(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月1日09時25分
神奈川県三浦市城ヶ島南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二十八常磐丸 |
総トン数 |
349トン |
全長 |
63.24メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,912キロワット |
3 事実の経過
第二十八常磐丸(以下「常磐丸」という。)は、一そうまきによる大中型まき網漁業に従事する最大搭載人員が22人(船員20人、その他の乗船者2人)の船首船橋型鋼製漁船で、A受審人ほか13人が乗り組み、船舶所有者の工事監督員2人を同乗させ、臨時変更証の交付を受けずに同搭載人員を超えてB受審人ほか株式会社N鐵工所M工場(以下「M工場」という。)所属の主機関試運転要員5人、補助機関試運転要員5人及び魚群探知器試験要員1人の計11人を乗せ、主機シリンダライナ改造に伴う臨時検査終了後の海上試運転及び搭載機器の作動確認の目的で、船首3.64メートル船尾5.84メートルの喫水をもって、平成14年7月1日08時50分神奈川県三崎港内にある同工場の城ヶ島4号係船岸壁を発し、同日11時30分までに同港検疫錨地付近に戻る予定で、B受審人が操船指揮を執り、同県三浦半島西岸沖合の相模湾に設定した海上試運転海域に向かった。
ところで、常磐丸の操舵室には、前部中央に操舵スタンド、その左舷側に航海用レーダー1台及び2台の海鳥用レーダーが、右舷側に主機遠隔操縦装置が、同室後部にGPSなどの航海計器及び多数の漁撈機器(ぎょろうきき)がそれぞれ装備されていた。また、左舷ウイングには、漁撈作業や出入港の際に使用できるよう、左舷側から順に操舵スタンド、ソナーモニター及び主機遠隔操縦装置が設置されていたが、レーダーやGPSなど船位を確認するための機器は設けられておらず、ソナーの操作方法に精通していないとその映像から海底深度を確認することは困難であった。
B受審人は、平成11年7月にM工場のドックマスターとなり、以後毎年6回ないし7回、まぐろ漁船やまき網漁船を三崎港と同工場との間を回航する際に、自ら操船指揮を執って城ヶ島南方沖合を航行していた。
A受審人は、海上試運転中に同試運転終了後の出漁に備えて搭載機器の調整及び乗組員全員に漁具の準備を行わせることとし、同日07時30分に乗船したのち、航海灯制御盤及びGPSなど全ての航海計器並びに漁撈機器の電源を入れたものの、ジャイロコンパスが静定しないまま発航に至った。
こうして、B受審人は、三崎港港外に向けて常磐丸の船首をタグボートに曳かせている(ひかせている)うち、城ヶ島周辺の漁具設置状況や水路状況を確認することを思いつき、M工場の海上試運転総責任者にこのまま乗船していくことを伝え、左舷ウイングの操舵スタンドの後部に立って操船を続けた。
A受審人は、タグボートに曳かれて東行するのを見守っているうち、航海灯制御盤の左右両舷灯の警報が鳴ったことから、同両舷灯の電球が切れたことに気づき、左舷灯の電球から交換作業を始めた。
09時05分B受審人は、安房埼灯台(あわさきとうだい)から016度(真方位、以下同じ。)580メートルの地点に至ったとき、タグボートを放して船渠係員を下船させ、城ヶ島東端から南東方に拡延する浅礁を迂回(うかい)して南下することとし、ジャイロコンパスが静定していなかったので、同島を右方に見ながら船首を南南東方に向け、機関を全速力前進が回転数毎分540のところ、同毎分350にかけて増速しながら、引き続き左舷ウイングの操舵スタンドの後部に立ち、手動操舵によって進行した。
A受審人は、前回M工場に入渠した前年3月の海上試運転では自ら操船指揮を執ったが、今回は船渠係員が下船したのちも引き続きB受審人が操船していることから、同試運転にドックマスターが乗船して行くことを明確に伝えられていなかったものの、そのまま同受審人に操船指揮を任せることとして左舷灯の電球交換作業を続けた。
09時12分少し過ぎB受審人は、安房埼灯台から107度450メートルの地点で、城ヶ島を右方に見て小角度の右舵をとり、機関を回転数毎分380に上げ、同島から沖側に向かって膨らんだ航跡を描きながら、7.9ノットの対地速力(以下「速力」という。)で続航した。
A受審人は、左舷灯の電球交換を終えて操舵室に戻り、航海灯制御盤の電源を入れて同舷灯の警報が鳴らないことを確認したのち、09時18分安房埼灯台から192度1,280メートルの地点に差し掛かったとき、航海用レーダーで城ヶ島南岸まで約0.7海里であることを認めるとともに、濃霧によって視程が約100メートルに狭められ、視界が制限される状態となって同島を認めることができなくなっていることに気づいたが、B受審人が同島周辺の航行経験が豊富なので、同受審人に操船指揮を任せておけば安全に航行できるものと思い、速やかにB受審人から引き継いで自ら操船指揮を執ることなく、発航後ずっと左舷ウイングで操船している同受審人のところに赴き、視界が制限される状態になったから操舵室でレーダーを見ながら操船した方がよいのではないかと助言したところ、同受審人がここで大丈夫と答えたため、引き続き同受審人に操船を任せたまま、右舷灯の電球交換作業を始めた。
