油かきリング1本のピストンリングがそれぞれ装着されており、運転が続けられているうち燃焼生成物のカーボン等が付着し、ピストンリングが磨耗して固着することから、1年を経過するごと抜き出して整備を行うよう取扱説明書に記載されていた。
A受審人は、龍徳丸の就航時に機関長として乗り組み、平成4年3月従業制限が小型第2種から小型第1種に変更されて以来、船長の職務を執って単独で航海当直に就き、操船のほか主機の運転保守にあたり、同10年1月業者によるピストンの整備を行ってピストンリングを交換したのち毎月300時間ばかり運転し、定期的に潤滑油こし器及び濾過器を掃除したうえ潤滑油を取り替え、消費油量を補給しながら周年の操業を繰り返していた。
ところが、主機は、ピストンの整備が行われたのち長期間経過してピストンリングが固着し始め、燃焼ガスがクランク室に少しずつ漏れ、潤滑油の汚損の進行が早まり、ミスト管から甲板上に排出されるオイルミストが次第に増加する状況となった。
しかし、A受審人は、同13年4月上旬主機の潤滑油を取り替えた際にその汚損の進行が早まっていて、翌5月上旬にはミスト管から排出されるオイルミストの増加を認めたが、同油を取り替えているから大丈夫と思い、業者に依頼してピストンリングを速やかに交換するなど、ピストンの整備措置をとることなく、そのまま運転を続けた。
こうして、龍徳丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、いか一本釣り漁の目的で、船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、7月13日14時30分北海道熊石漁港を発して同漁港南西方沖合の漁場に至り、シーアンカーを投入した後、集魚灯を点灯して操業を行い、翌14日03時40分帰港の途に就き、主機を回転数毎分1,250にかけて航行中、2番及び3番シリンダのピストンでピストンリングの固着により燃焼ガスが吹き抜け、潤滑油に混入したカーボン等がピストン噴油ノズルに付着して同ノズルの通油量が減少する状況のもと、04時30分熊石港南防波堤灯台から真方位216度1.5海里の地点において、ピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されてこれが焼き付き、主機が自停した。
当時、天候は雨で風力1の南南西風が吹き、海上にはうねりがあった。
A受審人は、操舵室で航海当直中に主機の自停に気付き、機関室に赴いて始動を試みたものの果たせず、付近の僚船に救助を求めた。
龍徳丸は、熊石漁港に曳航された後、主機が業者により精査された結果、前示焼付きのほか他シリンダのピストン及びシリンダライナ等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機ピストンの整備措置が不十分で、ピストンリングの固着により燃焼ガスが吹き抜け、ピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか主機の運転保守にあたり、潤滑油の汚損の進行が早まっていてミスト管から排出されるオイルミストが増加する状況を認めた場合、ピストンの整備を行ったのち長期間経過してピストンリングが固着し始めていたから、燃焼ガスが吹き抜けないよう、業者に依頼してピストンリングを速やかに交換するなど、ピストンの整備措置をとるべき注意義務があった。しかし、同受審人は、潤滑油を取り替えているから大丈夫と思い、ピストンの整備措置をとらなかった職務上の過失により、漁場から帰航中、ピストンリングの固着により燃焼ガスが吹き抜け、潤滑油に混入したカーボン等がピストン噴油ノズルに付着して同ノズルの通油量が減少する状況のもと、潤滑が阻害される事態を招き、ピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。