(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年8月12日06時45分
アメリカ合衆国グアム島東南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一祐漁丸 |
総トン数 |
119トン |
登録長 |
30.08メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
回転数 |
毎分400 |
3 事実の経過
第一祐漁丸(以下「祐漁丸」という。)は、平成2年1月に進水した、まぐろ延縄漁業(はえなわぎょぎょう)に従事する長船尾楼付一層甲板型鋼製漁船で、機関室が船体中央部からやや後方の上甲板下に配置されていた。
機関室は、上下2段に分かれ、下段には、中央部に主機が、主機を挟んで両舷側に発電機が、船首方に冷凍装置などがそれぞれ据え付けられ、また、上段には、左舷側壁に沿って主配電盤が、船首方に冷凍装置用膨張弁パネルなどがそれぞれ据え付けられ、右舷側が工作室として区画されていた。
主機は、阪神内燃機工業株式会社製造の6LU24G型と呼称するディーゼル機関で、船橋から遠隔操作ができるようになっていて、排気マニホルドが架構の右舷側上方に設けられ、燃料油としてA重油が使用されていた。
発電機は、右舷側を1号、左舷側を2号とそれぞれ称し、いずれも電圧225ボルト容量250キロボルトアンペアの三相交流発電機で、発電機原動機(以下「補機」という。)として、いずれも三菱重工業株式会社製造のS6B-MPTA型と呼称する、定格出力220キロワット同回転数毎分1,800の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を装備し、燃料油としてA重油が使用されていた。
1号補機は、船首側に発電機が据え付けられ、各シリンダに船首方から順番号が付されていて、3番及び4番シリンダの架構の右舷側上方に過給機が、全シリンダに架けて左舷側架構上方に空気冷却器が、1番シリンダの左舷側やや船首側に回転計、潤滑油圧力計及び冷却水温度計などが組み込まれた計器盤がそれぞれ装備されていた。また、1番シリンダの左舷側クランク室点検窓用蓋(ふた)には、内径45ミリメートルの潤滑油補給口が設けられ、フェノール樹脂製で同口との接触部にゴム製のオイルシールが装着された蓋が挿入されて油密を保つようになっており、2番シリンダの左舷側クランク室点検窓用蓋付近に、クランク室ガス抜管が設置されていた。
ところで、補機の始動方法は、圧縮空気系統にある始動弁を手動で開け、容量80リットルの空気だめに貯められた圧縮空気をエアモータに供給し、同モータで補機のクランク軸を十分に回転させたところで同弁を閉鎖して燃料運転に切り替えるようにするものであった。そして、始動に失敗して着火しないまま始動操作を繰り返すと、燃料油がピストン上に滞留するとともに気化した可燃性ガスが燃焼室に充満し、さらに、ピストンリングが摩耗してピストンとシリンダライナとの気密が低下していると、同ガスがクランク室にまで充満するおそれがあり、始動時のノッキング及びクランク室内のガス爆発などの防止上、ターニングを行って同ガスを十分に換気するなど、始動操作を適切に行う必要があった。
祐漁丸は、和歌山県勝浦港を基地とし、専らマリアナ諸島からマーシャル諸島にかけての北太平洋南部を漁場として、1航海が約半年間の操業を、3月から8月及び9月から2月にかけて周年実施しており、いずれも静岡県清水港で水揚げした後、勝浦港に戻り、15日ないし20日間停泊して次の操業準備を行っていた。また、操業に先立ち、アメリカ合衆国グアム島に寄港し、外国人船員の雇入れ及び食糧等の補給を行うようにしていた。
A受審人は、平成11年9月から機関長として乗り組み、機関の運転及び保守管理に携わり、航海中の機関室当直を3時間ごとの輪番で自らが3人の機関員とともに行っていた。そして、補機の運転管理について、通常は1機を単独で使用し、20日ないし1箇月ごとに運転機を切り替え、補機1機当たりの1年間の運転時間が約3,600時間を超える状況で、ピストン抜出し整備を3年ごとに行うようにしていた。
また、A受審人は、補機の始動性が低下したときには、日本特殊化学工業株式会社が製造するエンジン始動用エアゾルと称する、ガソリンを主成分とし、液化石油ガスとともに容量300ミリリットルのノズルが付属した缶に封入されたディーゼル機関専用のエンジン始動液(以下「始動液」という。)を、補機の過給機ブロワから空気冷却器に至る吸気管に付属する温度計取付座から同管内に噴霧して始動するようにしていた。
