(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年6月10日02時25分
伊豆諸島式根島南東岸沖
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一大師丸 |
総トン数 |
61.60トン |
全長 |
31.32メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
316キロワット |
3 事実の経過
第一大師丸(以下「大師丸」という。)は、船体中央部船尾寄りに操舵室を設け、棒受網、すくい網及び一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか13人が乗り組み、さば棒受網漁の目的で、船首1.25メートル船尾2.30メートルの喫水をもって、平成14年6月9日11時00分静岡県焼津港を発し、伊豆諸島三宅島北岸沖合の漁場に至って操業を行い、さば12トンを獲たところで帰港することとし、翌10日00時50分同漁場を発進した。
ところで、大師丸は、専ら三宅島北岸沖合を漁場としていたことから、焼津港への最短距離となる神津島(こうずしま)と式根島との間を通って帰航するようにしていたが、北東方に流れる海流の影響などにより式根島に寄せられる状況となったときには、その影響が少ない式根島北東岸と新島(にいじま)南西岸とに挟まれた可航幅約1海里の水道(以下「式根島東側水道」という。)を北上していた。
式根島東側水道南口付近は、式根島南東岸沖に険礁域が、新島南西岸沖に浅所がそれぞれ拡延しており、潮流が複雑な海域であった。このため、式根島東側水道を北上しようと同水道南口に接近する船舶は、前示険礁域や浅所に著しく接近することのないよう、式根島港突堤灯台及び新島灯台並びにレーダーを用いるなどして船位の確認に努める必要があった。
A受審人は、式根島東側水道南口付近では複雑な潮流の影響を受けるおそれがあることを知っていたが、無資格の操舵手4人が豊富な当直経験を有していたうえに、同水道の航行経験も豊富であったので、平素から、船舶交通が輻輳する(ふくそうする)状況や視界が制限される状況などとなれば報告するようにと指示しただけで、各操舵手に往復航時の当直を任せていた。
A受審人は、発進後直ちにB指定海難関係人に当直を行わせることとし、操業中は北東方に圧流されていたので神津島寄りに帰航時の針路を採るようにと助言したのち、操舵室船尾側に隣接する自室に退いて休息した。このとき、同受審人は、式根島東側水道を航行することとなっても、同指定海難関係人が何度となく当直に就いて同水道を航行していたことから、任せておいても式根島南東岸沖の険礁域などに著しく接近することはないものと思い、自らが操船の指揮を執る時機を具体的に示し、その時機となったならば報告するよう指示しなかった。
01時50分B指定海難関係人は、式根島港突堤灯台から152度(真方位、以下同じ。)6.8海里の地点に差し掛かったとき、A受審人の助言を思い出し、いつものように海流の影響が少ない式根島東側水道を通って帰航するつもりで、レーダーのスイッチを入れて式根島などの映像を確認したのち、北東方への圧流量を勘で見込み、同島東岸付近に向かう336度に針路を定め、機関を全速力前進にかけて11.3ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵により進行した。
B指定海難関係人は、その後闇夜で島陰を視認することができなかったばかりか、レーダーのスイッチを準備状態に戻したまま、舵輪の後方に置いたいすに腰をかけて機関当直の操機手と雑談をしていたため、折からの風潮流により左方に2度圧流され、式根島南東岸沖の険礁域に向かっていることに気付かないまま続航した。
B指定海難関係人は、前示操機手が機関室の見回りに赴いたため、単独で当直中、02時20分式根島港突堤灯台から143度1.1海里の地点に達したとき、式根島南東岸沖の険礁域が正船首方0.9海里のところに迫っていたものの、依然としてレーダーのスイッチを入れて式根島東側水道南口への接近状況を確認することも、A受審人から同水道南口に接近した際に報告するよう指示もなかったことから、その状況を報告することもせずに進行した。
このためA受審人は、式根島東側水道南口に接近した旨の報告を得ることも、船位の確認を行うこともできずに休息中、02時25分大師丸は、式根島港突堤灯台から086度380メートルの地点において、原針路、原速力のまま式根島南東岸沖の暗岩に乗り揚げた。
当時、天候は曇で風力3の西北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期で、付近海域には西方に流れる0.6ノットの海潮流があり、月齢は28.6であった。
A受審人は、船体に衝撃を感じて直ちに昇橋し、事後の措置に当たった。
乗揚の結果、大師丸は、船首部、ビルジキール及び船尾船底部などを破損したが、自力で離礁して焼津港に戻り、のちいずれも修理された。
(原 因)
本件乗揚は、夜間、式根島東側水道南口に向けて航行中、船位の確認が不十分で、式根島南東岸沖の険礁域に向けて進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは、船長が、複雑な潮流の影響を受けるおそれのある式根島東側水道南口に向けて航行する際、無資格の船橋当直者に対して自らが操船の指揮を執る時機を具体的に示し、その時機となったならば報告するよう指示しなかったことと、同当直者が、同水道南口に接近した際、船長にその旨を報告しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、式根島東側水道南口に向けて航行中、無資格者に船橋当直を行わせる場合、同水道南口付近では複雑な潮流の影響を受けるおそれがあったから、船橋当直者に対して自らが操船の指揮を執る時機を具体的に示し、その時機となったならば報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船橋当直者が豊富な当直経験を有していたうえに、何度となく当直に就いて式根島東側水道を航行していたことから、同当直者に任せておいても式根島南東岸沖の険礁域などに著しく接近することはないものと思い、自らが操船の指揮を執る時機を具体的に示し、その時機となったならば報告するよう指示しなかった職務上の過失により、同水道南口に接近した旨の報告を得ることも、操船の指揮を執って船位の確認を行うこともできないまま、式根島南東岸沖の険礁域に向首進行して乗揚を招き、船首部、ビルジキール及び船尾船底部などに破損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、船橋当直に就いて式根島東側水道南口に向けて航行中、同水道南口に接近した際、船長にその旨を報告しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。