このとき、B受審人は、視界が制限される状態となったことに気づき、A受審人から前示助言を受けたものの、右舷船首方約100メートルのところにかすかに漁船が見えていたことから、操舵室内では窓枠が見張りの邪魔になるので、このまま左舷ウイングで操船した方がよいと思って大丈夫と答え、さらに、A受審人より自分の方が城ヶ島周辺の航行経験が豊富なので、同受審人に操船指揮を引き継がなくても、自らの経験に基づく勘を頼りに安全に航行することができるものと思い、速やかにA受審人に同指揮を執ることを求めなかったばかりか、レーダーを活用するなどして船位を十分に確認することなく、発航からの時間経過から城ヶ島の約1海里南方に来ているものと判断し、右舵をとって船首を西方に転じ、同島から沖側に向かって膨らんだ航跡を描きながら、同じ速力で進行した。
09時20分半少し前B受審人は、安房埼灯台から215度1,330メートルの地点に達し、霧の切れ間からわずかに城ヶ島東部にある公園の山頂部の島影を右舷前方に認めたとき、同島影が城ヶ島のどこかを確認せずに海上試運転海域に向けて針路を転じると、同島南方沖合の暗礁に乗り揚げるおそれがある状況であったが、依然、自らの勘に頼り、レーダーを活用するなどして船位を十分に確認しないまま、同島影が城ヶ島西端の長津呂埼(ながとろさき)の南東方にある山頂部であると思い込み、この状況に気づかず、同島影が右舷船首約30度となるよう、右舵をとって針路を339度に定め、同じ速力で、城ヶ島南岸に向かって続航した。
09時25分わずか前A受審人は、再び霧が濃くなって視程が約50メートルの視界制限状態となり、前示島影も見えなくなった状況のもと、城ヶ島南岸に向首進行していることに気づかないまま、右舷灯の電球交換作業を終えて左舷ウイングに移動して間もなく、09時25分安房埼灯台から270度1,140メートルの地点において、常磐丸は、原針路、原速力のまま、同島赤羽根埼南方沖合の暗礁に乗り揚げた。
当時、天候は霧で風力1の南東風が吹き、潮候は下げ潮の初期に当たり、視程は約50メートルであった。
乗揚の結果、常磐丸は、右舷側船底全体及び左舷側船底の中央部から後部にかけてそれぞれ凹損、右舷ビルジキール全体及び左舷同キール後部にそれぞれ曲損、潮流計及び魚群探知器の各送受波器格納タンクにそれぞれ圧壊等の損傷を生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件乗揚は、神奈川県城ヶ島南方沖合において、修繕工事終了後の海上試運転を行うため、相模湾に設定した同試運転海域に向けて航行中、霧のため視界制限状態となった際、船位の確認が不十分で、同島赤羽根埼南方沖合の暗礁に向首進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは、霧のため視界制限状態となった際、船長が自ら操船指揮を執らなかったことと、ドックマスターが速やかに船長に操船指揮を執るよう求めなかったばかりか、レーダーを活用するなどして船位を十分に確認しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は、神奈川県城ヶ島南方沖合において、修繕工事終了後の海上試運転を行うため、相模湾に設定した同試運転海域に向けて航行中、霧のため視界が制限される状態となった場合、城ヶ島南岸の赤羽根埼南方沖合の暗礁に向首進行することがないよう、レーダーを活用するなどして船位を十分に確認するべき注意義務があった。ところが、同人は、視界が制限される状態となったが、城ヶ島周辺の航行経験が豊富だから、自らの勘を頼りに安全に航行することができるものと思い、レーダーを活用するなどして船位を十分に確認しなかった職務上の過失により、霧の切れ間から見えた同島東部にある公園の山頂部を同島西端の長津呂埼南東方にある山頂部であると思い込み、海上試運転海域に向かうつもりで右転し、赤羽根埼南方沖合の暗礁に向首していることに気づかないまま進行して乗揚を招き、右舷側船底全体及び左舷側船底の中央部から後部にかけてそれぞれ凹損、右舷ビルジキール全体及び左舷同キール後部にそれぞれ曲損、潮流計及び魚群探知器の各送受波器格納タンクにそれぞれ圧壊等の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は、神奈川県城ヶ島南方沖合において、修繕工事終了後の海上試運転を行うため、相模湾に設定した同試運転海域に向け、ドックマスターのB受審人に操船指揮を任せて航行中、霧のため視界が制限される状態となった場合、速やかにB受審人から引き継いで自ら操船指揮を執るべき注意義務があった。ところが、同人は、B受審人が城ヶ島周辺の航行経験が豊富なので、同受審人に任せておけば安全に航行できるものと思い、速やかにB受審人から引き継いで自ら操船指揮を執らなかった職務上の過失により、同島赤羽根埼南方沖合の暗礁に向首していることに気づかないまま進行して乗揚を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。