祐漁丸は、平成10年8月に定期検査を受け、1号補機のピストン抜出し整備を実施したものの、以後同整備を行っていなかったことから、ピストンリングの経年変化による摩耗が徐々に進行し、圧縮圧力が低下して始動性が低下するようになっていた。
祐漁丸は、A受審人ほか邦人2人及びフィリピン人11人が乗り組み、船首2.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、操業の目的で、平成13年3月14日14時00分グアム島アプラ港を発し、同月24日08時ごろ北緯05度東経175度付近の北太平洋南部の漁場に至って操業を開始し、同年8月8日06時00分操業を終えて漁場を発進し、主機回転数毎分350にかけ、9.0ノットの対地速力でアプラ港へ向かった。
A受審人は、自室で休息していたところ、機関室当直中の機関員から運転中の2号補機の燃料油フィルタに亀裂(きれつ)が生じて燃料油が漏洩(ろうえい)し始めた旨の報告を受け、同月12日06時05分補機を切り替えることとして機関室に赴いた。そして、1号補機の始動準備にかかり、潤滑油ハンドポンプで潤滑油のプライミングを行い、機関員に始動弁を開けさせたところ、エアモータで回転するものの、燃料運転に切り替わらず、始動に失敗した。
A受審人は、1号補機が始動しないことから、始動液を用いてその後も始動操作を繰り返したものの、始動させることができず、同補機の燃焼室に燃料油が徐々に滞留して一部が気化し、始動液が気化したガスと混合して可燃性ガスが生じ、同ガスが同室からクランク室にまで充満するようになり、換気が必要な状況になっていたが、早急に補機を切り替えようとして同補機の始動を急いでいたことから、始動前にターニングを行って燃焼室及びクランク室に充満している同ガスを十分に換気するなど、始動操作を適切に行うことなく、燃焼室及びクランク室に同ガスを充満させたまま、引き続き始動操作を繰り返した。
こうして、祐漁丸は、A受審人が主機と1号補機との間に立ち、同補機の始動操作を行っていたところ、7回目の同操作で着火したものの、クランク室に充満していた前示可燃性ガスが引火爆発し、06時45分北緯11度50分東経149度10分の地点において、同補機の潤滑油補給口の蓋が外れ、火炎が同口から噴出するとともに、同室の潤滑油の一部が飛散して運転中の主機の高温部に降りかかって発火し、機関室が火災となった。
当時、天候は曇で風力4の南南西風が吹いていた。
A受審人は、火炎の一部を背中に受けて着衣に引火したことから、急いで機関室から出てその火を消し止めるとともに、機関員2人に指示して泡消火器及び放水による消火作業を行わせた。そして、1時間後に鎮火を確認したところで、主機及び2号補機を停止し、同補機の燃料油フィルタを1号補機のそれと取り替え、2号補機の運転を再開して船内電源を確保し、主機を再始動した。
火災の結果、祐漁丸は、主配電盤、冷凍装置用保温材及び照明器具などが焼損し、消火作業で1号発電機が濡損を被ったものの、自力でアプラ港に入港し、のち、いずれも修理され、1号補機についてもピストン抜出し整備が行われた。また、A受審人は、全身に5箇月を超える入院加療を要する熱傷を負った。
(原因)
本件火災は、1号補機を始動するに当たり、始動に失敗して始動操作を繰り返し行った後に引き続き始動する際、同操作が不適切で、燃料油などが気化して生じた可燃性ガスが燃焼室及びクランク室に充満したまま始動し、同ガスが引火爆発して同補機の潤滑油補給口の蓋が外れ、火炎が同口から噴出したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、1号補機を始動するに当たり、始動に失敗して始動操作を繰り返し行った後に引き続き始動する場合、燃料油などが気化して生じた可燃性ガスが燃焼室及びクランク室に充満しているおそれがあるから、同ガスが引火爆発することのないよう、始動前にターニングを行って燃焼室及びクランク室に充満している同ガスを十分に換気するなど、始動操作を適切に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、2号補機が燃料油漏れを生じていたので早急に補機を切り替えようとして1号補機の始動を急いでいたことから、始動操作を適切に行わなかった職務上の過失により、前示可燃性ガスが燃焼室及びクランク室に充満したまま同補機を始動し、同ガスが引火爆発して同補機の潤滑油補給口の蓋が外れ、火炎が同口から噴出するとともに、クランク室の潤滑油の一部が飛散して運転中の主機の高温部に降りかかって発火し、機関室火災を生じさせる事態を招き、主配電盤などを焼損させるとともに、自身が熱傷を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。